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第7話 少女の咆哮

 マズい。ある程度覚悟してたけど、この状況はマズい。



「なんだ? てめえまで生身で俺と張り合う気か?」


「ちょちょ、ちょっと! なんで変身解いてるのよ!? まだ戦闘中よ!」


「どうしたんですかイヌイコータさん? あの力は使わないんですか?」



 相手の数はスパイダー一体。

 とはいえ、今の俺は変身も魔法も使えないただの人間。リカルメの電撃は一切効かない。アテナは攻撃手段を持っていない。


 どうすればいい。考えろ。


 レヴァンテインとリカルメ、二人も因縁の相手を見つけたスパイダーがこのまま俺たちを黙って逃がすとも思えない。


 いや、アテナもだったか。確かスパイダー率いる山賊がアタトス村を狙ったのはアテナを攫うためだ。


 辺りを見回しても武器になりそうな物がない。いや、あったとしても通常の武器程度じゃバイヤードを倒すことなんてできない。そんなことできるんだったらユリ博士はわざわざレヴァンテインなんて開発しない。



「どいつもこいつも舐めやがって! そんなに死にたきゃ殺してやるよ!」



 スパイダーが激情してこちらに突っ込んでくる。

 あんな槍みたいな腕に刺されたら、回復する間もなく即死だ。



「アテナ、ここは一旦退くぞ! リカルメは残れ!」


「えぇ!? ちょっとイヌイコータさん!?」


「あんたこんな時まで何言ってんのよ! ぶっ殺すわよ!」


「違う! 俺なりに考えた結果だ! この場から俺らが消えたらお前はなにができる!?」


「なにって……あっ!」



 リカルメの口角があがった。俺の考えを理解したらしい。


 俺が戦えないのはベルトのバッテリー切れによるもの。これはもうどうしようもない。

 しかし、リカルメの場合は話が別だ。


 リカルメが戦えないのはアテナに正体をバラしたくないからに他ならない。この場からアテナが居なくなれば、リカルメは人目を気にすることなく怪人態へと変態できる。



「わかったわ、アテナをちゃんと守りなさいよ!」


「ああ、任せておけ!」


「リカ!? 無茶だよ! さっきの雷全然効いてなかったじゃん!」



 俺はこの場に留まろうとするアテナを無理やり引っ張りこの場から離れようとする。

 なるべくリカルメの姿を見せないようにしながら。


 そして、リカルメの身体に徐々に紅い稲妻が纏われる。



「擬態解じ――――」


「リカちゃん、危ねえ!」


「え? うわっ!」



 その時、物陰から盾を構えた村人が突如飛び出してきた。

 村人はリカルメを突き飛ばすと、スパイダーの突進を盾で受け止める。



「ハッ! 俺の姿を見て一人で出てくるとはいい度胸じゃねえか」


「一人じゃない、我らアタトス村の結束を甘く見るなよ!」



 次の瞬間、スパイダーの頭部にどこからともなく矢が射られた。

 スパイダーに直撃するも、貫通は敵わず矢が虚しく地面に落ちる。



「今のうちに逃げろリカちゃん。何だか知らねえが、白い鎧の騎士さんが他の山賊をやっつけてくれたおかげで、俺ら全員でこいつの相手ができる」



 白い鎧の騎士というのは俺のことか?

 確かにここに来る途中何人もの山賊を気絶させておいたからな。


 周りに大勢の村人たちが集まってくる。弓や杖を構える者、盾やハンマーを掲げる者、剣や槍を手にする者。総勢ざっと二十人といったところだ。



「ハッハッハ! 大概の村は俺の怪人態をみるとビビッて降伏しちまうんだがなぁ。集団心理ってやつか? まぁいい、その無謀な勇気に免じて最後の警告をしてやる。おとなしくアテナってエルフを差し出せ」


「断る。こちらこそ警告するぞ。我らに討伐されたくなければおとなしくこの村を去れ」


「交渉決裂か。いいだろう。ならエルフ以外皆殺しだ」



 スパイダーは本気だ。

 人間の使う魔法がどれほどのものなのか知らないけど、バイヤードに敵うとは思えない。魔法がそんなに強いものならば、村はこんな惨状になったりしてないはずだ。


 村に転がっている死体には武器が握られていた。それも宝玉の嵌っている立派なものだ。

 それは、魔法で挑んだ村人がバイヤードに殺されていることを意味する。


 この状況を打破するためにはリカルメの擬態を解除するしかないのだが、こいつらどう見てもリカルメの知り合いだ。こいつらが見てる以上リカルメは人間を演じ続けることだろう。


 控えめに言って、最悪の状況だ。



「わ、私もお手伝いします! 傷ついた人は私の元へ来てください!」



 しまった! ちょっと悩んでる間にアテナが手を振りほどいてスパイダーの元に戻ってしまった。



「獲物の方から来てくれるとはなあ、フン!」


「「「ぐあああああ!」」」



 スパイダーは周りに群がる村人たちを腕力だけで蹴散らし、アテナとの間の障害物を無くす。すると、腕から糸を出して再びアテナを捕らえる。



「きゃあ!?」


「皆の衆! 糸を切れ! 化け物からアテナを開放するのだ!」


「だ、ダメだ! この糸、鋼のように硬い! 剣の方がボロボロになっちまう!」



 村人たちの抵抗を無視してスパイダーは糸を引き、アテナを手繰り寄せる。引っ張られたアテナはバランスを崩し転んでしまうが、スパイダーはお構いなしに糸を引き寄せる。


 アテナの肌が地面にこすれて出血し、地面に赤い線が引かれた。



「……ッ!」



 苦痛にアテナが表情を歪める。すぐに助けなきゃいけない。


 でも、どうすればいい? さっきスパイダーの糸を引きちぎれたのはレヴァンテインの力があったからだ。人間の腕力でどうこうできるほどやつの糸はやわじゃない。

 それに複雑に絡まった糸を無理やり引き剥がせばアテナに傷を負わせてしまうかもしれない。



「図に乗るな、蜘蛛野郎」



 スパイダーの背後あたりからドスの効いた女の声が聞こえた。

 村人は驚き、そちらに注目する。俺やスパイダーにとっては聞きなれた声だった。



「アテナに血を流させるなんて……もう、が、我慢の限界、よ……!」


「り、リカ……?」



 バチバチと紅い稲妻がリカルメの体を覆う。

 まぶしくてよく見えないが、やつの表情は怒りに満ちていることだろう。


 きっと、その目にはスパイダーしか見えていないに違いない。


 抹殺すべき対象、バイヤードの破壊衝動に飲み込まれている。



「擬態、解除ォォォォォォォ!」



 リカルメの全身が光に包まれると、次の瞬間中から紅いクラゲの怪人が飛び出してきた。

 リカルメが怪人態へと変貌したのだ。


 リカルメは能力も使わず、スパイダーを殴り飛ばした。



「うぉっ!?」



 スパイダーはバランスを崩すが、すぐに四本の足で持ち直す。

 そしてリカルメを見据えると、槍と化した腕を二本構えてリカルメに向けた。



「ようやく、本気を出したか。元幹部様よぉ!」


「アアアァァァァアア!!!」



 リカルメは稲妻を纏った触手を背中から十本伸ばし、その全てでスパイダーを狙う。


 スパイダーも二本の槍で応戦するが、さすがに全てを切り落とすことはできず、三本の触手に巻き付かれてしまう。


 触手はそれぞれ胴、右腕、首に巻き付いていた。もはやスパイダーにリカルメの攻撃を回避する余裕はない。



「死ネ、死ネ、死ネェェェェエ!」



 ここぞとばかりにリカルメは触手から電撃を流した。紅い稲妻がスパイダーを襲う。

 強烈な光に焼かれ、誰もがスパイダーの死を確信した。しかし、スパイダーの断末魔は聞こえなかった。


 代わりに響いたものがある。

 アテナの、悲鳴だ。



「あああああああああ!!! 痛い! 痛い痛い痛いいいいい!!!」


「…………え?」



 リカルメが我に返ったかのように電撃を中断した。

 震えながら周囲を確認するが、もう遅い。


 アテナは未だにスパイダーの糸に捕らわれたままだ。すなわち、そのスパイダーに電気を通すということは、糸を通じてアテナにも電気を通すということ。

 間接的ではあるが、リカルメという化け物は今、アテナに危害を加えたのだ。


 そしてその様子をアタトス村の住人に目撃されてしまった。

 リカがリカルメに成り、我を忘れて暴れまわった様子を。


 冷ややかな視線、畏怖の視線、憤怒の視線、それらすべてがリカルメに集まっている。

 リカルメを好意的な目で見る人間は、もう誰もいない。



「リカちゃん、その姿は……」


「ち、違っ……私はただ、アテナを助けようと」


「お、お前も化け物だったのか! しかもその蜘蛛の仲間だと!?」


「違うの! 確かに、昔は手下だったけど、今は何の関係も――」


「黙れ! 俺たちを騙して村に潜入してたんだな! 山賊に村を売ったのもお前の仕業か!」


「違う……違うの……私は……私は……!」



 触手がスパイダーから離れ、萎縮するように背中に戻る。

 村人の非難の視線から逃れようとするが四方八方から睨まれたリカルメはその場に縮こまるしかなかった。



「やれやれ、本気を出してもこの程度か。それより気を付けてくれよ。俺があんたの触手を切ってなけりゃ、大事な商品が死んじまうところだったぜ」


「あ……うぅ……!」



 感電して小刻みに震えるアテナをスパイダーが乱雑に掴みあげる。

 スパイダーの言う通り、あのままリカルメの触手が十本すべて電撃を放っていたら、アテナの感電死は免れなかっただろう。


 しかし、なぜスパイダーには傷一つないんだ?

 いくらなんでも、怪人態のリカルメよりやつが強いはずがないのに。


 一応は幹部怪人の全力だぞ、なぜ雑魚怪人であるスパイダーが耐えきれるんだ?



「さあ、目的の品も手に入ったことだし、撤収させてもらおうか。ほら、別れの言葉くらいは言わせてやるよ」



 スパイダーはアテナの頬を叩いた。



「り、リカ……」


「アテナ……アテナッ!」



 アテナに名を呼ばれたリカルメがアテナに駆け寄る。

 自分のしでかしたことにショックを受けつつも、アテナを救うこと自体は諦めていないらしい。



「ひっ……!」


「え……?」



 しかし、アテナは自分の元へ駆け寄ってくるリカルメを見て恐怖した。

 怯えた表情を見せ、ビク、と身体が震えた。



「な、なんで……?」



 アテナを掴もうと手を伸ばし、そこでリカルメは気づいた。自分の醜い姿に。


 明らかに人間のものとは違う、紅くて硬そうな皮膚。

 いつものツインテールではなく、ハットを深く被ったように見える異様な形状の頭。


 この世界でもバイヤードは認知されている。

 人に化け、人を殺す化け物として。


 もはやリカルメの信頼を回復するのは不可能だった。



「大事な商品がこれ以上傷つくのはごめんだな。皆殺しの予定だったが、まあこの辺で勘弁してやるよ」



 そう言うと、スパイダーは四本足で村の外へと駆け出した。村人の半分ほどはアテナを助けるべく、スパイダーを追った。


 そして、残り半分の村人の目はリカルメに向けられている。



「アテナ……アテナ……」


「あの怪物を拷問にかけるぞ。山賊の住処を知っているかもしれない」


「ま、待てよ。あれはリカちゃんなんだろ? 拷問なんてかわいそうじゃないか」


「バカ! お前もバイヤードが人に化けることは知ってるだろ。本物のリカちゃんはとっくにこの化け物に殺されてるんだよ!」


「なんて奴だ……! リカを殺し、村を山賊に襲わせるなんて! この化け物め!」


「何だか知らんが弱ってるみたいだ。今のうちに拘束しろ!」



 リカルメの正体を村人に明かし、リカルメの信頼をぶち壊す。

 俺の望んでいた通りの展開、のはずだ。


 なのに、どうしてこうも胸糞悪いんだ?

 なぜ、俺は今リカルメに同情しているんだ?


 事実、こいつは過去に何人もの人を殺している。間違いなく、見た目通りの化け物のはずなんだ。



「いや……助けて、誰か、助けて……」



 やめろ。そんな弱々しい声を上げるな。


 怪人らしく、化け物らしく、逆上して村人を振り払えよ。それくらいの力はあるだろ。


 そんな風に、助けを求めるなよ。


 ヒーローとして、応えなきゃいけなくなる。



 戦いで崩れた家屋から黒い棒状のものが飛び出ていた。

 それは、俺からアテナへの誕生日プレゼントだった。

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