五分五分の賭け
その瞬間、ケンタは再び光り始め、前よりももっと神々しく、強い輝きで裁判所を満たした。
光は幾重に輪を作り、光の雪を降らせ、大きな球体を作った。
とろけたはちみつのような、柔らかくて優しい、温かい光だった。
そして輝くツタがシラカワ達の縄を切り断ち、アーバルノの魔女を絡めとって、空中へと浮かび上がらせる。
すると、魔女自身も輝き始め、どんどん体の大きさが小さくなっていった。
だが、魔女は最後まで卑劣だった。
体が消えてしまう直前に呪いの言葉を早口で読み上げ、指をケンタへ向けた。
その指先から紫色の煙が勢いよく放たれ、ケンタの胸を貫いた。
「健太!」
ケンタが倒れる頃には、すでに魔女は消えていたが、光の波も消え去っていた。
かすかに息をするケンタに駆け寄って、シラカワはケンタにすがり付くように泣いた。
何度呼び掛けられても、ケンタはぐったりとして、シラカワに返事も返せない。
まだケンタは生きているのに、妻と同じように、命がシラカワの腕から失われようとしていた。
シラカワはさっきよりも必死に魔女へ助けを求めた。
しかし、魔女は静かに首を横に振る。
「私にもどうすることも出来ないよ。
間もなくこの世界は消えてなくなるだろう。
ケンタの命が尽きるのと同時に」
「嘘だろ……健太……どうして……。死ぬな!お願いだから死なないでくれ……!」
シラカワがいくら泣いても、魔女は手助けのしようがなかった。
サハイの妹も、シラカワの泣き声を聞いていることしか出来ない。
だが、サハイだけはシラカワのもとへ歩みより、小さな缶を取り出した。
「もしかしたら、ケンタ君は助かるかもしれません」
「本当か!?」
「でも、成功するかは五分五分です。
この薬は私の家に代々伝わるものですが、もしかすると……ケンタ君の呪いを解けるかもしれません」
「貸してくれ!どう使えばいい!?」
「この中の粉を、口に含ませれば効果が現れるはずです」
シラカワはサハイから缶を受け取って、その缶に描かれたロゴを見た。
それは有名なペットボトルのお茶の銘柄で、手のひらサイズの小さな緑色の缶は、茶筒によく似ていた。
蓋を開いてみると、中に星の欠片のように輝く、透き通った光の粒が入っていた。
シラカワは缶をケンタの口へ近づけて、少しずつ流し込む。
缶の半分くらいの粒がケンタに注がれた時、シラカワはケンタの体が光に包まれるのを見た。
リボンのように巻き付いた光は、ケンタを包み込む。
シラカワは、ただただケンタが助かるように祈り続けた。
だが、その光が全て収まった時、そこにケンタの姿はなかった。
「そんな……健太……」
猫は放心状態で膝を折った。
ケンタが居たところにはなにも残っておらず、かすかに舞っていた光の粒も、落ち着きを取り戻してどこかへ消えた。
壇上にはケンタの髪の毛一本すら残っていなかった。
「まさか、失敗だとはね。
ここまでしてやったのに、なんて結末なんだい」
魔女は悲しみを込めて、シラカワの後ろ姿を見つめる。
だが、サハイが話し出したので、そちらの方へ視線を傾けた。
「この状況はおかしくないでしょうか?
本当にケンタ君が死んでしまったのなら、私たちもその瞬間に消え去るはずです。
なのに、この世界がまだ残っているということは、もしかしてケンタ君は」
言いながら振り返ったサハイの目に飛び込んだのは、薬の缶を口につけて傾けたシラカワの姿だった。
魔女も同じ瞬間に気がついてシラカワを止めたが、その手は間に合わなかった。
シラカワはケンタと同じように光に包まれる。
「シラカワさん、なんてことを!」
「健太がいない世界なんて生きていく理由がありません。
俺は健太と話すことだけを楽しみに生きてきたのに。
健太を俺の世界へ連れていくって……飛行機に乗せてやるって、約束したのに……」
その言葉を最後に、シラカワの姿は光の粒になって消えた。
その光もしばらく経つと、全てが幻だったかのように、跡形もなく消えた。




