父の介護に直面
私はヴィセラに、 「従弟のあの子は宇宙で最悪の生命体だ。」と言われたけれど、
そんなわけない、と反抗した。
第一、ヴィセラの言っていることは本当なの?
100%信じないで、と言っていた言葉、
これは私の妄想暴走症が見せている幻なのかもしれない。
幻のヴィセラは残酷な女神だ。
彼女は女性の夢を叶えるといっては、
蝶よ花よと持ち上げ、最終的にいらなくなればお姫様でも躊躇なく切り捨てる。
捨て駒のように。
突然捨てられた悲しさを、私もまた味わっている。
だから私は捨て駒のように捨てられた女性を、放っておけない。
けれど私は救世主ではない。ただの京子だ。
ヴィセラはそんな酷い女神ではあるけど、私はなぜかヴィセラが好きなのだ。
きっとそれは他の女性も同じ。
そんな妄想を15年近くも繰り広げている。
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私が妄想暴走症を患い、はや15年、
父が生死をさまようことになった。
気づけば、私の生活の中心には「介護」という言葉が居座っていた。
歩けない父。終わらない手続き。病院代。介護費。
そして、その多くを担っているのは、私だった。
私は母と口論になった。
「どうして、お父さんは面倒を見てもらうのが当たり前みたいなの?」
口にした瞬間、自分でも驚くほど冷たい声だった。
私はこれまで父に反抗してきた。
大人になってからは、どこかで“いい娘”を演じてきた。
でも、もう限界だった。
介護もしたくない。お金も出したくない。正直な本音があふれ出す。
母は言った。
「誰があんたを育ててくれたと思っているの。
お父さんがいなかったら、あんたは大学にも行けなかったんだよ。」
いつも母は私の言葉を否定する。でも、母の言っていることは、たぶん正しい。
その正しさが、私をさらに追い詰める。
私はふと、従妹のやっちゃんのことを思い出した。
私は見下されて当然の人間なんだ。やっちゃんに見下されても仕方ない。
そうだよね、ヴィセラ?
心の中で問いかける。ヴィセラは静かに言う。
「お父さんは、生死をさまよい、奇跡的には助かった。
だけど、1回死んでいるようなものなんだから、大事にしてあげたらいい。」
その声は、母と同じ方向を向いているように聞こえた。
ヴィセラまで私を否定するの?喧嘩しているみたいで胸がざわつく。
もうみんな嫌いだ。誰も私の気持ちなんて分かってくれない。
怒りが膨らむ。涙は出ない。
ヴィセラはまた言う。
「カルト宗教団体から、あなたを救ってくれたのは誰だった?」
その言葉に、私は黙る。
奈落の底に落ちかけていたあの頃。
私を引き戻してくれたのは、父だった。
不器用で、頑固で、思い込みが強くて、それでも、私を守ったのは父だった。
私はそれを忘れていた。
父が「当たり前のように介護される側」に立っているように見えたこと。
それに腹を立てていた。でも、もしかしたら。
父はただ、弱くなっただけなのかもしれない。
歩けなくなり、思うように動けなくなり、
自分の価値が削られていく恐怖の中にいるのかもしれない。
お父さんが誰よりも辛い思いしているんだよね。
”お父さん”のこととなると黙っていられない12人の男性の神様がふと現れた。
「京子が家出していた時、お父さんは京子を探すことなくずっとベッドで横になっていたよね。
あれは京子がどこかにいると信じていたから、お父さんは冷静でいられたんだよ。
逆に京子は、お父さんの死が近くなって、いなくなってしまうことを取り乱している。
これから、京子が後悔しないように。」そういって涙の神は京子にそっと寄り添った。
走馬灯の神が言った。
「お父さんに肩車してもらったことがあったね。京子が生まれた時も病院に来てくれた。
黄疸で泣かなかった京子を心配していたよ。
でも幼い京子の貯金箱をむしり取るような最低な父親でもあった。
それでも京子はお父さんにお小遣いをあげていたよね。」
初恋の神が言った。
「12人の男性の神様は不器用なお父さんを、
最後まで京子に憎まれるような存在させたんだよ。12人の男性の神様の引き立て役だ。
でも、お父さんは京子をカルト宗教から守った人。英雄だ。」
私は驚いた、(そうだったね、お父さんは私をカルト宗教から救ってくれた。)
それと同時に私はやっちゃんのことを思い出す。
宇宙で最悪の生命体。
そんな言葉まで頭に浮かんだことがあった。
でも違う。やっちゃんは、宇宙でかわいそうな生命体かもしれない。
私を昔から下に見ていた。一つ年下というだけで。
私を利用して、気に入らなくなったサンダルを売ってきたり、
カラオケ代を借りて返さなかったり、荷物を私の家に送って届けさせたり。
小さなこと。でも、積もると痛いこと。
私は恨んだ。確かに恨んだ。
でも今はどうだろう。もう根に持っていない。
本当に?自分に問いかける。
完全に消えたわけではない。けれど、あの頃ほどの熱はない。
やっちゃんは、強く見せたいだけだったのかもしれない。
誰かを下に置かないと、自分が崩れそうだったのかもしれない。
それは、今の私と少し似ている。
父を下に置いて、「面倒を見る義務なんてない」と言い切れば、私は楽になれる。
でも、それは本当に私の望みだろうか。
ヴィセラは静かに見守っているようだ。
私の愚痴を聞いてくれてる。
以前のように断定しない。ただ、私の思考の隙間に立っている。
私は気づく。私は“正しいかどうか”で戦っている。
母の正しさ。父の正しさ。私の正しさ。
でも、本当は。
私はただ、疲れているだけなんだ。
お金のことも、手続きも、自分ばかり背負っているように感じる孤独も。
私は誰かに言ってほしかった。
「大変だね。」「よくやってるよ。」「全部やらなくていいよ。」
それを母は言わない。だから、私は怒る。
ヴィセラは、やっと言う。
「京子は悪くない。お父さんを責めてもいいよ。」
その言葉は、やっと私の味方のように聞こえた。
ヴィセラは対立しても最終的には私の味方になってくれる。
私は深呼吸をする。父を許す。そう決める。
それは、父が正しいからではない。
私が立ち止まりたくないから。
怒りに縛られ続けたくないから。
やっちゃんも、宇宙で最悪の生命体ではない。
宇宙でかわいそうな生命体でもない。
ただの人間だ。
そして私も、ただの人間。
完璧な娘でもないし、聖女でもないし、犠牲者でもない。
疲れて、怒って、揺れている人間。
それでいい。「ヴィセラ、お父さんのこと、許すことにするよ。」
声に出さずに言う。
ヴィセラは何も言わない。でも、沈黙は前より柔らかい。
父の介護は続く。金銭的負担もすぐには消えない。
それでも、私は今日も、自分の足で立っている。
怒りも、感謝も、疲労も抱えながら。
完璧ではないけれど、逃げてもいない。
私は、私の選択で、父を許す。
それは義務ではなく、私の意思だ。




