第9話 尋問
「い、命だけは助けてくれ! まだ死にたくない!」
「私のアテナを攫っておいてよくそんなことが言えるわね。その願いは聞けないわ。とっとと死ねぇ!」
怪人が人間を殺そうとしている。
前の世界じゃよく見た光景だ。しかし、人間の方は俺の敵の山賊で、人を殺そうとしているバイヤードの方が俺の味方、というのはなんとも奇妙な感覚だ。
とはいえ、殺すために捕まえわけじゃないのでリカルメ止めにかからないと。
「バイヤードの殺人衝動に飲まれるな! せっかく捕まえた情報源をパーにする気か」
「あ、そうだった。殺す前にあんたら山賊のことあらいざらい吐いてもらうわ……! 喋らないと殺す! 喋ったら後で殺す!」
「ひぃいぃぃぃぃ!」
「ダメだこりゃ……」
こいつ人間相手の駆け引きっていうのをまるでわかってねえ……。どっちにしろ殺されるなら喋らないに決まってるだろ。
今の俺には戦う力がないため、山賊の捕獲はこいつに任せたんだが、これ以上の仕事は望めそうにないな。
とりあえず山賊を即席のロープで縛った。草を編んで作った適当なものだから逃げられるかもしれないが、こんな状態のリカルメにこれ以上任せるわけにはいかない。
「いったん人間態に戻れ。これ以上殺人衝動を増幅されたら、俺まで巻き添えで殺されそうだ」
「そこまで理性失わないわよ……。まあでもわかったわ。交代よ」
リカルメは山賊から手を離し、怪人態を解いた。
おぞましい触手の化け物からツインテールの少女に姿が変わる様はいつ見ても慣れない。捕らわれた山賊もこの変わりように唖然としている。
「まあ、今の脅しは一旦忘れてくれ。あんたらがエルフの村娘を攫ったせいで。こいつも取り乱してるんだ」
「あ、ああ。知ってるよ。あんたらリカルメとレヴァンテインっていうんだろ? 大将から聞いてる」
「話が早くて助かるぜ。俺らはその大将からエルフの娘、アテナを取り戻したいんだ。協力してくれるな?」
「ば、バカいえ! あの取引は俺たちの命綱だ! 詳しいことは俺も知らねえが、あのエルフを売り飛ばせば大量のゴルドが手に入る! それをみすみす手放すなんて――」
「言いたいことはそれだけ?」
リカルメが右腕だけを部分的に怪人化させて隣に生えている木を握りつぶした。山賊の方は小便を漏らして口をつぐんだ。
まあ気持ちはわかるけど、大きい音を立てると他の山賊が来ちゃうかもしれないし本当に静かにしていてほしい。
「な、なんなんだよ大将もこいつも……! バイヤードっていうのはこんな奴らばっかなのかよ!」
「まあ、こんな奴らばっかだ。ということでさっさと吐かないとこいつが我慢しきれずにお前のこと殺しちゃうかもしれない。協力してくれるんならリカルメからお前を逃がしてやってもいい」
「た、確かあんたはバイヤードに匹敵する力を持つ人間なんだよな? わかった、こいつから逃げられるならなんだって話すよ!」
まあ、今はその力使えないんだけど。
とりあえず取引は成功だ。
最悪の場合、拷問じみた事でもしなきゃいけないのかと思ったけど、リカルメの存在だけで間に合っていたようだ。
とりあえずはアジトの場所、全体の規模、仕掛けられている罠などを聞き出した。どうやらアテナ誘拐のために遠くから来た山賊団らしく、ほとんど野宿に近い状態で過ごしているらしい。アジトも最低限の物しかない。
「なるほどな。思っていたより楽そうだ。そんな雑な場所なら攻め入りやすい」
「そ、そんな適当な拠点にアテナを寝泊りさせてるっていうの……? 信じられない。やっぱり殺――――」
「話が進まないから黙ってろ。最後に、大将のバイヤードについて教えてくれ」
「ああ、俺たちは一年前までは山賊でもなんでもないならず者の集まりだった。金のために盗みや殺しはしたが、力無い俺たちはいつも返り討ちに遭い、日に日に飢えに苦しんでいた」
「自業自得ね。お前らみたいな悪人は今からでも死ね」
「だから黙ってろ、悪の組織の元幹部」
自分のことを棚に上げすぎだろ。お前は下手すれば山賊よりも残虐非道な悪人だよ。
「だが、ある時俺たちはバイヤードに遭遇し、当時の大将はそのバイヤードに食われちまった。するとバイヤードはみるみる大将の姿に化けていったんだ。あれはもう恐ろしかった」
「そいつが今の大将ってことか?」
「ああ、化け物の考えは理解できないが、そのバイヤードが急に『俺を仲間に入れろ』なんて言ってくるもんだから断れなくて……。でも結果的にはよかったと思ってる。大将の力のおかげで盗みもスムーズになって、俺たちの生活にも潤いってもんが生まれた。何かむしゃくしゃする事があると俺たちに八つ当たりしてくるのは勘弁してほしいが、それ以外にゃ不満はねえ」
「なるほどな。蜘蛛の化け物にしちゃ結構頭が回る。山賊の頭に成り代われば、人間殺し放題。物資も盗み放題ってか。クソ野郎め」
「え? 蜘蛛の化け物? 兄ちゃん何言ってるんだ。大将はコウモリの化け物だぞ」
「「は?」」
リカルメと声がハモってしまった。
いや、そんなことはどうでもいい。
「おいおい、この世界の人間はコウモリと蜘蛛の区別もつかないのか? それともこの世界には蜘蛛のことをコウモリって呼ぶ習慣があるのか?」
「そんなわけないわ! ちょっと! そのコウモリっていうのはバット・バイヤードのことじゃないでしょうね!?」
「あ、ああ。確かに大将はバットっていう名前だ。蜘蛛の化け物っていうのはたぶんスパイダーさんのことか?」
「山賊団には、二体のバイヤードがいるってことか?」
マズイな。まともに戦えるのがリカルメだけである以上、数的な不利はなるべく避けたかったのに。
俺にもこの黒い剣があるけど、反動の大きさを考えるとそう何度も使えるものじゃない。
「二体? いや、三体だ。大将のバットさん、荒事担当のスパイダーさん、そして最近になって入団したスコーピオンさんのな」
……おいおい、嘘だろ?
二体だけでもキツイっていうのに、三体だと? そんなの敵うわけがない。
俺がレヴァンテインに変身できればまだ可能性はあるだろうが、リカルメだけじゃ敵いっこない。
なにせリカルメ・バイヤードは俺が初期形態のゲネシスフォームで倒した唯一の幹部怪人。つまり四天王最弱的なポジションだ。いや、下手すれば雑魚怪人よりちょっと強い程度の強さかもしれない。
正直なんでこいつが幹部クラスだったのかは今でも謎である。
そんなザコルメ……。じゃなくてリカルメ一人で三体相手はどう考えても無理がある。事実、昨日はスパイダー一体に苦戦していたようだしな。
「なんだ。たった三体なら楽勝じゃない。善は急げ、ね。行きましょうレヴァンテイン」
「いやいやいや、どう考えても無茶だ。お前ひとりでどうやって三体も相手にするんだよ」
「はぁ? なんで私一人で戦わなきゃいけないのよ。あんたもヒーローらしく女の子を救うために戦いなさいよ」
あ、そうか。そういえばまだ言ってなかったっけ。
俺の変身が途中で切れたその原因について。
「……言い忘れていたが、俺は今レヴァンテインに変身できないんだ」
「え、ちょっとそれどういうこと? 初耳なんですけど」
「レヴァンテインの情報をある程度盗み見たお前なら知ってると思うが、レイバックルの動力はエーテルと電気だ。エーテルの方はエーテルディスクを使うだけで半永久的に補填されるが、電気の方はベルトのバッテリーに充電をしないとどうにもならない。見たところこの世界には電気を使う文化は無いようだし。もうレイバックルはただのガラクタと考えていい」
「はあぁ? じゃあ、あんたどうやって山賊からアテナを助けようとしてたのよ。この世界の人間は魔法を使うのよ?」
「メイン戦力はお前で、俺は腕がちぎれるのを覚悟で黒い剣を使う予定だった。しかし、三体もいるとなるとそれこそスパイダーみたいに腕が四本欲しくなるな」
「……呆れた。こんな役立たずだったとは。レヴァンテインになれないあんたなんてただのザコじゃない」
「な、なんだと! 事実かもしれないがお前にだけは言われたくない! レヴァンテインの数あるフォームの中、唯一初期形態で倒された雑魚幹部のくせに!」
「えっ!? あの姿のあんたにやられたのって私だけなの!? 嘘でしょ!? オクシオンもリゼルもダフも私より強いの!?」
「自覚なかったのかよ。そいつら全員ゲネシスじゃ敵わないから、ユリ博士が新しいディスクを開発して強化フォームで倒していったよ」
「そ、そんな……。私、絶対ゼドリー様の次に強いと思ってたのに」
それはひょっとしてギャグで言ってるのか?
まあ、正確にはオクシオンを倒したのは俺じゃないんだけど、今は関係ない話だな。
スパイダー、バット、スコーピオン。さらっと流してしまったが、なぜやつらまでこの世界にいるんだ?
スパイダーは俺のことを知っていた。つまり元の世界にいたスパイダー・バイヤードと同一個体だと言える。
まさか、バットとスコーピオンまで同じやつらじゃないよな?
「あの……そろそろ帰ってもいいか? もうは話せることも残ってないし」
「そうね。いろいろ役に立ったから楽に殺してあげるわ」
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
「どうしたんだよリカルメ。今日は俺と戦ってたあの頃並みに血気盛んじゃないか。とりあえずその怪人化した右腕をしまえ」
「こうしてる間にもアテナがひどい目に遭ってるかもしれないじゃない! 居ても立っても居られないわよ!」
「わかったわかった。でも無駄に殺すのはよくない」
山賊から距離を取り、リカルメに耳打ちしながら会話を再開する。
「お前、クラゲの怪人だよな? 毒は使えるか?」
「……? 使えるけど、そんな強力なものじゃないわよ。せいぜい刺した患部に痛みや痒みを与えるくらいだし、ほっといても一週間くらいで治るし」
「しょっぼ……。まあでも十分だ、むしろ都合がいい。その毒と、この山賊を使ったいい考えがある」
俺はリカルメに作戦を伝えた。
リカルメは俺の意図を理解すると。幹部らしい下卑た笑いを浮かべた。
「あんたやるじゃない。ヒーローとは思えないほど卑怯な作戦だわ」
「ほっとけ、とりあえずまず第一段階だ」
俺とリカは再び山賊の前に立つ。
「な、なんだよ! 俺はもう全部話したぞ! もう開放しろよ!」
「いいや、お前にはもうひと仕事してもらうぜ。やれ、リカルメ」
「オーケーボス。擬態解除」
リカルメは再びクラゲの化け物。リカルメ・バイヤードの怪人態へと姿を変えた。
周囲には山賊の悲鳴が響いたのであった。
◇
さて、とりあえずは準備完了だ。
俺とリカルメは山賊から聞き出した情報をもとに山を登っていた。
いつ他の山賊が襲ってくるのかわからないから怪人態のままにしておきたかったが、こいつは暗闇で薄く発光する体質があるから人間態にしておかないと目立ってしまう。早朝とはいえ、まだ暗い。
ツインテールの女子高生(見た目だけ)とハイキングだ。羨ましいだろ?
俺はちっとも楽しくないが。
「そういえば、結局あの剣はなんだったの?」
「剣?」
「黒い剣よ。行商の露店の時は初めて見るようなリアクションしてたくせに、昨日はやけに使いこなしていたじゃない。私に武器の存在を悟られないようにするための演技だったの?」
「いや、それが俺にもさっぱりなんだ。レヴァンテインの武器はスーツと同じようにエーテルディスク内に粒子化して保存されているから武器だけ単体で外に出るっていうことはない」
「でも、ディスクを読み込んだってことはユリ博士の発明品なんじゃないの? あんたが使ったことないってだけでそれもレヴァンテインのために作られた武器ってことでしょ」
「だとしたら、この世界に落ちていた理由がわからない。ここが死後の世界だと仮定して、俺やお前がいるのはまだわかる。でもユリ博士はゼドリー戦の時まだ生きていた」
「案外、生き残っていたバイヤードに殺されていたりしてね。あんたがいない以上誰もユリ博士を守ることなんてできないだろうし」
「冗談でもそういうことを言うな。怒るぞ」
「……ごめんなさい」
アテナのショックが残っているとはいえ、こいつも丸くなったものだ。人間相手、それもレヴァンテインである俺に謝罪するなんてな。
しかし、リカルメの言うことも的外れじゃないかもしれない。すべてのバイヤードを倒したといっても俺たちがまだ確認していないバイヤードだって元の世界にはいたかもしれない。
もし、そんなやつがいたとしたら真っ先に狙われるのは俺、次点でユリ博士だ。
レヴァンテインがいない世界にバイヤードが一体でも潜んでいるなんて、考えただけでぞっとする。
……いや、よそう。そんなわけないじゃないか。博士はなんやかんやで抜け目ない人だ。仮にバイヤードの生き残りがいたところで新しいシステムを開発して、レヴァンテイン2号とか作って撃退するに決まっている。
「あ、レヴァンテイン。あれじゃないの? 山賊のアジトって」
リカルメに言われて茂みの向こうにある広場を眺めてみた。
白いテントや雑魚寝用の布がちらほら。毛皮を羽織った半裸の男がウロウロと。間違いない、山賊のアジトだ。
早朝という中途半端な時間だけあって、見張り役も眠そうにしている。
テントは五つ。中央に一つと、それを囲むように四つ。さっきの話では真ん中のにアテナが捕らえられているらしい。
「バイヤード三人衆はどこにいるのかしら? やっぱり真ん中?」
「いや、スコーピオンとバットはこっちに来てから姿を変えているらしい。案外その辺ウロウロしているやつがそいつかもしれんぞ」
「めんどくさいわね~。もういいわ、私がまとめて丸焦げにしてあげる!」
「ちょ、押すな、音を立てるな! ばれるだろうが! ていうか俺の作戦忘れたのか!」
「まあ、いいじゃないの。ってどこ触ってんのよ! 私の身体に触っていいのはゼドリー様とアテナだけよ!」
「お前がのしかかってきてるんだろうが……ってええ!? お前、ゼドリーはともかく、アテナにまで身体を許してるのか!?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて! ていうかゼドリー様ならともかくってなによ! 私とゼドリー様がそ、そういう行為をしてる関係だと思ってたの!?」
「いや、だって悪の組織だし」
「あんた悪の組織をなんだと思ってるのよ! ゼドリー様は偉大なる統率者であって、恋愛対象とかじゃ……!」
「わかったわかった、悪かったからもうちょっと声を小さくだな…………」
俺とリカルメがくだらないことでぎゃあぎゃあ騒いでいると、茂みの向こうから山賊の一人が声を上げた。
「リカルメとレヴァンテインが攻めてきたぞ! 皆の者、武器を持てー!」
それを聞いたリカルメの顔は一気に青ざめた。
たぶん俺も同じような表情をしてると思う。





