第一話 執事、初日で死ぬ
目が覚めた。
天井があった。石造りの、黒くて高い天井だ。窓からは薄暗い紫色の光が差し込んでいる。空の色が紫。この時点でもう地球じゃない。
「……マジで転生してる」
体を起こす。着ているのは黒いシャツと黒いズボン。ベッドの脇には、丁寧にプレスされた黒い燕尾服が掛かっていた。
胸ポケットに紙が刺さっている。
『任務:魔王軍第三幹部 リーニャ・ブラックマンを攻略せよ。役職:専属執事。健闘を祈る。 ルミナリア』
「執事!?」
叫んだと同時に、扉がノックされた。
「し、失礼します……新しい執事様、起きていらっしゃいますか……?」
入ってきたのは、メイド服の少女だった。頭に小さな角が二本生えている。顔は完全に怯えていた。
「あ、はい。えっと……」
「ミルカと申します。屋敷のメイドです。あの、これを」
差し出されたのは、分厚い羊皮紙の束だった。表紙にはこう書かれている。
『リーニャ様 怒らせないための注意事項 第九十七版』
「第九十七版!?」
「改訂が多いもので……」
俺はページをめくった。
『一、朝の紅茶は六十八度。六十七度も六十九度も不可。』
『一、目を三秒以上見つめないこと。挑戦とみなされる。』
『一、「かわいい」は禁句。身長に関する話題は死。』
『一、廊下を歩く際、足音は三デシベル以下。』
『一、ホコリ。』
最後の項目、雑すぎないか。
「ホコリって……」
「……ホコリです」
ミルカが遠い目をした。
「あの、前任の執事さんは?」
「三十三人目の方は、昨日……」
「昨日!?」
「中庭にお墓があります。三十三個」
「三十三個!?」
俺は思わず窓の外を見た。中庭に、小さな墓標がきれいに三列で並んでいた。三列十一個。並べ方が整っているのが逆に怖い。
「……ちなみに、リーニャ様ってどんな方なんですか」
ミルカは少し考えて、それから真剣な顔でこう言った。
「かわいい方です」
「え、じゃあ大丈夫じゃ」
「かわいくて、人を殺します」
「大丈夫じゃない」
◇
そして俺は、初めてリーニャ・ブラックマンを見た。
大広間の奥、玉座みたいな椅子に、小さな体が沈み込むように座っていた。
長い黒髪。血みたいに赤い瞳。年の頃は十五、六か。細い脚を組んで、頬杖をついて、退屈そうにこちらを見ている。
……小さい。俺より頭ひとつ分は小さい。
そして――正直に言う。めちゃくちゃ整った顔をしていた。人形みたいだ。ミルカが「かわいい」と言ったのは嘘じゃない。
「新しい執事?」
声も高くて、鈴を転がすようで。
「はい。本日より仕えさせていただきます、ユウマと申します」
膝をつく。執事っぽい所作は、前世で見たアニメの記憶しかない。
「ふうん」
リーニャは俺を上から下まで眺めた。
「前のよりは、顔がマシね」
「……恐れ入ります」
「掃除は?」
「済ませました」
「ふうん」
――いける。
俺は内心でガッツポーズをした。第一印象は悪くない。ここから少しずつ距離を詰めて、信頼を得て、いずれは恋に……。
そう思った、その瞬間だった。
窓の隙間から風が吹き込んだ。
大広間の空気がわずかに動き、光の筋の中で、細かい粒がふわりと舞い上がる。
そしてその一粒が。
よりにもよって。
リーニャの肩に、そっと着地した。
空気が凍った。
リーニャは、ゆっくりと自分の肩を見た。
「……なんでホコリが?」
「え」
「掃除したんでしょう?」
赤い瞳が、真正面から俺を射抜いた。
まずい。頭の中で警報が鳴る。だが、その時の俺はまだ、この世界のルールを何も理解していなかった。
だから、正直に答えてしまった。
「はい、掃除はしたんですが……取り切れなかったホコリがあったみたいで」
「そう」
リーニャは頷いた。
そして、言った。
「じゃあ死んで詫びなさい」
「はい?」
リーニャが手首を、くるりと一回転させる。
するとどこからともなく、リーニャの背丈の倍はある巨大な鎌が出現した。黒い刃が、紫の光を吸い込んで鈍く輝いている。
え。
待って。
待って待って待っ――
次の瞬間。
リーニャは鎌で、俺の首を切り落とした。
視界が回転した。天井、床、天井、床。最後に見えたのは、床に転がった自分の体と、それを見下ろすリーニャの、退屈そうな顔だった。
ええええええ。
短気すぎだろう。
なにこれ。こんなんで殺されるわけ!?
――デス:1
(第二話につづく)




