第三十九話:護衛であれば護れ
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城の外が、少しだけ騒がしくなった。
怒号ではないし、泣き声でもない。
人が増えた時に生じる、あの独特の重さだ。足音が重なり、声が低くなり、視線が一点に集まり始める、前触れのような気配。
俺は屋根の端で、木材を受け取る手を止めた。
まだ何も起きていない。
だが、空気はもう動いている。
来る理由が、見えてしまった。
城がある。
人が生きている。
奇跡と呼ばれかねない光景が、壊れないまま残っている。
見に来ない理由が、ない。
◇
伝言は短かった。
使いの兵が城の端まで来て、名も名乗らず、それだけを残した。
「護衛であれば、護れ」
命令というより、確認に近い言葉だった。
俺は答えなかった。答える必要のない種類の言葉だ。
護る。
何を。誰を。
俺は城の内側へ視線を巡らせる。
火のそばで鍋を覗き込む人。
壁に寄りかかって目を閉じている人。
器を抱えたまま眠ってしまった子ども。
ここにあるのは数でも配置でもない。
感情だ。
◇
刀なら、分かる。
向けられた殺意を断ち、刃を止め、倒す。
それは、俺が一番慣れているやり方だ。
だが、これから向けられるのは刃じゃない。
国に捨てられたという感情。
逃げ場を失ったという怒り。
それでも生きている自分への、苛立ち。
そこへ、国の象徴が来る。
王の娘。姫。
刀で護れるか。
俺はゆっくり息を吐いた。
◇
護る、という言葉を頭の中で転がす。
斬らせないこと。
近づけないこと。
排除すること。
それは全部、「後」の話だ。
向けさせない。
感情が刃になる前に、形を変える。
その方が、俺らしい。
鍋の方を見る。
湯気は薄く、味も薄い。だが、人はそこに集まっている。
腹が満たされると、思考は少し遅れる。
怒りも、一拍遅れる。
それでいい。
奇跡である必要はない。
贅沢である必要もない。
ただ、「姫が来たから、今日は少しだけ違う」
そう思わせられれば。
◇
俺は城の奥へ歩いた。
次に置く屋根でも、壁でもない。
火の位置、鍋の数、明日使える食材。
刃の代わりに、配置を組む。
護衛であれば、護れ。
ああ。護るよ。
ただし――斬らずに、な。




