小動物のたわむれ。
新入生歓迎会当日。
「はーい! 児童会会長の大道寺修也でーす! これから宝探しのルール説明をはじめるよー!」
「わあ、おもしろそう! ねっねっ、いずるくん! いっしょにさがそ……どうしたの? いずるくん」
「なんでもない」
通ってしまいました。投げ遣りに呈した(佐久間の)案が。
体育館のステージでは、大道寺率いる児童会が今日も元気に説明という名のパフォーマンスを披露している。どこのアイドルコンサートだ。
館内に集められた児童は一年生から三年生。四年生からは事前に配られたプリント一枚で理解しろとのことだ。まあ、講堂も体育館も一般的な学校よりは広さを持っているとはいえ、千人強を押し込めるには足りない。
大道寺の話を纏めると、こうだ。
校庭・校舎・別棟、サロンを除く初等部敷地内のあちこちに宝箱――イメージとしてポピュラーな、丸い蓋の木箱だ。それが置かれている。中身は、率直に『宝』が入っているのではなく、『課題』とやらをクリアしなければ手に入れられない仕様なのだとか。全校児童がプレイヤーな訳ではなく、助っ人や判定の為の選抜スタッフが在校生の中から百余り取られている。
一人で探すもよし。チームを組むもよし。その辺りは自由らしい。
制限時間は約二時間。終了の放送が流れ次第校庭に集合、整列して閉会式を行う。
すっかりやる気を見せている祁答院は、俺の手を取って鼻の穴を膨らませている。こんな顔をしていても美少年の面は崩れないのだから美形は特だ。
「いずるくん、ぼくもいいかな?」
ゲームスタートの合図により疎らに散り始めた児童たちの中から、凉が顔を出した。祁答院と保科凉、定番メンバーだ。さらには、友永――トモナガの名は友永千佳だと後程判明した――も祁答院に付いてきた。
一年生四人か……凉はまだいいとして、やんちゃな小動物二匹(言わずもがな、祁答院と友永だ)の手綱を引かねばならないのは厳しいな。
うっかり、手の掛かる子供たちの引率者気分になっていたそこに、
「い、い、いずる、くん!」
頬にかかるふんわりとした黒髪のボブカット。男子制服のズボンが女の子のショートパンツに見える完璧な美少女顔。
ああ――ちゃんと「ず」が言えるようになったんだな。天宮。
「ぼくも! ぁ、え、え、と、い、いきたい……!」
制服の袖が掴まれる。小動物が三匹に増えてしまった。
祁答院と友永が物珍しそうに天宮を見ている。友永に関してはガン見だ。まあ、この顔で生物学上オスだもんな。ちんこ付いてるからな。びっくりだ。
「このこはD組のあまみやりおくん。いっしょにつれていってもいい?」
見る間に俺の背へ隠れてしまった天宮に、紹介というよりは代弁の気持ちで祁答院たちへと尋ねた。
「いいよ! ちかはね、ちかだよ! いっしょにいこ! りおちゃん!」
人懐っこい友永が早速天宮を構っている。天宮は、見るからに狼狽えて俺へと救いを求める視線を投げ掛けていたが、心を鬼にして無視した。決して面倒だからと友永に丸投げしたわけじゃない。ああ、違うとも。
祁答院は、最近すっかり鳴りを潜めていた人見知りを発動して、可愛くない――が造形的には大変愛らしい仏頂面で俺の手を奪っていた。凉は相変わらずにこにこと成り行きを見守っている。
うーん。ややこしい相関図だな、これ。
――ともかく、チビ共を連れて移動を開始するとしよう。既にあちらこちらから「見付かった!」の声が上がっている。体育館内は殆んど網羅されてしまったかもしれない。
上履きを履き替えて校庭へと飛び出す。先頭を突っ切るのは祁答院だ。繋がれたままなので彼の馬鹿力についていく形になる。後から、凉と友永、友永に引っ付かれた天宮が追ってくる。
「たからばこってどんなのかなあ? いずるくんもちゃんとみてね! ちかちゃんもだよ!」
ご機嫌な祁答院が大はしゃぎに遊具の合間を駆け回っている。そろそろ手が痛いんだが、全然放してくれる素振りがない。友永によって天宮も似たような状態だ。
「カナちゃん、さがしにくいから手、はなして」
「なんで? やだ。いっしょにさがすっていったもん」
「はなしてもにげないよ。このままじゃ僕、けがしちゃうかも。手がいたいなあ」
わざとらしく困った顔をして見せる。祁答院は俺のこの顔に弱いらしい。
こんなわかりやすい作り顔に騙されてくれるのも今のうちだけだろう。
「――っか、カナちゃん! いずるくんのおててはなして! いたいっていってるよ!」
友永を引っ付けたまま聞き耳を立てていたらしい天宮が吼えた。お前もか。
そしてお前は、前回大道寺に噛み付いたことといい俺のナイトか何かのつもりなのか、天宮。
「リオちゃんにはかんけーない!」
「あるよ!」
「どこが! リオちゃんは、えっと、ブ……ブガイシャなんだから!」
「ちがうもん! ぼく、いずるくんのおともだちだもん!」
「カナちゃんだっておともだちだもん! いちばんなかよしなんだよ! リオちゃんはクラスだってちがうんだから!」
何やらハムスターと仔猫が激しく威嚇し出した。なんなんだ、突然。というかお前ら知り合いか。
どちらとも仲良くしたいらしい友永は、オロオロと間で狼狽えている。
「カナちゃん、言いすぎだよ。あまみやくんも。かばってくれるのはうれしいけど、けんかしちゃったら意味ないよね?」
怒りで瞳が潤んでいる祁答院と興奮から半泣きの天宮に、友永を保護する意図も込めて割って入る。勝手に喧嘩してる二人はともかく、何の関係もないのに挟まれた友永が不憫だ。
ふと凉はどうしているのかと控えるのが定位置になりつつある彼へ振り返ろうとすると。
ぴとっ。
「じゃあぼくがいずるくんとなかよくしちゃおうかな」
見せ付けるように凉が右腕へ貼り付いていた。何の参戦宣言だ。これ以上ややこしくするのはやめてくれ。
「あっ! りょうくんずるい! だめだよ!」
「どうして? ぼくがいずるくんにくっつくのはだめなの?」
「だめ!」
わがまま駄々っ子がヒートアップしている祁答院のヒステリックな叫びに、にっこり笑った凉は「そっか」と答えた。…………ん?
「それなら、ぼくがいずるくんをとれないようにふたりでなかよくわけなきゃね」
制服のシワをなぞるようにサラサラな黒髪が流れていく。端整な日本人形のような愛らしい顔立ちには深まった笑みがあった。
…………………………ん?
――で、結局こうなるのか。
「あっちいこ! いずるくん!」
「だ、だめ! あそこまだみてないよ、いずるくん」
左右に腕が引っ張られる。遠慮もくそもない力に、ガクッと上半身が揺れた。
右手を引くのが天宮、左手を引くのが祁答院だ。……やっぱり引率の先生と変わらないじゃないか、これ。
「あのさ、僕の体はひとつなんだから、だきょうというものをおぼえ」
「あ! ねえねえいずるくん、これ?」
歓喜の声を上げたのは友永だった。地に半分埋めたタイヤを跳び箱に見立てる遊具のその中、両手に抱えられる程の木箱が置かれている。
目の前のお宝に単純な子供たちはすっかり興味を奪われたようだ。五人でおそるおそる蓋を開く。
「……なにこれ?」
中には四つ折りにされた紙が一枚だけだった。期待外れだと顔に書いている三人に代わって、凉が重なりを開いていく。
「うさぎごやのうさぎはなんわいるでしょうか。こたえがわかったらみどりいろのわんしょうをしたお兄さんをさがしておしえてね。わからなければ、かぞえてみたり、まわりのお兄さんお姉さんにきいてみよう。――だって」
成る程。これが課題か。普段行かない場所を指定したり上の学年との接触を然り気無く促したり――『交流』を上手く誘導している。プリントの漢字には全てひらがなが打ってあるし、腕章を説明したイラストも添えられている。親切だ。よく考えられたゲームだな。
「なんわ?」
「うさぎの数えかたは匹じゃなくて羽なんだよ。とりといっしょ」
「うさぎごやってどこー?」
「それを、まわりのお兄さんお姉さんにきいてみればいいんじゃないかな? ね、いずるくん」
ちらほらと腕章付きの児童も見られる。腕章を付けた児童はプレイヤーではなく助っ人スタッフだ。
こちらから話し掛けるとなると人見知りの祁答院や天宮が心配だが、礼儀正しい凉や天真爛漫な友永もいる。最悪、この二人に任せればなんとかなるだろう。
「ほら、あそこのお兄さんとか、きいておいで」
二人で組んでいるらしい先の少年たちへと両腕の子供たちを押し出す。
――あ、天宮が泣いた。うーん……天宮には無理か。手強い人見知りだな。時折発揮する威嚇の為の勇気は中々のもんなんだがなあ。
「ぼく、きいてくるね。いっしょにいこう、カナちゃん」
案の定、名乗りを上げたのは凉だ。祁答院がチラリと俺を仰ぎ見る。不安そうな顔だ。
「いっておいでよ。カナちゃん」
「でも……」
「ちゃんと見てるから。カナちゃんががんばってるところ、見たいなあ」
「……! う、うん! がんばる! みててね、ぜったいだよ!」
あっさりと乗せられた祁答院は凉と友永と共に駆け出して行った。バカ……ごほん。素直な子供は楽で助かる。
「い、いずる、くん……」
「ん?」
残された天宮がしょんぼりと肩を落としている。
「ぼく、あの……ごめんなさい」
「…………」
正直、何がごめんなさいなのかさっぱりわからなかったが、とりあえず「大丈夫だよ」と頭を撫でておいた。
「いずるくーん! あのね、あんないしてくれるってー!」
ナンパに成功したらしい三人が嬉々と手を振っている。わざわざ連れていってくれるようだ。
そんな親切な四年生のお兄さんたちに連れられ向かったうさぎ小屋は、校舎裏にあった。うさぎの他に鶏、孔雀、インコ、馬なんかもいる。随分色んな動物を飼育しているんだな。
ちなみに、校庭の遊具広場の隣に設置されている簡易な池と林には亀、鯉、ザリガリなどが生息しているそうだ。お兄さん方情報だ。
廊下にはメダカの水槽があるし、高学年になるとハムスターを教室で飼う、なんて取り組みもするのだとか。この学校は動物との触れ合いを大切にする方針なのかもしれない。
案内のお兄さんたちとはそこで別れて、飼育小屋の見張りをしているらしい腕章の児童へと声を掛けた。
「うさぎの数ねー。ちょっと待ってね」
馬小屋の隣、小さな事務室になっているそこから鍵の束を取り出す。六年生の彼は飼育委員長だそうだ。この場にいる彼以外の腕章の子供たちも飼育委員とみられる。
間接的に委員会の見学にもなるのか。宝探しの一言から、よくここまで広げたな、大道寺――いや、児童会か。
「かぎ開けてあげるから、自分たちで数えてみな。うさぎさんたちはこわがりだから、追いかけたり大きな声を出したりとかはしないでね。穴の中とか箱の中とかにかくれてる子もいるからね」
「さわってもいい!?」
「いいよー。やさしくね。だっこもできるよ」
監督の少年の監視の元、祁答院たちが大はしゃぎにうさぎたちを構い出す。
小動物が小動物と戯れている……和むな。
珍しく凉もどこか興奮した様子でうさぎを抱いているのを眺めていると、もこもことした感覚が足元を撫でた。――あ。
「お、なつかれた?」
全体的に白い真ん丸に鼻だけ黒い毛玉がひくひくとローファーにすり寄っている。なんだか豆大福を思い出した。
そっと丸い背に指を埋めてみる。存外、すぐに肌に到達して生きた温もりが確かめられた。……あたたかい。やわらかい。
「……あ! いずるくん、わらってる」
あまりにいとけない愛らしさに、無意識に頬が緩んでいたらしい。
もこもこふわふわのか弱い精一杯の命たちに、自然と心が落ち着いてくる。
静かだ。ふと思った。うさぎたちを驚かせないよう、懸命に抑えながらも興奮の隠しきれない子供たちのはしゃいだ声が聞こえない。
不思議に思って、しゃがんだ姿勢から頭を上げると。
「……なに」
惚けたような五つの顔があった。
ええと、どうした。靴の上に登られてるぞ、天宮。友永、そこ、うさぎの糞が集められている場所だがいいのか。
「いずるくん……きれい……」
「うさぎ、にあうね。いずるくん」
「ほぁぁ……」
祁答院と、天宮と、友永。口が開いたままの三人の間を毛玉が走り抜けていく。シュールな光景だ。
「うわあ、すごい一年生がきたなあ。大道寺が言ってたのってこれかあ」
担当のお兄さんまでもがうさぎを抱き上げながら此方を凝視していた。
居心地が悪い。『泪』はまだしも、『依流』は注目されるのに慣れてないんだからやめてくれ。
そんな俺の心情を読み取ったのか――なんたって、大道寺に不快を表す顔だけは上手いなんて言われたくらいだ――お兄さんはうさぎを下ろして鉄網戸で仕切られた先を指した。
「あっちにはライオンラビットっていって、ライオンみたいな毛のうさぎもいるからね。行こうか」
「ライオン!?」
子供たちの注目が即座に移っていく。いつの時代も、ライオンは男の子の憧れの的らしい。
少年に連れられ移動する子供たちを見送ってから、一人きりのうさぎ小屋でぼんやりと鼻が黒いうさぎを撫でた。
きれい。それは知っている。『依流』は、とても綺麗だ。――でも、これはきっと、“他人の目線”。
「お前の方が、よっぽどきれいだよ」
手によく懐くうさぎが、心做しか首を傾げたように見えた。
心暖まる触れ合いの一時を経て。
ふわふわの毛を存分に堪能した面々は、小屋を出て少年と向き合っていた。口々に、直に触れ数えてみたうさぎの数を答える。おおよそ誤差はあるものの、二十羽前後と判明したようだ。それに笑顔で頷いた少年は。
「ざんねん! ハッズレー」
それはそれは楽しそうに腕でバツを作った。
ええー! 祁答院たちの不満の声が響く。
「まだね、数えられてない子たちがいるから。たぶんしずかにしてたら出てくるからみてて」
小屋の外からそうっと中を覗く。穴や土管、木箱の中を行ったり来たりする毛玉の中に――
「あ……!」
小さな拳大程の綿毛が転がり出てきた。――仔うさぎだ。次々と穴の中から飛び出してくる。人間を警戒して、小屋からいなくなるのを待っていたのだろう。
子供たちの瞳が輝く。静かに、の言い付けを守って、興奮のままに叫び出さないだけ、賢い子たちだ。
結果、仔うさぎを含め、三十一羽いるのだと教えてもらえた。この数字を、次は緑の腕章をした児童を探し出して伝えねばならない。宝物ゲットまでの道のりが長い。
「ねえ、いずるくん」
名残惜しそうにうさぎを眺めている面々から外れて、凉がちょん、と肩をつついた。
「こやのなかでね、――こんなの、みつけたんだけど」
いやに含んだ笑いを見せる彼が取り出したのは――見覚えのある木箱。
「あ! たからばこ!」
パッと祁答院が反応する。同時に、飼育委員長の彼が「見つかっちゃったか~」と全く残念でなさそうに笑った。
うさぎの数の課題を引き当てねば見付けられない仕様か。アトラクションじみてきたな。
中には、四つ折りの紙と小さなピンバッジが入っていた。金色の装飾に、ルビーのような宝石――イミテーションだと信じたい――、中心には校章が刷られている。
「このバッジをもちぬしまでとどけよう……?」
持ち主も何も、バッジに名前なんて書かれている筈もない。なんだこの課題は、と怪訝にバッジを摘まんでいると。
「あ、それ児童会のだよ。当たり引いたね~。児童会にバッジを届ける課題を三つだけ作ったって大道寺が言ってたから」
……大道寺。お前か。
そういえばと思い出す。児童会の子供たちのブレザーには、襟部分に輝く装飾があった。それがこのバッジか。
「…………」
祁答院を見て、友永を見て、天宮を見て、そして凉を見て。最後に食えない笑顔の大道寺を思い浮かべる。
……無理だ。絶対におもちゃにされる。友永は喜ぶかもしれないがそれはそれで面倒臭そうだ。
唯一、面識もあり姉が児童会役員の凉は問題ないだろうが、祁答院と友永のストッパーである彼をメンバーから外すのは惜しい。――俺が行くしかないか。
「僕、これとどけてくるから、みんなはみどりのわんしょうのお兄さんをさがしてくれる?」
「え、いずるくんどこいくの!?」
「このバッジ、たぶん知り合いのだから」
「やだ! みんなでいこ!」
例の如く、祁答院が勁烈な反応を見せる。そんな彼を、諸々の事情を察したのだろう凉が、落ち着いた微笑みで宥めていた。
「ふたてにわかれる、てやつだよ」
「ふたて?」
「そう。チームはいっしょのままだから。ね、いずるくん」
にこりと細められた瞳が語っている。ここは任せろ、と。本当に出来た子だ。
「まちあわせはどうしよっか」
「げた箱でいいんじゃない」
「うん、わかりやすいね」
凉と俺とで方針を決めていく。意図的にだが、すっかり流されている三人は話題に入り込めず目を白黒とさせていた。
――さて、問題は、だ。
「……ねえ、ほしなくん。あの二人、僕がぬけても大丈夫?」
あの二人――祁答院と天宮だ。互いに知った仲のようだが、彼等の険悪な雰囲気が通常だとすると、間に友永が挟まれて可哀想だ。
――そう、お節介にも危惧していると。
「ああ、あれはいずるくんをとりあってるだけで、ふだんはなかいいよ?」
……そもそもが俺が原因でしたか。
なら問題ないな。あとは凉に任せよう。凉がいれば下手なことにはならないだろう。――俺の凉に対する信頼度は、ここ一ヶ月ですっかり突き抜けている。
「じゃあ、いってくるから」
「ええ! いずるくんっ!」
悲愴な顔をする天宮を凉へと預けて、バッジを片手に歩き出した。