第二十三話 高橋健太、十九歳
俺は、丸腰で村の広場に入った。
魔族の兵は連れて行かなかった。武器も持っていない。持っているのは、燕尾服と、頭巾一枚だけだ。
槍を構えた村人たちが、じりじりと囲んでくる。
「止まれ! 魔族の手先が!」
「話をしに来ました」
「信じられるか!」
その時、後ろから声がした。
「――待て。そいつは俺が話す」
勇者が、村人たちをかき分けて出てきた。
◇
「まず言わせてくれ」
彼は剣を鞘に納めもせず、開口一番こう言った。
「なんでスーツなんだよ」
「燕尾服です」
「同じだろ」
「違います。執事ですので」
「執事!?」
彼は頭を抱えた。
「異世界転生して執事!? 俺は勇者だぞ!? 差がひどくないか!?」
「同感です」
◇
男は、高橋健太と名乗った。
十九歳。大学一年。バイト先からの帰り道でトラックに轢かれた。
「あんたも?」
「私もです」
「マジかよ。あの女神、他に死因のバリエーションないのか」
「わかりませんが、私の知る限り三人は轢かれています。あなたで四人目です」
「三人って、他にもいるの?」
「三十三人おりました。執事が」
「三十三人!?」
健太が飛び上がった。
「そんなにいるの!? 俺、選ばれし者って言われたんだけど!?」
「……私も、あなたは特別だと言われました」
「……」
「……」
俺たちは、しばらく黙った。
◇
「で? あんたの加護は?」
「死ぬと、その日の朝に戻ります」
「一緒だ」
健太は自分の手の甲を見せた。
淡い紋章があった。俺のものより、はっきりと光っている。
「俺、まだ四回しか死んでない。あんたは?」
「二十三回です」
「二十三!?」
「はい」
「何と戦ってんだよ」
「紅茶の温度と、ホコリと、身長です」
「は?」
◇
俺は、順を追って話した。
魔王軍第三幹部リーニャ・ブラックマン。十五歳。短気。ホコリ一粒で執事の首を刎ねる。
三十三人の執事が同じ世界から送り込まれ、三十人が戻ってこなかったこと。
彼女が中庭に墓を掘っていること。
先代のヴェルナが、執事を失って壊れて、処分されたこと。
そして今日、彼女の手が止まれば、同じことが起きること。
健太は、途中から剣を降ろしていた。
「……あの子、十五なのか」
「はい」
「俺の妹と同い年だ」
彼は前髪をぐしゃりと掴んだ。
「聞きたくなかったなあ、それ」
◇
「本題です」
俺は膝をついた。
「高橋さん。降伏していただけませんか」
「は?」
「捕虜として、こちらへ来ていただきたい。殺しません。傷つけません。これはリーニャ様の提案です」
「いや、いやいやいや」
健太が後ずさった。
「なんで俺が捕まるんだよ」
「あなたが捕らえられれば、リーニャ様の手が止まったことにはなりません。勇者を捕獲した、という戦果になります」
「あんたの都合じゃねえか!」
「はい」
「素直か!」
◇
「ですが」
俺は顔を上げた。
「村は焼かれます。それはもう決まっています」
「……」
「村人は東の街道です。三百七十人、全員生きています。焼くのは、人がいなくなってからです」
健太の顔から、表情が抜けた。
「……全員?」
「全員です」
「殺されてない?」
「一人も」
彼は、ゆっくりと後ろを振り返った。
空になった村を。誰も倒れていない広場を。
「……あの子が、そうしたのか」
「はい」
「それ、上にバレたらどうなるんだ」
俺は、答えなかった。
答えないことが、答えだった。
◇
健太は、その場にしゃがみ込んだ。
長いあいだ、地面を見ていた。
「なあ」
「はい」
「俺さ、女神に言われたんだよ」
彼は、地面に指で丸を描いていた。
「『魔王軍幹部を討ちなさい。彼らは何十万人も殺します』って」
「……」
「拒否権はないって言われた」
「私もです」
「だよなあ」
健太は乾いた声で笑った。
「で、来てみたら、幹部は十五歳の女の子で、村人は全員逃げてて、敵の執事は日本語喋るし」
彼は顔を上げた。
「話が違いすぎるんだよ」
◇
その時だった。
健太の顔が、急にこわばった。
彼は自分の頭を押さえて、耳を塞ぐような仕草をした。
「……うるさいな」
「高橋さん?」
「聞こえるんだよ、時々」
彼は歯を食いしばっていた。
「討ちなさい、って。頭の中で」
俺は、背筋が冷えるのを感じた。
「今も、ですか」
「今、めちゃくちゃ言ってる」
「なんと」
「『その男の言うことを聞いてはいけません』」
◇
俺は、立ち上がった。
そして、健太の前にしゃがんで、目を見た。
「高橋さん。ひとつだけ聞かせてください」
「なんだよ」
「その声は、あなたに理由を説明したことがありますか」
健太が、瞬きをした。
「……理由?」
「なぜ討つのか。なぜあなたなのか。討った後どうなるのか。一度でも、説明されましたか」
「……」
「私は二十三回死にましたが、一度も説明されていません」
健太は、口を開けたまま固まっていた。
そして、ぽつりと言った。
「……されてないわ」
「はい」
「『あなたは選ばれました』しか言われてない」
「同じです」
「……くそ」
彼は膝に額をつけた。
「なんで俺、それで納得してたんだ」
◇
遠くで、伝令の角笛が鳴った。
一度。長く。
(――街道の先頭が着いた)
砂時計が、落ちた。
作戦は完了だ。捕縛完了の報告が上がる。もう、書類の不備は使えない。
「高橋さん」
「……ああ」
「時間がありません」
健太は立ち上がった。
そして、剣を鞘に納めた。
「条件がある」
「なんなりと」
「村を焼くな」
「……それは」
「無理か」
「無理です」
「即答かよ」
「代わりに、私が引き受けます」
俺は頭を下げた。
「屋敷に帰ったら、私が焼失報告書を書きます。帰ってきた村人が住める程度には、書類の上でだけ焼けていたということにします」
健太が、目を丸くした。
「……できるの、そんなこと」
「わかりません。ですが、書類なら私の領分です」
「執事つっよ」
◇
健太は、剣帯を外した。
そして、それを地面に置いた。
「わかった。捕まってやる」
「――ありがとうございます」
「言っとくけど、俺、逃げるからな。あとで」
「存じております」
「え、いいの?」
「勇者に逃げられた、というのは幹部の失点になります。ですので」
俺は顔を上げた。
「三日、待ってください。それだけあれば、報告書は通ります」
「あんた、ほんとに執事だな」
「はい」
◇
その時。
村の北側から、悲鳴のような音がした。
風の音ではなかった。
炎の音だった。
俺は振り返った。
北の丘から、火の手が上がっていた。麦畑に、赤い舌が走っていた。
風は、南へ吹いていた。
(――北から火をかければ、風で南に流れる)
(南は畑だから、よく燃える)
リーニャが、下見の日に言った言葉だ。
だが、彼女はその案を捨てた。
捨てたはずだった。
◇
丘の上に、灰色の影が立っていた。
三メートルの巨体が、松明を投げ捨てるところだった。
その手には、もう一方に、巻いた羊皮紙が握られていた。
「――ガイゼル」
健太が、剣帯を拾い上げた。
「おい、話が違うぞ!」
「はい」
「村人は逃げたって言ったよな!?」
「言いました」
俺は、燃えはじめた村を見ていた。
家が焼ける。畑が焼ける。水車が焼ける。
そして、あの小さな教会も。
「……高橋さん」
「なんだ」
「東の街道に、まだ着いていない者がいます」
「は?」
「先頭が着いただけです。列の最後尾は、まだ村の近くにいます」
俺は走り出した。
「足の遅い者から順に、後ろにいます」
六の月十三日、午後。ヴェルド村、炎上開始。
デス:23(残り、なし)
(第二十四話につづく)




