小説家として
作家は短い夢を見ていた。
それは現実に起こっていたことで、妻がまだ生きている頃の記憶だった。
夏の日差しが差す公園の日陰を歩きながら、妻と作家は話している。
木漏れ日が光の織物のように地面を照らし、蝉の声が響いていた。
作家はハンカチで汗をぬぐい、妻の方を見る。
「本当に俺で良かったのか?」
「なにが?」
「だってお前は、あいつのことが好きなんだろ?」
「また、おかしなこと言って。私をお兄ちゃんに嫁がせたいの?」
「お前がそうしたいなら、そうすればいいじゃないか」
「自分で言ってすねないでよ。私はあなたの事が好きよ」
「そうだといいけどな」
幼い頃から身に付いた、皮肉な笑みを浮かべて作家は歩いた。
その横を妻はぴったりくっついて歩いている。
妻が着ている花柄のワンピースは作家が選んだものだ。
二人からは姿の見えない猫が、懐かしさに胸を潰されながら妻の名を呼んでいる。
その声も二人には届くことはなく、猫は体を揺さぶられて起こされてしまった。
「ねぇ、シラカワ!シラカワってば!」
「うーん、ペンタか」
「早く起きて!大変なんだよ!」
「なにが」
「タセリさんがみんなにいじめられてるんだってば!」
その名を聞いて、作家は飛び上がった。
タセリというのはサルマの夫の名で、作家は鳥肌が立つ思いだった。
実際は猫の毛が逆立ってもさもさになっているのだが、そんなことはどうでもいい。
作家は急いで寝室を抜け出して、家の外へ駆け出した。
すると村の中央に人だかりが出来ていた。
「行くぞ、ペンタ!」
「うん!」
後を追っかけて来ていた彼と共に、作家は人だかりの方へ近づいた。
人混みをすり抜けて中央まで向かうと、そこには縛られて青ざめているタセリがいた。
そばには村長が立ち、鋭い視線を向けている。
「おい!タセリをどうするつもりだ!」
村長は賢者の姿を見て一瞬怯んだが、すぐに威厳を取り戻して、二人に告げた。
「この者は村の外の者に村の恥をさらしました。
それだけでは飽きたらず、自分の女房をも侮辱したのです」
「なに言ってんだ、おかしいのはアンタらじゃないか!
タセリをいつまでもよそ者扱いして、変な動物にこだわって。
トトだっけか?そいつはもともと食用なんだろ?」
「トトは私たちの家族よ!私たちの村の大切な一部だった!
村の宝を失ったのに、どうして平気な顔が出来るのよ!」
「じゃあ、村の宝をなんでアンタらためらいもせず食ったんだ。
目ぇギラギラさせて、欲ばっかり先走らせて食ったんだろ」
「もうやめて!」
サルマや村の女達はメソメソ泣きはじめる。
村長は村人の代わりに猫を睨み付けた。
「ならば、あなたがペンタ様を食べてしまったとしても、あなたは明るく振る舞えますか。
なにもないような顔をして、生きていくことが出来ますか」
「どうしても必要なことなら割り切るしかないだろ。
辛いことがあっても、どこかで折り合いをつけるしかないんだ」
ペンタが驚いた顔でこちらを見るので、作家は食わないよと小声で言った。
「折り合いなど、どうつけろと言うんです。
私たちは罪悪感も感じずに、ただ食欲だけにとらわれて、トトを焼いて食べたんですよ。
頭の中には腹を満たすことしかなかった。
そんな私たちを神が救ってくれるとは思えません」
「神様なんてのはいらないんだよ。
必要なのは紙とペンだけだ」
「そんなもので一体なにを」
「架空のストーリーを書け。自分のしたいことを全てお話として紙に書くんだ。
文章が下手でもなんでもいい。
書いたら俺に見せろ」
「なんでそんなことをさせるんです?」
「それしか手段がないからだ。
昨日の内に、俺は村中のペンに魔法をかけて、書けば心が軽くなるようにしておいた。
そのペンを使って、ちゃんとオチがつくように短い話を書くんだ」
訳が分からないといった様子で、村人達は立ち尽くしている。
しかし、作家は作家の重みを込めて村人達に告げた。
「思いを文章にすることで、自分の中で欲望を整理できる。
オチをつけたお話にすることで、客観的に見れるし、自分の思いを話の中で実現出来るんだ。
そうすれば、いつか過去と折り合いをつけられる日が来るかもしれない。
騙されたと思ってやってみろ」
作家の声は深い説得力を帯びて、村人達の間に低く響きわたった。
戸惑いながらも村人達は、賢者の言葉に従ってみることにしたようだ。
散り散りになって村人が消えていくのを見送って、作家はタセリの縄を解いた。




