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第8話 破滅の斬撃

 何を血迷ってるんだ俺は。


 その剣を離せ。

 そんなガラクタであの中へ突っ込んで何になる?

 あんな化け物を助けて何になる?


 完全に勢い任せだ。絶対後で後悔する。


 頭では分かっていても、身体と心が言うことを聞かなかった。


 俺の目の前には武器を構える村人たち。俺の手に握られているのは平べったい窪みの空いたガラクタ剣。俺の背後にいるのは戦意喪失した怪人(バイヤード)のリカルメ。


 もう、めちゃくちゃだ。



「……旅のお方、それは何のおつもりかな?」



 村長が俺に問いかけると同時に、村人全員の視線が俺に集中する。



「さあね、自分でも何してんのかわかんねえや。でも、これだけは言える。リカルメがアテナを想う気持ちだけは本心だってな」


「レヴァンテイン……あんた」


「俺はヒーローだから、そういう気持ちは無視できないんだよ」



 俺がリカルメ守る意思を示した瞬間、村人たちから殺気を向けられる。



「そいつの味方するってことはお前もバイヤードか!」


「あの男も一緒に捕らえろ!」



 剣を持った男がが俺に襲い掛かってきた。俺は黒い剣で応戦する。


 上段から下ろされた剣を斜めに受け流し、バランスを崩した男をけり倒す。


 剣で戦うのは初めてじゃない。レヴァンテインの数あるフォームの中には剣を扱うものもある。

 でも、生身だとやっぱりパワーが足りない。2,3人相手ならともかく、村人全員は相手にできないな。



「【炎よ剣に宿り給え】」



 村人が短くそう唱えると、剣に嵌められていた赤い宝玉から炎が飛び出し、刀身を纏った。他のやつらもなにかぶつぶつ唱えたり、水や風、雷を武器に纏ってこちらを見据えている。


 絶体絶命だ。リカルメなら村人たちにも対応できるだろうが、たぶんリカルメ本人にそれをする意思はない。あればとっくに実行している。


 かといって、俺にできることは何の変哲もない黒い剣を振り回すことだけ。

 魔法の適性が無い俺と、窪みが平べったく歪んだだけの剣。お似合いのコンビだぜ、まったく。



「燃えろ! 異端者め!」



 炎を剣に纏った村人が上段の構えから炎剣を振り下ろす。間一髪で横へ避けるが、上着の一部が燃えてしまう。そこから白のエーテルディスクが落ちてしまった。


 そのままコロコロとディスクは転がり、リカルメの元で止まった。

 ガンドルフォームにフォームチェンジしようとした時にバッテリーが切れたから、白のディスクは上着にしまっていたんだ。



「まてよ、この形もしかして……!」



 ふと俺は剣の窪みとエーテルディスクを見比べた。同じだ。サイズがほとんど同じように見える。


 ……いや、まさか。


 確かに、レヴァンテインが使う武器にはエーテルディスクをセットして能力を強化するものは存在する。


 でもエーテルディスクは元の世界で、ユリ博士が独自に開発したものだ。こっちの世界でディスクを嵌めるように想定された武器が開発されているわけがない。


 しかし、元の世界特有の生物だと思われてたバイヤードだってこっちの世界に存在した。

 同じようにエーテルディスクだって、俺が元の世界にしかないものだと思い込んでいるだけで、こっちの世界にも同じ物が存在しているのかもしれない。



「……試してみる価値はあるか」



 俺はリカルメに向けて叫んだ。



「おい! ディスクをこっちに寄越(よこ)せ!」


「ディスク? わ、わかった!」



 リカルメは白のエーテルディスクを持つと、俺に向けて放り投げた。


 なんらかの飛び道具だと勘違いしてくれたのか炎剣を構える村人が少し後ろに下がってくれた。そのおかげで俺は難なくディスクをキャッチできた。



「頼むぜユリ博士……。あんたの技術が異世界でも通用するってところを見せてくれ!」



 俺は、黒い剣の窪みに白のエーテルディスクをセットする。

 驚いた。ディスクと窪みのサイズが完全に一致していたのだ。



《----Disk Set Ready----》



 黒い剣からレイバックルから流れるものと同じようなシステム音声が聞こえた。そして、剣からは白い光と禍々しい音楽が絶え間なく流れ続ける。


 必殺技ディメンションバニッシュを放つ前にレイバックルから流れる音と少し似ている。ていうことは、これは必殺技待機音……なのか?


 そして、今気づいたことがひとつある。この剣、持ち手にトリガーのようなパーツがついている。

 この剣の使い方が、わかった気がする。



「な、なんだその魔法は!? なぜ詠唱も宝玉もなしにそんな光を放てるのだ! 剣から流れるその奇妙な音はなんだ! そもそも、その円盤いったい……」


「一ついいか? 俺もこの剣を扱うのは初めてだ。どんな力が秘められているのか、どれほどやばい威力を持っているのか、俺にもわからない。というか、そもそも本当に起動するとさえ思ってなかった。そんな正体不明の力を俺は真正面に放とうとしている」


「だからなんだ! なにが言いたいんだ貴様!」


「死にたくないやつは、道を空けろってことだ!」



 俺は剣を振り上げ、トリガーを引いた。



《----GENESIS DESTRUCTION SLASH----》



 黒い剣を勢いよく振り下ろした。

 というか、剣に腕を振り下ろされたと言った方が正しいかもしれない。


 黒い剣から放たれる白い斬撃は、周囲の建物を巻き込みながらまっすぐ正面の空間を切り裂いた。


 地面を深く抉り、直視し続ければ失明するほどのまばゆい光を放ち、ここから遥か遠くにある見張り台を真っ二つにした。遠くから、警鐘が地面に落ちる音が聞こえてくる。


 パッと見た限り、今の技に対する負傷者はいない。俺の警告を聞いて皆、道を空けてくれたらしい。


 正直、自分でも驚くほどの威力だが、その反動も結構でかい。一発放っただけで、腕がもげそうに痛い。でも絶対に表情に出すな。これを悟られたら村人たちはまた俺に襲い掛かってくる。


 村人たちは今の一撃にビビってるみたいだ。次の攻撃を警戒して、全く動こうとしない。



「今のうちに行くぞ、リカルメ」


「……………………」


「リカルメッ!」


「……あ、うん!」



 リカルメも今の斬撃に呆気を取られていたらしい。

 だが、我に返るとすぐに立ち上がり、俺に続いて走り出した。



「ま、待て! 化け物共!」


「なにをしているお前たち! 早く追わんか!」



 背後からそんな叫び声が聞こえたが、足音は俺とリカルメの二人分しか聞こえなかった。





 俺たちは村を出て、山の奥へと走っていった。

 なるべく早く村を去りたいところだが、このままアテナを放っておくわけにもいかない。

 山賊というからには山が活動拠点なのだろう。運が良ければ下っ端の山賊を捕まえてなにか情報を聞き出せるかもしれない。



「さて、ここまで来れば大丈夫だろう」



 アテナと出会い、リカルメと決闘し、その数時間後にリカルメと逃亡してくるとは。

 この場所にはなにか数奇な運命でもあるのかもしれない。



「おい、そろそろ人間態に戻ったらどうだ。もうここに敵はいないだろ」



 リカルメは怪人態のままここまで走ってきたのだ。

 正直、こんな絵面の奴を助けた自分がいまだに信じられない。



「……いつからあんたは私の仲間になったのかしら」


「それもそうだな……。なんで俺はお前なんか助けたんだか」


「……まあでも、いいわ」



 リカルメの皮膚が紅く光り、溶けていく。

 そして中からは人間の姿のリカルメが出てきた。


 自慢のツインテールが土で汚れることもお構いなしに、リカルメは地面に寝ころんだ。



「私を殺しなさい、レヴァンテイン。また変な世界に送ったりしたら承知しないわよ」


「は? いきなり何言ってるんだお前。そんなことをしたら俺がアタトス村の信頼を捨ててまでお前を助けた意味がなくなるじゃないか」


「アテナはね、私の命の恩人なの。あんたとの戦いで傷ついた私を魔法で癒してくれた」



 同じだ。

 俺もこの場所でアテナの治癒を受けた。



「ほら、私って人間が大嫌いじゃない? だから最初はアテナのこと鬱陶しく思ってたわ。『なんなのこの女。人間がバイヤードに尽くすなんて当たり前じゃない』そんな風に思ってた。嫌なやつよね私って」


「今は考えを改めたっていうのか?」


「全然。今でも人間なんて滅びればいいと思ってる。特にあんたやユリ博士はね。でも、アテナは違う。あのこだけは、この世界に居場所を作ってくれたあのこだけは、私が守ろうって決めたの……でも」



 一瞬、リカルメの声が止まった。顔を見ると、ぐちゃぐちゃな表情で涙ぐんでいる。



「でも……! 私はアテナを守るどころか、アテナを殺しかけた! 怪人としての姿も見られて、嫌われた……。もう一度アテナに会ったところで、私は絶対に拒絶される。化け物を愛してくれる人間なんて、いないのよ!」


「……だからって、別にいま死ぬことはないだろ」


「これ以上生きてたってしょうがないのよ! 前の世界ではゼドリー様がいた、昨日までこの世界にはアテナがいた。でも今はどっちもいない! そんな私に、なにを目的にして生きろっていうのよ!」



 リカルメは子供のように泣き出した。


 愛するものをすべて失い。絶望に飲み込まれている。


 見ていて哀れだった。

 かつて俺とユリ博士の拠点にまで忍び込み、罪のない人間を虐殺した怪人とは思えない。


 昔の、いや、昨日までの俺だったら、よろこんでリカルメの心臓に剣を突き立てていたことだろう。だけど今の俺にはどうも気が進まない。


 アテナを失って悲しんでいるってことは、こいつが心からアテナを慕っていたということじゃないか。

 その心は、その想いだけは人間のそれに等しい。


 だけどまだだ。

 まだ一つ引っかかっていることがある。

 その謎がわからない限りは俺の気持ちも決まらない。



「一つだけ聞かせてくれ。さっきの決闘中にお前が言った、計画っていうのはなんのことなんだ?」


「うぅ……ヒック、計画?」


「『私を殺し、ゼドリー様を殺し、挙句に私の計画まで邪魔するつもりかぁ!』とかなんとか言ってたじゃないか」


「……アテナの誕生日をお祝いする計画だけど、それがどうかしたの?」



 ……予想外にもほどがある。


 おいおい、勘弁してくれ。俺はそんなことを勘ぐって、お前と決闘してたっていうのか? 完全にバッテリーの無駄遣いじゃないか。


 あの決闘さえしなければ、レヴァンテインの力でアテナを守れてたかもしれない。

 ……そう考えると、俺にも責任が見えてきたな。



「はぁ」



 ため息、一つ。


 いいだろう、今の言葉でリカルメ・バイヤードのことを信じてやる。

 前の世界でこいつが犯した罪を忘れたわけじゃないが、だからこそ、ここでサクッと死なせてやるのも割に合わないってものだろう。



「さて、休憩も済んだし。そろそろ山賊のアジトに乗り込むか」


「……は? あんた話聞いてたの!? 殺せって言ってるじゃない!」


「お前が犯した罪の重さ考えると、ここで楽に死ぬくらいじゃ償いにならないんだよ」


「知らないわよそんなこと、劣等種が口答えするな! 言う通りにしなさいよ!」



 リカルメは起き上がり、土まみれの手で俺の胸ぐらを掴む。

 俺を脅すように睨んでいるが、その目から涙がこぼれていちゃ台無しだな。



「本当にいいのか? 今ここでお前を殺せば、お前は永遠に独りぼっちだ」


「なによ? お前には俺がいる、とかクサいセリフでも吐くつもり? 正直キモイわよ」


「誰が言うかそんなこと。お前とつるむなんてこっちから願い下げだ」


「ほらね、やっぱり人間は私のことなんて……」


「でも、アテナは後悔してるんじゃないか? お前を恐れたことを」


「え?」



 胸ぐらを引っ張る手が少し弱くなる。



「な、何言ってんのよ……。アテナは、私の、本当の姿を見たのよ? あの反応が……。私を拒絶したあの恐怖の表情が本心に決まってるじゃない!」


「そうかな? 俺は一年間バイヤードを全て殺してきたが、中には人間と仮初(かりそめ)の友好関係を築くバイヤードもいた。そんなバイヤードを倒したとき、その人間は、化け物に騙されていたことよりも、その化け物を殺した俺のことを恨んできたんだぜ」



 俺にとって苦々しいエピソードだが、今のリカルメを説得するにはちょうどいい。



「だから何よ。アテナがその人間と同じ気持ちとは限らないじゃない」


「じゃあお前は、アテナのことをそいつ以下の薄情者だというのか? お前の嫌う劣等種よりも、アテナの方が冷酷なやつだって言いたいのか?」


「そ、そんなことない! アテナはすごく優しい子よ! 私の怪我を治してくれて、居場所をくれて、ゼドリー様のいない孤独な私に半年間ずっと寄り添ってくれた! この世界に、いや、前の世界を含めたって、アテナより優しい人なんて、ゼドリー様くらいしかいない!」



 ……一応、ゼドリーが一位なのか。まあ、それもこいつらしいか。


 どっちにしろここの世界にゼドリーはいないんだから、アテナが実質一位だ。



「だったら決まりだな、その優しさに甘えに行くぞ」


「……ふん、いいわ。乗せられてあげる。アテナを守れなかったなら、せめて助け出すのが義理ってものよね。嫌われたくらいでアテナを見捨てようとした私の方が薄情者だったわ」



 リカルメは涙を拭き、右手を俺に差し出した。


 人間態とはいえ、怪人(バイヤード)の手。


 それが理解できてるのに、不思議と不快感は湧かなかった。

 

 俺は黙って手を取る。

 元幹部怪人と変身できないヒーローの同盟がここに結ばれたのだ。

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