愛してる
驚いて目を見開く魔女に、ペンタは毅然と振る舞った。
「一度僕の家に、ツルンブルの魔女が訪ねてきたことがあったんだ。
魔女は僕に、お前の望むものを連れてきてやるって言った。
僕は誰かを連れてくるより、お父さんが僕のことを見てくれるように願ったんだ。
でも、魔女は僕の本当のお父さんは別の世界にいるって……その時は魔女が怖くて信じられなかった。
魔女は僕に、自分の家へ尋ねてくるように言った。
そうしたら願いを叶えてやるって。
僕は怖かったけど行ってみたら、シラカワが現れたんだ」
「健太……じゃあ、お前は最初から全部分かってたのか?」
「ううん。でもシラカワが、僕の本当のお父さんだって言ったから、そうなのかなってちょっと思った。
シラカワって猫だし、口も悪いしさ。よく分かんなかったけどね。
だけど、そうなのかなって思うより、そうだといいなって思うようになったから」
ペンタはシラカワだけを見て、まっすぐな声で言った。
「僕、悩んだけど、シラカワと一緒に行くよ。
シラカワがお父さんになってくれるならね」
シラカワは声も出せずに、何度も繰り返し頷いた。
涙が目の縁までこみ上がってきていて、首を振るだけでもこぼれ落ちそうだ。
それでも、シラカワは頷き続けた。
ペンタはにっこりと笑い、魔女に向き直って決意を声に表した。
「僕はおばあさんとは一緒にいられない。
シラカワとサハイとアサミを今すぐ離してよ。
僕は絶対負けないから!」
「よく言った!」
そのとき、突然雷が部屋の中に轟き、体をすくませたシラカワ達の隣に、光線がほとばしった。
その光の中から一人の魔女が現れる。
その魔女はシラカワがこの世界で最初に顔を合わせた人だった。
魔女はシラカワを見て呆れたような声を出す。
「おやまぁ、アンタは縛られるのが好きだねぇ」
「な……なに言ってんだよ。最初はアンタが縛ったんだろ」
「ああでもしなきゃ、アンタはこの世界をさ迷って、野垂れ死にしてただけだっただろうよ。
私のおかげでペンタに会えたんだ。
感謝はされても恨まれる覚えはないな」
「あいつは健太だ。
はやく健太を助けてくれ!」
「おや、人を信じないアンタが随分変わったもんだね。
親友の設楽のことだって嫌ってたくせに、私を頼るとは」
「それは……って、設楽のこと知ってたのか!」
ツルンブルの魔女は溜め息をついて、シラカワからもう一人の魔女へ視線を移した。
アーバルノの魔女はペンタを人質にとり、顔をひきつらせている。
その様子を見て、ツルンブルの魔女はバカにしたように鼻を鳴らした。
「アンタもバカなことをしたもんだね。
大人しく国の相談役に収まってればいいものを、国を乗っ取ろうなんざ正気の沙汰じゃないよ。
しかも、その子の正体が分からないほどもうろくしちまうとは」
「正体だって?」
「ああ、そうさ。
その子はこの世界の創造主だよ。平たく言えば神様だ。
アンタも私も、ケンタがいなけりゃ存在もしてないってのにねぇ」
「そんなはずはない!本当にそうなら、この私が分からないはずがないじゃないか!」
「アンタ、そこの小僧を虜にするために、随分魔力を使ったんだろう。
魔力を失ったアンタの目は、醜く霞んじまったんだ。
まったく、枯れかけのばばあの恋は恐ろしいねぇ。
恋い焦がれて身を焼きつくしちゃ、元も子もないよ」
「黙れ!お前のような森に引きこもった魔女になにが出来る!
私はアーバルノの魔女だぞ。この国は私にひれ伏すべきだ。
お前も王も、私の偉大さのなにが分かる!」
「あらまぁ、すっかり悪役が板についたもんだね。
あんなのは私が相手するまでもない。
シラカワ、とどめをさしてやんな」
「はぁ!?」
突然話を振られたので、シラカワは寝起きにをバズーカを打たれたような顔をした。
魔女はにやけつつも真剣な口調で、シラカワに指示を出す。
「アンタには強い言霊があるだろう。アンタがケンタにかけたまじないだよ。
何度も繰り返しかけた、この世でもっとも強いまじないだ。
いくらアンタがバカでも分かるだろ?」
シラカワは混乱しながら、ペンタの体が輝いた時のことを思い出した。
あのときは健太と叫んだが、それでいいのだろうか。
しかし、それを見透かしたように、魔女は違うと首を横に振る。
「それよりも、もっと強い言葉をアンタは持っている。
ケンタへ、自分の思いを正直に伝えな」
シラカワは親として、小説家として色々な難しくて仰々しい格言を思い浮かべた。
だが、それらは今まで自分の小説で使ってきた、陳腐で安っぽい言葉のように思えた。
どんなに立派な言葉を並べ立てても、偉人の言葉を借りても、この気持ちを表すことはできない。
そう悟ったシラカワは、自分の口にするべき言葉が決まった。
「健太……一緒に家へ帰ろう。お前のことを愛してる」
ケンタは、呼吸をとめた。




