第二話 朝に戻る
目が覚めた。
天井があった。石造りの、黒くて高い天井だ。窓からは薄暗い紫色の光。
「……あ?」
首を触る。ある。ちゃんとつながっている。
ベッドの脇には、丁寧にプレスされた黒い燕尾服。
扉がノックされた。
「し、失礼します……新しい執事様、起きていらっしゃいますか……?」
ミルカだった。手には『リーニャ様 怒らせないための注意事項 第九十七版』。
「戻ってる……マジで戻ってる……!」
女神の言葉が蘇る。『死んだら、その日の朝に戻る』加護。
なるほど。たしかに加護だ。加護ではあるんだけど。
「これ、使う前提で渡されてるってことだよな……?」
つまり女神は最初から、俺が死ぬとわかっていた。三十三個の墓を知っていて、その上で三十四人目として俺を送り込んだ。
「あの女神、いい性格してる……!」
「あの、執事様? どうかされました?」
「なんでもない。ミルカ、教えてくれ。ホコリって、どうやったらゼロにできる?」
ミルカは静かに首を振った。
「ホコリはゼロにできません。空気があるかぎり」
「哲学だな」
「でも……減らすことはできます」
ミルカは少しだけ目を伏せて、それから小さな声で付け足した。
「三十三人目の方も、それは頑張っていらっしゃいました」
「その人、何日もったの」
「半日です」
「半日!?」
◇
二周目の俺は完璧だった。
夜明け前に起きて大広間を三回拭き、窓の隙間を布で塞ぎ、換気の風向きを計算し、最後は自分の呼吸すら止めて仕上げをした。
袖口で額の汗を拭いながら、俺は思った。前世でこれくらい本気を出していたら、成績は真ん中じゃなかったかもしれない。
そして時間になった。
「新しい執事?」
「はい。本日より仕えさせていただきます、ユウマと申します」
「ふうん。前のよりは、顔がマシね」
一言一句、同じだ。ループは正確らしい。
「掃除は?」
「済ませました。完璧に」
「そう」
風が吹いた。
光の筋の中に、粒はひとつも舞わなかった。
リーニャの肩に、ホコリは落ちなかった。
――勝った。
俺は心の中でガッツポーズをした。人生で初めて、努力が報われた瞬間だった。異世界だけど。
「紅茶」
「ただいま」
――ここだ。注意事項、第一項。朝の紅茶は六十八度。
俺は厨房で温度計と睨み合い、一度きっかりに調整した紅茶を運んだ。完璧な六十八度。手が震えていたが、こぼさなかった。
リーニャがカップを持ち上げ、一口飲む。
長い沈黙。
俺は息を止めた。
「……ぬるい」
「六十八度ですが!?」
「わたしの今日の気分は七十一度なの」
「そんな気分ある!?」
くるり。
手首が回った。
黒い刃が、視界の上から降ってくる。
「ちょっ、待っ――」
――デス:2
(第三話につづく)




