第二十八話 第三幹部という席
「席をなくす」
言うのは簡単だった。
三日考えて、俺は最初の結論に達した。
正面から「なくしてください」と言っても、絶対に通らない。
魔王軍の幹部席は五つ。三百年変わっていない。伝統というのは、それ自体が理由になる。
だから、別の言い方をする必要があった。
◇
「ミルカ。頼みがある」
「はい! 資料ですね!」
「よくわかったな」
「ユウマ様が『頼みがある』って言う時、九割は資料です」
「残りの一割は」
「パンです」
「今日は両方だ」
◇
俺が集めたのは、十二年ぶんの数字だった。
第三幹部の屋敷が、この十二年で消費した経費。
執事の採用費用。三十三人分。
葬送費用。三十個分。
墓標の石材費。
そして、幹部交代に伴う引き継ぎ期間の業務停滞。三年前の一件で、西部戦線の補給が十九日遅れている。
「……えぐい数字ですね」
ミルカが顔をしかめた。
「これ、全部お金に直すんですか」
「全部だ」
「なんでですか」
「組織は、悲しい話では動かない」
俺は羽根ペンを走らせた。
「損してると言えば、動く」
◇
三日後。
俺はガイゼルの前に、羊皮紙の束を置いた。
「――なんだこりゃ」
「第三幹部席の、十二年分の収支でございます」
ガイゼルは、太い指でめくった。
そして、途中で手が止まった。
「赤字か」
「はい」
「幹部席が、赤字」
「戦果は上げております。ですが、執事の消耗と、幹部交代による停滞が、それを食っております」
俺は、いちばん下の行を指した。
「十二年で、三度の交代」
「……三度?」
「ヴェルナ様の前に、もう一人おられます。記録庫の資料に、名前だけ残っておりました」
ガイゼルの顔から、笑いが消えた。
「知らなかった」
「はい。誰も知りません」
◇
俺は、次の羊皮紙を出した。
『第三幹部職掌統合案』
「読んでください」
「……統合」
「第三幹部の職掌は、西部戦線の補給と、南部の徴税でございます。どちらも、第五幹部の管轄と隣接しております」
「……」
「統合すれば、屋敷が一つ不要になります。執事も不要です。幹部交代のたびに発生する停滞も、なくなります」
ガイゼルは、羊皮紙を握りしめていた。
「……おい、執事」
「はい」
「これ、俺の権限が倍になるぞ」
「はい」
「幹部会は喜ぶだろうな。俺は喜ばねえけどな」
彼は、大きくため息をついた。
「仕事が倍になるじゃねえか」
◇
「ですが、通ります」
俺は言った。
「幹部会は、伝統では動きません。ですが、赤字が消えて、権限が整理される話には乗ります」
「……お前、ほんとに執事か?」
「執事でございます」
「悪魔の間違いじゃねえのか」
「魔族の方にそう言われますと、複雑でございます」
◇
幹部会は、一か月後。
魔王城で開かれる。
リーニャは出席しなければならない。第三幹部として、自分の席を消す提案の場に。
そして、その場で「戦死」の準備を整える。
順番はこうだ。
一、幹部会で統合案を可決させる。
二、可決後、最後の任務としてリーニャが出撃する。
三、その任務で「戦死」する。
四、席は統合されているので、後任は置かれない。
五、彼女は北の山を越える。
◇
「……穴がありますね」
ミルカが、羊皮紙を覗き込んで言った。
「なんだ」
「可決される前に、リーニャ様が次の作戦に出されたら?」
「そうならないように、一か月で決める」
「間に合わなかったら?」
「……間に合わせる」
「ユウマ様」
ミルカが、まっすぐこちらを見た。
「それ、やり直しがきかないやつですよね」
俺は、自分の手の甲を見た。
何もない皮膚を。
「ああ」
「……お手伝いします」
「頼む」
◇
その夜、中庭に出た。
天幕は撤収され、墓標の列がまた見えるようになっていた。
三十三個。
リーニャが、素振りをしていた。
俺は水と布を持って、いつもの墓標の前に立った。
「お水でございます」
「……ありがと」
彼女は鎌を止めて、布で額の汗を拭った。
「今日は、二十で終わりにするわ」
「よろしいのですか」
「うるさいわね」
「恐れ入ります」
「……眠れるようになったのよ」
「それは、何よりでございます」
「あんたのせいよ」
「……は?」
「なんでもない」
◇
リーニャは、墓標のひとつに腰を下ろした。
三十三個目の石。三十三人目の執事の墓。
「ねえ、ユウマ」
「はい」
「この石、全部どうするの」
「どう、と申しますと」
「わたしがいなくなったら、この庭は誰が管理するの」
俺は、少し考えた。
「私が、参ります」
「……あんた、一緒に来るんじゃないの」
「参ります。ですが、年に一度くらいは」
「危ないでしょ」
「執事ですので」
「そればっかり」
彼女は膝を抱えた。
そして、小さく言った。
「……一人で来ないでよ」
「はい?」
「一人で来ちゃだめ。連れてきなさい」
「どなたを」
リーニャは、答えなかった。
答えないまま、鎌を出して、素振りに戻ってしまった。
(――わからん)
(二十三回死んでもわからんぞ、この人の言うことは)
◇
三日後の朝。
門の外が、騒がしかった。
ミルカが血相を変えて走ってきた。
「ユウマ様! ユウマ様!」
「どうした」
「あの、あの、門に」
「落ち着け。誰が来た」
ミルカは、息を切らしながら言った。
「新しい執事様が」
◇
俺は、走った。
門の前に、一人の若い男が立っていた。
俺と同じくらいの年齢。黒い髪。黒い目。
そして、燕尾服を着ていた。
見覚えのある形の。
その男は、俺を見ると、丁寧に頭を下げた。
そして、こう言った。
「はじめまして。本日より、こちらでお世話になります」
日本語だった。
「――三十五人目、だそうです」
デス:23(加護、返却済み)
(第二十九話につづく)




