お父さん
ペレナの村とアーバルノの間は、森が続いていて、作家達が歩いている道に沿って、もうひとつ森に囲まれた街があるらしかった。
そんな話をペンタやすれ違う旅人に聞きながら、シラカワは少しずつ歩を進めていた。
心なしか出発した時よりもスピードは遅くなり、ペンタもそのことに文句は言わない。
もしアーバルノにたどり着いてしまったら、二人はもう一緒にいる理由がなくなってしまうのだ。
それがなんとなく悲しくて、ペンタとシラカワはそれを打ち消すように明るく話した。
「そういえば、シラカワって変な名前だよね。
そんな名前、僕ずっと昔に聞いたこっきりだよ」
「へぇ、一度でも聞いたことがあるのか」
「うん。真っ暗な夢の中で聞いたなぁ」
「真っ暗?」
「暗くて、体も動かせなくて、声も出せないの。ただ男の人の声が聞こえてくるだけだった」
「それは陰気なことで」
シラカワは、ペンタの辛い体験がそんな夢を見させたのだろうと思った。
ペンタの表情はさほど辛そうではなく、当たり前だと思っているようだが、恐らく実際は違う。
ものの本によると、夢というのは深層心理が表面化しているらしい。
きっと心の奥では、暗闇にいるような気分なのだろう。
だから、そんな話をさせたくなくてペンタの話を遮り、道ばたの花について話を変えた。
土を固めて舗装された道の脇には、桃色の花をつけた木がまばらにあった。
香りは桃の花に似ていて、小振りでやわらかい花びらもそっくりだった。
「あれはなんていう花なんだ?」
「モモノハナだよ」
「なんだって、本当に?」
「うん、モモノハナバナ」
「なんだ、がっかりだ」
「どうして?」
「俺がいた世界に似たような花があってな。それは桃っていう木の花なんだ」
「えっ!シラカワは別の世界から来たの?」
「あれ、話してなかったか?」
「うん」
シラカワは期待に輝く瞳に答えるように、自分の世界のことを話し始めた。
あまりペンタの想像は追い付いていなかったが、それでもシラカワは熱心に話し続ける。
車や電車についてうまく話せたとは思わないものの、空を飛ぶ乗り物があると話すと、ペンタは浮き浮きしながら言った。
「僕、それに乗ってみたい!ねぇ、シラカワお願い!」
「そりゃ、元の世界に戻れたらな。ペンタも一緒に乗せてやる」
「やったぁ!」
ペンタははしゃぎ回って、踊るようにスキップをした。
自分が子供嫌いだったことも忘れて、シラカワはきらめく星のように笑うペンタを見つめている。
しかし、しばらく経つと元気がしぼんでいき、出会った時のような暗い雰囲気を漂わせた。
「どうした?」
「えっとね、僕もヒコウキに乗るとしたら、僕はシラカワと一緒に別の世界に行くんでしょ?」
「嫌か?」
「分からないけど……お父さんがいなくなるのはやだな」
「それなら俺がお父さんになるのはどうだ?」
シラカワは自分の口から滑りでた言葉に驚いた。
なぜ、そんなことを口走ったのか分からなかったが、時間が経つにつれて自分でも納得した。
ペンタの容姿が今より可愛くなって、家に帰ったとしても、父親の興味がペンタに向かうとは限らない。
もし父親が喜んだとしても、そんなのは歪んだ感情だ。
そんな家にペンタを帰らせたくはなかった。
なのに、ペンタは首を横に振った。
「どうして嫌なんだ?俺の世界にはヒコウキもポテチもあるぞ。
それに、お前の父親なんてろくなもんじゃないじゃないか」
「そうだけどね」
困ったように笑って、ペンタは大人びた声で答えた。
「シラカワにも家族がいるでしょ?
シラカワの家族と仲良く出来るかわかんないもん」
「俺の家族は……」
答えようとした口をつぐみ、作家は目を憂鬱そうに開いた。
ペンタは落ち着かない様子で、作家のことをきょろきょろ見ている。
そのまま少しだけ歩き、二人は沈黙の内に今日の寝床を決めた。
空は既に青白い光だけが取り残されて、闇の粒が森に漂い始めていた。




