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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 4 部 風鈴 編
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第五十三話:一指の鳴動





「鈴、ちょっと待っててね」


 俺は隣に立つ鈴の頭を軽く撫でてから、視線を足元の城壁へと落とした。


 約束を果たしに来た、その第一声を発しようとした矢先だった。


 今の俺の瞳には、世界の「理」が、構造の歪みとしてあまりに鮮明に映り込んでしまう。


 巨大な城壁を支える石組みの、致命的な重心のズレ。


 深層部で悲鳴を上げている微細な亀裂。


 それらが無視できない不協和音のように意識を逆撫でして、どうにも話に集中できない。


「……ねえ、羅刹。積もる話もあるんだけどさ」


 俺は苦笑交じりに、目の前で呆然としている羅刹に声をかけた。


「その前に、この城壁、一度組み直さない?このままだと、一年も保たずに北側の土台から崩れるよ」





 羅刹は、耳に届いた言葉の意味が即座には理解できなかった。


 虚空を割って現れた全能者が、真っ先に口にしたのが「構造的欠陥」の指摘だったからだ。


「……何を、言っている。貴様」


 ようやく絞り出した羅刹の声は、情けないほどに困惑していた。


 だが、目の前の異物は、羅刹の戸惑いなど気にする様子もない。


「いや、だって危ないし。鈴も歩く場所だから、ちゃんとしておきたいんだよね」


 そう言って、相手は事も無げに袖を捲り上げた。





 俺は城壁の表面を見つめ、意識を集中させる。


 世界そのものを形作る「概念」に触れる感覚は、もう掴んでいる。


 あとは、この歪んだ構造をあるべき形へと書き換える「音」を鳴らすだけだ。


 俺は右手の指を組み、一気に力を込めて弾いた。


 スカッ。


 乾いた風の音だけが空しく響く。


 昔からこれだけは苦手だ。


 俺は少し決まり悪そうに眉を寄せ、もう一度、今度はより慎重に指先を揃え直した。


「……んっ、ちょっと待ってね」


 三度目。


 パチン、とようやく望んだ音が響いた。


 音が空気に溶けた瞬間、概念が形を伴って動き出す。


 大地から地鳴りのような重低音が響き、城壁を構成する数万個の巨石が、まるで命を得たかのように一斉に鳴動し始めた。





 羅刹は足元の激しい振動に、思わず剣の柄を掴んだ。


 だが、それは崩壊の震動ではなかった。


 巨大な石の塊たちが、まるで見えない指先に導かれるかのように滑らかに動き、隙間なく噛み合っていく。


 石と石が擦れ合う轟音の中、中央に立つ姿は、ただ静かにそれを見守っていた。


 数分と経たぬうちに、鳴動は収まった。


 現れたのは、以前と同じ姿でありながら、以前とは決定的に違う「永遠」を予感させる完璧な城壁だった。


「……っ、ふぅ。よし、これで安心だ」


 袖を戻し、満足げに微笑む姿を見て、羅刹は自分の喉がカラカラに乾いていることに気づいた。


 指先一つで、世界を、理を、意のままに書き換える。


 そのあまりに強大で、底の知れない全能性を前に、羅刹は言葉を失うしかなかった。

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