第三十一話 幹部会
出発の朝、ミルカが門まで見送りに来た。
「留守を頼む」
「はい」
「帳面は」
「燃やしません」
「そうじゃない。持っていくから、そう言うな」
「あ」
ミルカは角を下げて、それから、ぐっと拳を握った。
「ユウマ様」
「なんだ」
「帰ってきてください」
二度目だった。
前に同じことを言われたのは、ヴェルド村へ発つ朝だ。
あの時、俺には加護があった。
「ああ。帰る」
◇
馬車には、四人が乗った。
リーニャ。俺。宮本。そして縄を打たれた健太。
「なんで俺まで」
「捕虜は証拠でございます」
「物扱いか」
「勇者一名、捕獲。現物確認が必要です」
「物じゃねえか!」
◇
ガイゼルは、別の馬車で先行していた。
彼が統合案の提出者だ。俺たちは、その資料を運ぶ側になる。
道中、リーニャはほとんど喋らなかった。
窓の外を見て、時々、外套の内側に手を入れていた。
そこに何が入っているか、俺は知っている。
木彫りの人形と、三つに折った手紙だ。
◇
魔王城は、山だった。
そういう感想しか出てこなかった。
黒い岩山をそのまま削り出したような城が、紫の空を塞いでいる。城門の高さだけで、屋敷の三倍はあった。
門をくぐると、空気が変わった。
重かった。息を吸うと、肺の底に何かが沈む感じがした。
「……宮本さん」
「はい」
「膝が笑っておりますが」
「笑っていません」
「音がしております」
「歯です」
◇
幹部会は、円卓で行われた。
石の円卓。椅子が五つ。
第一幹部は、痩せた老魔族だった。ザルヴィアという名で、議長を務めるらしい。声が低く、目がほとんど動かない。
第二幹部は、女だった。顔の半分を仮面で覆っている。一言も喋らなかった。
第四幹部は、若い男だった。退屈そうに指で卓を叩いていた。
そして第五幹部ガイゼル。
第三幹部リーニャ・ブラックマン。
俺と宮本は、壁際に控えた。執事に発言権はない。
◇
「――では、議題」
ザルヴィアが、羊皮紙を開いた。
「第五幹部より提出。第三幹部職掌統合案」
円卓が、ざわついた。
「統合?」
第四幹部が、指を止めた。
「幹部席を潰すってことか? 三百年変えてないぞ」
「聞け」
ガイゼルが立ち上がった。
そして、俺の作った羊皮紙の束を、円卓の上に放った。
「十二年ぶんの収支だ」
◇
数字は、うまく効いた。
執事の採用費。三十三人分。
葬送費用。三十個分。
幹部交代に伴う業務停滞。三度で、通算四十七日。
そして西部戦線の補給遅延による損失。
「――赤字だ」
ガイゼルは言った。
「幹部席が、赤字を出してる。三百年の伝統だろうがなんだろうが、銭が合わねえもんは合わねえ」
第四幹部が、羊皮紙を覗き込んだ。
「……マジかよ。屋敷の維持費だけでこれか」
「執事の墓石代まで載ってるぞ」
「誰が集めたんだ、こんな数字」
ガイゼルは、俺を指さした。
「そこの執事だ」
◇
円卓の視線が、一斉にこちらへ向いた。
俺は、頭を下げた。
「恐れ入ります」
「執事が幹部会の資料を作るのか」
第四幹部が笑った。
「面白い屋敷だな」
「執事の数だけは、豊富ですので」
一瞬、円卓が静まった。
そして、第四幹部が吹き出した。
「ははっ、こいつ言うな」
◇
議論は、四半刻ほどで傾いた。
赤字。停滞。人員の消耗。
数字は、感情を挟ませない。
「統合、賛成でいいんじゃないか」
第四幹部が言った。
「西部の補給なんて、ガイゼルがやりゃいい」
「俺の仕事が倍になるんだがな」
「文句あるのか、提出者」
「ねえよ」
第二幹部が、静かに頷いた。
賛成が三。
(――通る)
俺は、壁際で拳を握った。
(通れば、席がなくなる)
(次の子どもが、座らなくて済む)
◇
その時。
「――待たれよ」
第一幹部ザルヴィアが、初めて口を開いた。
動かない目が、リーニャを見ていた。
「第三幹部。先の報告書を読んだ」
「……はい」
「勇者を捕らえたそうだな」
◇
背筋が、冷たくなった。
(――まずい)
「はい」
「三百年で、初めてだ」
ザルヴィアは、乾いた声で言った。
「歴代の幹部が、勇者を討ち損ね続けてきた。討たれた者も多い。だが生きたまま捕らえた者は、一人もいない」
円卓の空気が、変わった。
第四幹部が、指の動きを止めた。
「……そういや、そうだな」
「加えて、村落一つを焼き、四百名を無傷で捕縛。損耗ゼロ」
「……」
「この席は、赤字なのではない」
ザルヴィアの目が、細くなった。
「赤字だったのは、これまでの座り手だ」
◇
俺は、自分の書いた報告書を思い出していた。
事実だけを、順番を選んで並べた。嘘は一行も書かなかった。
彼女を守るために書いた。
そして今、その報告書が。
(――あいつを、椅子に縛りつけてる)
◇
「第三幹部リーニャ・ブラックマン」
ザルヴィアが、羊皮紙を置いた。
「そなたは三年前、十二の齢でその席に就いた。当時、わしは反対した。覚えているか」
「……覚えています」
「間違っておった」
円卓が、しん、とした。
「そなたは有能だ。席を潰すのではなく、そなたに次の戦線を与えるべきだ」
「……」
「よって、統合案を採決したのち、わしから一件提出する」
ザルヴィアは、二枚目の羊皮紙を卓に置いた。
「北部戦線。人間国の王都まで、あと三つの砦」
老魔族は、静かに言った。
「三月後、第三幹部が先鋒を務める。その是非を、続けて諮る」
◇
俺は、壁際で動けなかった。
(――逆だ)
(全部、逆になった)
席を潰すために作った数字が、有能さの証明に使われた。
勇者を捕らえた戦果が、次の戦場への切符になった。
(俺が、書いたんだ)
(俺が、あいつをそこに送るんだ)
宮本が、俺の袖を掴んだ。
「ユウマさん」
「……」
「顔が」
◇
「――採決する」
ザルヴィアが、羊皮紙を持ち上げた。
「議題は、第五幹部提出の統合案。第三幹部職掌を第五幹部へ統合し、席を廃するか否か」
円卓が、静まった。
「賛成の者」
ガイゼルが、手を挙げた。
それだけだった。
第四幹部は、腕を組んだまま動かなかった。
「……悪いな、ガイゼル。俺、有能な奴の席を潰すのは反対だ」
第二幹部の仮面が、わずかに横に動いた。
そしてザルヴィアが、自分の手を挙げなかったことで、意思を示した。
「賛成一、反対三。統合案は否決」
ガイゼルが、拳を円卓に叩きつけた。
「――待てや。数字はどうすんだ」
「数字は、これから黒字になろう」
ザルヴィアは動じなかった。
「北部を落とせば、三十三人ぶんの墓石代など、釣りが来る」
◇
その言葉を聞いた瞬間。
椅子が、鳴った。
リーニャが、立ち上がっていた。
円卓の全員が、彼女を見た。
小さな体だった。石の円卓に、肩までしか届かない体だった。
「――発言を、お許しいただけますか」
◇
ザルヴィアの目が、動いた。
「許す」
リーニャは、深く息を吸った。
そして、はっきりと言った。
「三十三人ぶんの墓石代、と今おっしゃいましたね」
「言ったが」
「一人ぶん、いくらだと思っておられますか」
デス:23(加護、返却済み)
(第三十二話につづく)




