村人達の小説
「大丈夫か?」
「ええ、なんとか……」
まだ青い顔をしたまま、タセリはふらふらと立ち上がった。
ペンタも心配そうにタセリを見ている。
「痛くない?」
「ええ、大丈夫です。……酷い目にあいました」
「あんな大声で奥さんの悪口言うからだ。聞こえてたに決まってるだろ」
「分かってはいましたが、誰かに聞いてほしかったんです。
巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「別にいいよ。この隙に逃げるぞ」
「えっ?みんなのお話を見てあげるんじゃないの?」
「あんなのでたらめ言っただけだ。逃げる時間を稼ぐためにな」
「なんだー、かっこいいと思ったのに。本当だったら良かったのにな」
ペンタが呟いたその時、近くの家の扉が開いて、中から男が飛び出してきた。
「賢者様!書けましたよ!」
「なんだと?」
猫は眉間にシワを寄せて、男を睨んだ。
男はそんなことは気にも止めずに、興奮ぎみでこちらを見ている。
すると今度は別の家の扉が開き、男と同じように村人達が出てきた。
さらに遠くの家からも人が集まり、逃げる間もなく村の中央で囲まれてしまった。
「なんなんだお前ら。どうかしてんのか?」
「いえ、賢者様。お話が書けたんですよ!」
村人達はみんな肌つやを取り戻して、健康そうな顔で言った。
「賢者様の言うとおり、ペンを握って書いていくと、どんどん胸のわだかまりが消えていったんです。
今までこだわっていたことはなんだったのか、分からなくなるほどですよ」
「それにこんな傑作が書けたんです!早く僕のを見てください!」
「いいえ、私のを先に!」
血色のいい顔で迫る村人と、隣のタセリの青白い顔が対照的で、余計に気味が悪かった。
しかし、作家はあまりの迫力に逃げることも出来ずに、結局約束通り、村人達全部の話を読まなくてはいけなくなった。
村人達は初めての読者の評価を前にして、自信と期待と同じくらいの不安が入り混ざった表情をしている。
手はかすかに震えていたが、作品を作り上げたとき特有の興奮を、身体中で感じているようだ。
作家は数ある中でも、特にサルマの小説に目をつけた。
ストーリーは短いものの、サルマとタセリと子供達の話がスッキリまとめられている。
そこには、村の慣習に染まり、タセリを部外者扱いしてきたことへの後悔が綴られていた。
終盤まで読むと、タセリとサルマが仲直りをして、タセリが村の中でも不自由なく生きていけるようになっていた。
やがて、読み終えた作家は難癖をつけるようにダメ出しをする。
「お前らな、辛いのは二回目以降だからな。
最初なんてネタがありあまってんだから、うまく書けて当然なんだよ」
「ということは、今回は?」
「まぁ……みんなそこそこいいんじゃないの」
村人達から、大きな歓声が上がった。
肩を叩いて手を打ちならし、声に熱気を込めてお互いを褒め称えあっている。
村の子供も子供なりに面白いものが書けていて、自分達の小説を交換しあって、楽しそうに笑っていた。
作家はムカムカしながらその様子を眺めていた。
「よくもまぁ、簡単に書けるようになりやがって。ここはどういう村なんだ」
「賢者様の魔法のおかげですよ。この世にこんなに楽しいことがあるとは知りませんでした。
ありがとうございます!」
本当は魔法をかけた覚えなんてさらさらないのだが、仕方なく作家は首を縦に振った。
そして、一通り騒ぎ終わると村人達はすっきりした顔になり、再び作家に礼を言った。
「本当にありがとうございます。私たちはこの趣味を慰めに生きていくことにします。
こんな素晴らしい方法を授けて下さったこと、心より感謝いたします」
「まぁ、良かったんじゃないの。当然その仲間にタセリも入れてくれんだよな?」
作家がかなりふてくされながら言うと、村長はにこにこと頷いた。
「ええ、もちろんです。
それに私たちは彼に詫びなければなりませんね。
タセリ、本当にすまなかった」
他の村人達も静かになって、タセリの反応を待った。
するとタセリは頬をかきながら答えた。
「私は妻と子と安らかに暮らせればそれで充分ですので。
私を家に返してくれますか?」
「もちろん。サルマも受け入れるな?」
「ええ」
サルマは目に涙を溜めて、タセリに抱きついた。
「私がどうかしてたわ。ごめんなさい。ずっとあなたを苦しめてしまって……」
「いいんだよ。僕を許しくれるならそれだけでいい」
タセリはしっかりと妻の体を抱き締めた。
大恋愛の末の結婚だと、昨日タセリから話を聞いていたので、見ているだけで恥ずかしくなる。
二人が仲直りするのを見て、村長は声を大きくして言った。
「他の婿や移民達よ、今までの扱いを許してくれ。
これからは一体となってこの村を盛り上げていこうじゃないか!」
「おー!」
村人達から再び歓声が沸き起こり、このまま祭りでも始まりそうな勢いだ。
実際、祭りの支度に村人達が走りだし、その中に加わろうとするタセリを引き留めて、作家は聞いた。
「なぁ、本当に奥さんや村のやつらを許してやるのか?」
タセリはちょっと悩んで、決意を瞳に宿して作家を見た。
「私はやっぱり家族を愛していますから。この村の人も信じてみようと思います。
もし、これがまた裏切りなら……その時は娘を連れて故郷へ帰りますよ」
「ならいいけど。まぁ、達者でな」
「祭りには参加されないんですか?」
「俺は祭りが嫌いなんだ。どんちゃんうるさくて屋台のメシは高いし、射的は倒れないし」
「はあ」
タセリは訳が分かっていないようだったが、分からせるつもりもないので、ペンタとともにそっと村を離れることにした。
そんな二人に、タセリは思い出したように声をかける。
「お待ち下さい。賢者様、これをぜひお持ちください」
「なんだこれ」
「賢者様のために私が縫い合わせました。賢者様は着物をお召しになっておられないようなので……」
口ごもりながらタセリは、皮の腰巻きと皮のベストをくれた。
作家は急に恥ずかしくなって、さっと受け取って身に付けた。
ベストと腰巻きは、寸法を密かに計ったのか、ちょうどいい締め付けだった。
そして、もうひとつ。作家は小さな帽子を受け取って頭に被る。
その様子をほっとした顔で、タセリは見つめた。
「お気に召して頂けたようで、私も安心しました」
「まぁ、色々とありがとうな」
「こちらこそ、ありがとうございました。賢者様もペンタ様も、お気をつけて」
二人は祭りの賑やかな気配を背に、村をあとにした。
ずっとこちらを見送っているタセリに、ペンタはずっと手を振って、作家も少しだけ手を振った。
「ねぇねぇ、シラカワはやっぱりすごい賢者様なんだね!」
村が見えなくなった頃、ペンタはにこにこしながら作家に話しかけた。
「あの村を救ってあげたのはシラカワの魔法なんでしょ?すっごいなぁ」
「まぁな……」
作家は複雑な気持ちでペンタに答えた。
何度思い返しても、魔法なんて使った覚えもないし、使えるはずもない。
しかし、ペンタは自分まで誇らしげにしていて、時おりクスクスと笑った。
「どうした?」
「あのね、その格好、絵本の猫みたい」
はっと気がついて、シラカワは自分が書いた絵本の表紙を思い出した。
主人公は野良猫のクセに帽子を被り、ベストと腰巻きをつけていた。
子供向けだから、服を着ててもいいだろうなんて、その程度の理由で描いた下手くそな絵だ。
だからシラカワは、自分の外見がそっくりになっているのにすぐには気がつかず、ペンタに言われて初めて気がついた。
「なんだか変な気分だな」
確か最初に会った魔女は、お前が望む姿に変身させたと言っていた。
ということは、自分はあの絵本の主人公のようになりたかったのだろうか。
自分で書いたお話の主人公になりたいだなんて、複雑な気持ちにさせられる。
しかも、ペンタはさらに作家をどんよりさせた。
「ねぇ……あのさ。もしかして、シラカワも辛いから小説書いてたの?」
「は?」
「言ってたでしょ?ちょっと難しくて分かんなかったけど、書くしか方法がないって」
作家が答えないので、少年は続けた。
「僕は、やっぱり辛いから書いてたんだ」
猫の尻尾が弧を描いて、ぽんとペンタの膝を叩いた。
ペンタは嬉しそうに猫の尻尾を握って、シラカワと共にアーバルノへと歩き出した。




