750話・ヒルコ再び
千手観音が闇落ちしたような異形の姿の怪物が、空間を切り裂いてあらわれた。
つぎはぎだらけの腕や顔は、ヒルコの面影を残しているが、正面には知里が埋まっていた。
ヒルコと決着をつけるために異空間に飛び込んだ知里だが、逆に取り込まれたのか──。
「知里!」
俺たちよりもまず叫んだのは和哉だった。
彼は無数の『可能性宇宙』から、自分に都合のいい現実を具現化できる、絶対的なチート能力者。
生身で武器も持たずに飛び出した和哉は、ヒルコに捕らわれた知里に手を伸ばした。
しかし──。
何も起きなかった。
いや、起こせなかった。
そんな彼にしても、知里を救出することができないでいる。
『時空の宮殿』は、彼の領域であるにもかかわらず、どうすることもできないで、もがいていた。
「オ兄チャァァァァ──」
ヒルコは電子音が混ざった昔の音声合成ソフトのような声で叫んだ。
すさまじい熱源が空間にあらわれ、核熱級の光線が四方八方に飛ぶ──。
これは俺の『未来視』が感知した映像で、その中には当然俺たちが骨も残らずに焼け死ぬ未来が含まれていた。
「レモリー!」
俺はとっさに『逆流』の異能を発現させて、自分が見た「未来」をレモリーに送った。
「はい!」
彼女は即座に反応し、水と風の精霊術で氷の塊を作り出すと、ヒルコめがけて撃ち出した。
「何をやっている!」
「ダメですわ直行さん♪」
和哉とエルマがほぼ同時に声を上げ、俺たちの対応にダメ出しした。
──次の瞬間、すさまじい衝撃と共に爆発が起こり、ヒルコの巨体は弾け飛んだ。
「超高温の炎に氷なんかぶつけたら、水蒸気爆発が起こるに決まってるじゃないですか♪」
「……まったく、理科の授業で習わなかったのか? 知里が巻き添えを受けたらどうするつもりだった」
和哉はそう言いながら、魔法障壁を発動させて俺たち、そして中にいる知里を守ってくれたようだ。
エルマもブツブツ言いながら、俺を見ていた。
「ヒルコ自体はこちらの干渉を受けつけないが。ここで起こったこと、こちらへ来た攻撃ならば対処できる……」
彼は魔術師がやるような、両手をダラリと下げたまま掌を向けるポーズをとった。
次の瞬間、ヒルコが召喚した隕石のゼロ距離射撃──。
和哉は何なくそれを別宇宙に送り込んでキャンセルすると、指で銃を持つような挙動でヒルコを撃った。おそらく、指鉄砲のような技(片目を髪の毛で隠した幽霊族の末裔の少年の必殺技)のような、何らかの攻撃をしたはずだ。
「やはり、ヒルコに対する攻撃は、あらゆる可能性宇宙を持ち出しても無効化されるようだ」
「和哉さん♪ あのヒルコって人は、千年前にあなたが知里さんの代わりに生み出した存在=オモチャ♪ ということで間違いないですか♪」
「まあ、失敗作ではあるが」
エルマの意地の悪い問いかけに、和哉は苦々しく答えた。
「オ兄チャァァァァ────」
ヒルコは壊れたオルゴールのように同じような言葉を繰り返していた。
また無数の核熱の光線を撃つ。
しかし、これらの攻撃は和哉の魔法障壁によって阻まれていた。
「千年も一人で神様ごっこしてた割には、寂しがり屋さんなんですね♪ まあいいですけど♪」
「エルマ。お前、戦闘中になにを言っている?」
「ミッションの確認ですわ♪ 知里さんを救うのは最優先として♪ あのヒルコさん♪ 倒してもいいのか? それとも彼女も救出するのか……? で、難易度が変わってきますわね♪」
エルマの顔は、少しだけ寂しそうだった。
ヒルコは謎の存在で、神出鬼没の異能『神足通』を持ち、この世界に転生した13歳の少女に召喚術具を配って回っていた。元はといえば彼女が「異世界人問題の原因」ともいえた。
「オ兄チャァ────」
千手観音のような無数の骨の手が、いっせいに俺たちを捕えようとした。
しかし俺の『未来視』で認識するより前に、和哉は腕を振り払うと、魔力で作られた魔神の腕がそれらを叩き潰した。
闇の魔法を解放した後の知里がよく使っていた技だ──。
「ヒルコを救出するだと? あの出来損ないを?」
長い前髪に隠れた和哉の眉が、ピクリと動いた。
「あたくしと直行さんが出会うキッカケとなった方ですからね♪ 個人的には助けて差し上げたい♪ ねえ直行さん♪」
「えっ。……お、おう」
突然エルマに話を振られて俺は答えに詰まった。正直に言えば、知里だけでも助けられれば御の字で、この局面を打開できる策なんて思いつかなかった。
事実、いくら『未来視』を発動させたところで、この戦いに『幸福な結末』など見られないからだ。
「鬼畜令嬢の〝ふたつ名〟が泣くような提案だが、手立てがあるというのか──?」
和哉はすでに、何度もヒルコの攻撃をキャンセルしている。
何事もなく見えるこの空間だが、実は彼の能力によって『最善』の状況に導かれているのだ。
──それでも、事態が打破できないでいる。
平行宇宙を操る和哉ですら詰んだ状況。
エルマはこれを解くための秘策があるのか、ハッタリなのか、俺には想像もできなかった。
あとがき
※本編とは全く関係ありません。
エルマ「もう桜の季節になってしまったんですわね♪」
知里「滅多に外に出ないあたしだけど、満開の桜を見ると〝何とも言えない〟気持ちになるよね」
直行「〝何とも言えない〟確かに、綺麗だけど儚さもあったり、パッと咲いた華やかさと散る寂しさが同居して、確かに」
エルマ「だけど最近は樹木の老齢化などで伐採されていたりするんですわよね……切ないですわ」
知里「はじまりがあればいつか終わりがくる。瞬間ごとに消える思いや感動も、たとえ忘れてしまったとしても、確かにそこにあったことで、幻なんかじゃないんだ……」
小夜子「どうしたの知里? 急におセンチになって! いつものネクラじゃないみたい」
エルマ「陰キャは陰キャだと思いますけど♪ 知里さん酔っぱらって感傷的になってるんでしょうね」
知里「ぐぬぬ……。次回の更新は4月3日を予定しています。『万物流転』お楽しみに」




