アーバルノの魔女
シラカワは真っ暗な夢を見ていた。
話すことも体を動かすことも出来ずに、寂しい孤独な世界に一人で横たわっていた。
もうなにも希望なんてないような、静かで乾燥して色のない世界だ。
しかし、シラカワはぼんやりとした光を見る。
その輝きは声に変わり、シラカワに注がれた。
「シラカワ!」
シラカワはうつろに目を開く。
するとそこはどこかの裁判所のようで、滑らかな曲線を誇る、大理石の椅子が並んでいた。
正面と左右には椅子と長い机が並べられ、どれも光沢を放ち、高級な空気を醸し出している。
全て石で出来た硬直した空間に、ペンタはこちらを向いて立っていた。
「健太!」
シラカワはすぐにでもペンタを抱き締めたかったが、体を椅子に縛りつけられていて、それは出来なかった。
シラカワの隣にはサハイが、さらに隣にはサハイの妹が、同じように縛られていた。
ペンタはそんな三人を見て、悲しそうな表情を浮かべている。
ペンタは正面の壇上にいて、隣にきらびやかなドレスを着た女性が立っていた。
「あの女は誰なんだ」
「この国の姫です……」
答えるサハイの目は生気を失っていた。
夢の中と同じように、この部屋には希望は残されていない。
なにも手出しが出来ないまま、シラカワ達は死を待つしかなかった。
だが、まだあどけなさを残した笑みを浮かべて、姫はペンタに語りかける。
「どうだろう、ペンタ。
お前が別の世界に行くことを望まず、私のもとへ留まるなら、あの三人は解放してやろう」
ペンタは戸惑いながら姫を見た。
壇上のペンタだけは縛られておらず、隣の姫に髪を撫でられている。
その手つきはいかにも優しげで、一層ペンタを惑わせた。
見ていられずに、サハイが叫び声をあげる。
「その子は関係ない。あなたが望むのは私だろう。
その子と賢者と妹は解放してくれ。
私はもうあなたのところから逃げ出したりはしない」
「もう手遅れなのよ。あなたは私を裏切って、よりにもよってその女の所へ逃げたわ。
私、あなたには興味がなくなっちゃったの」
姫はくすりと笑って、またペンタの頭を撫でた。
そんな様子を見ていたサハイの妹が、悔しそうにぽそりと呟く。
「もしアーバルノの魔女がいれば……!」
しかし、その言葉はさらに全員を絶望させた。
にやりと笑った姫は突如紫色の煙に包まれて、その姿を老婆へ変えた。
それが意味することを全員が分かっていたのに、老婆はあえて四人に告げる。
「私がアーバルノの魔女だよ。残念だったな」
あっけにとられているシラカワの横で、サハイは悲鳴のように魔女へ尋ねた。
「なら、本当の姫はどうされたんですか」
「あいつなら何年も前に丸焼きにして食っちまったよ。
哀れな王は今だに私を娘だと思っている。
このまま国を支配できるようになるまで待とうかと思ったが、あのじじいもいつまで経ってもくたばらないからね。
実力行使することにしたんだ」
魔女は背筋が曲がったまま、ペンタに骨ばった指を伸ばした。
その顔は全体にシワが寄って、瞳の奥に狂気が潜んでいるのが分かる。
頭上のとがった帽子の先に、なんの骨か分からないものを結んで吊るしていた。
ペンタは明らかに怯えて魔女から逃げ出そうとしたが、魔女は素早くペンタを押さえ込み、その体にまとわりつくように腕を伸ばした。
見ているだけで吐き気がするようで、シラカワは魔女に罵声を浴びせる。
「アンタ一体なんのつもりなんだ!
汚い手で健太を触るんじゃない!」
「私は自分の後継者を探していてねぇ。
魔女にも一応寿命があるから、私の計画を受け継ぐ者が必要なんだよ。
最初はサハイがその器かと思ったが、もっと適任な子供がいたんだ。
ペンタは強い魔力を持っている。私にはそれが分かるんだよ」
ペンタは魔女にしがみつかれたまま、シラカワに助けを求めて無言で訴えている。
だが、シラカワはそれには答えられない。
なぜなら彼は、
「あの男は賢者なんかじゃないんだよ、ペンタ。
猫の姿もツルンブルの魔女に変身させられただけだ。
あいつにはなんの力もないんだ」
ついに、シラカワ自身が白状する前に、彼の秘密は明かされてしまった。
サハイとその妹は、悲しむような複雑な表情でシラカワの方を見る。
しかし、ペンタだけは違っていた。
ペンタは魔女のごつごつした手に噛みつき、痛みに悶える腕から逃げ出した。
恨めしそうに睨む魔女に、ペンタははっきりと言い放つ。
「僕、分かってたよ。シラカワが賢者じゃないってこと」




