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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 4 部 風鈴 編
207/213

第五十話:粥の味と不穏な影





 城の奥、簡素な円卓に三人が座る。


 差し出された粥は、王都で供される高価な滋養食をも凌ぐ、芳醇な香りを放っていた。


 一世は、目の前に座る男を改めて視界に入れた。


 緒方刀座。


 かつて一世自身の許可で「遠出の散歩」へ出た際、この者はあろうことか、鈴の魂に「火の国の温度」を刻みつけてしまった男だ。


 あの日、城の廊下で対峙した際、刀座は『少ししてから呼ぶよ』と言い残して一人で去った。


 一世はその言葉をどこかで信じ、息の詰まるような城で、今日まで鈴の傍に立ち続けてきたのだ。


 だが、あり得ぬ速度で築かれたこの聖域のような平穏はどうだ。


 一世は匙を持ったまま、刀座と粥を交互に見つめ、思考の深淵に沈んでいた。


「将軍もしかして疑ってる?……毒なんて入ってないよ?」


 サダオミは一世の手が止まっているのを見て、ひょうひょうと言った。


 そして一世の椀から一口分を自分の匙で掬い上げ、そのままパクっと口に運んだ。


「ほら、おいしいし」


 咀嚼して飲み込み、何事もなかったかのように自分の粥に戻る。


 毒見の作法も何もない、あまりにも無防備な挙動。


 一世は促されるように、ようやくその一口を口へと運んだ。


 その瞬間、身体の芯から力が抜けるような、温かく深い滋味が広がった。


 精神の摩耗を癒やすような、不思議な力が宿っている。


 一世の目頭が、熱くなった。


 この者は、あの日廊下で宣言した通り、本当に「作って」いたのだ。


 名前も制度も届かない澱みの地に、鈴が息をできる場所を。


 この完成された平穏を、この短期間で現出させてみせる力。


 そんな畏怖に近い疑念を、一世は静かに胸の奥で育て始めていた。





「……塞泰迩そくたいじが余計なことをした」


 一世は、重い口を開いた。


 鈴を掠め取ろうとした塞泰迩を、力でねじ伏せ、無茶な要求を突きつけて追い詰めたのは他ならぬ自分だ。


 その「怒り」こそが塞泰迩を絶望させ、尊迩栄そんじえいへの暴挙へと走らせた。


 その結果、目覚めてしまった尊迩栄という「虎」。


 一世は、自分の過ちが招いた最悪の連鎖を、サダオミという異分子の前でだけ、認めざるを得なかった。


「尊迩栄はもう、理屈の通じる相手ではない。……刀座。ここがいずれ戦火に包まれることは、避けられぬ現実だぞ」


 一世の言葉は重いが、以前のような剣幕はない。


 目の前の男が「お腹いっぱいの時なら、仲良くできないかなぁ」と口にするのを聞いても、今の彼には、それが単なる世迷言には聞こえなかった。


「分かってるよ。みんな、怖いんだよね。……でも大丈夫、ここは平和だよ。ね、鈴?」


 サダオミが静かに問いかけると、鈴は戸惑いながらも、小さく頷いた。


 一世は、確信した。


 この男は、狂っているのではない。


 この世のことわりとは別の場所で、もっと根源的な「何か」を見ているのだ。


 一世の脳裏に、あの息苦しい城の中で語り継がれる畏怖に近い伝承。


 ――「天使」という存在が、不意に浮かんで消えた。

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