第四十六話:想定外の毒
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日が傾き、炊事場の煙が少しずつ薄くなっていく。
一世は、随行の兵たちをまとめ、出発の準備を整えさせていた。
報告すべきことは、山ほどあるはずだった。
城の堅固さ。
人の数。
備蓄の状況。
だが、一世の頭の中にあったのは、そのどれでもなかった。
当初、王にとっての緒方刀座は、監視対象に過ぎなかった。
王自身が、鞘に納めたまま投げ捨てた剣。
類稀なる美貌を持ちながら、あまりに鋭すぎたその刃が、どこで錆びつき、野垂れ死ぬか。
それを確認するためだけの、はずだった。
だが、現実は違った。
憎悪に燃え、今にも暴発するはずだった村人たちは、驚くほど静かに、そこに「居る」。
それは、心が折れたからではない。
ただ、腹が満たされ、足元が整ってしまったからだ。
もし、尊迩栄との戦が避けられぬものとなった時。
王は、鈴をどこへ隠すつもりだったのか。
今の城の内側にあるこの奇妙な「凪」は、本来なら王が最も嫌うべきものだ。
だが、この堅固な壁と、淀みのない生活の導線。
そして、それを作り上げた者の、静かな佇まいを見てしまえば、認めざるを得ない。
ここなら、護りきれてしまう。
王にとって、鈴をここに預けるという選択肢は、屈辱に近い想定外のはずだ。
だというのに、目の前の光景は、その判断を促すだけの説得力を持ってしまっていた。
一世は、最後に一度だけ、炊事場で灰を掻き出しているサダオミの姿を見た。
緒方刀座。
誰もが目を奪われるほどの絶世の美を、灰と泥に汚しながら、この「生活」の芯に据えている。
一世は、何も言わずに馬に跨った。




