第四話「Upgrade="初めての狩り-前編";」
その日は、いつもよりずっと早く目が覚めた。
窓の外はまだ薄暗い。
いつもなら朝日を浴びて黄金色に輝いている砂漠も、今は青みがかった闇の中に沈んでいた。
家の中も静かだ。
レナとロナさんは、まだ眠っている。
聞こえてくるのは、ときどき外から吹き込んでくる風の音だけだった。
「…………」
眠れなかった。
いや、少しは寝たと思う。
でも、目を閉じるたびに今日の狩りのことを考えてしまって、何度も目が覚めた。
「早いな、レイ」
「わっ!」
突然後ろから声をかけられ、肩が跳ねる。
振り返ると、起きてきたラキさんが立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
ラキさんは大きなあくびを一つすると、すでに支度を終えている僕の姿を見て、小さく笑った。
「ずいぶんやる気満々だな」
「……はい。今日はよろしくお願いします」
僕は姿勢を正して、頭を下げた。
「ああ」
返事は短かったけれど、その顔にはまだ少し心配そうな色が残っていた。
無理もない。
そもそも今回の狩りは、僕が頼み込んで連れて行ってもらうことになったものだ。
最初にお願いしたとき、ラキさんは考える間もなく「駄目だ」と断った。
それでも僕が諦めずに頭を下げ続けていると、最後はロナさんが味方をしてくれた。
『あなたが一緒なら大丈夫でしょ?』
ロナさんがそう言って笑うと、あれほど反対していたラキさんは、大きなため息をついて折れた。
どうやらラキさんも、ロナさんには弱いらしい。
夫婦というのは、こういうものなのだろうか。
とにかく、そうして僕は念願だった狩りに連れて行ってもらえることになった。
そして——今日。
空が少しずつ明るくなってきた頃、僕たちは家の外へ出た。
夜の冷たさが残っていた砂漠に、朝日が差し込み始めている。
遠くの砂丘が、端からゆっくりと黄金色に染まっていく。
「レイ」
声に振り返る。
家の前にレナが立っていた。
いつもの元気な顔とは少し違う。
眉を下げて、心配そうに僕を見ている。
「……気をつけてね」
「うん」
僕はできるだけ笑ってみせた。
「頑張ってくる」
「無茶しちゃ駄目だからね」
「分かってるって」
本当は、全然余裕なんてない。
今だって心臓はずっとドクドク鳴っている。
でも、レナの前で怖がっているところは見せたくなかった。
「それじゃあ、行くぞ」
「はい!」
ラキさんが僕の体を軽々と抱え上げた。
次の瞬間。
バサッ!
背後で巨大な翼が広がった。
朝の静かな砂漠に、翼が空気を叩く重い音が響く。
砂が一斉に舞い上がり、思わず目を閉じた。
そして——体が浮いた。
「うわっ!?」
一瞬だった。
さっきまで目の前にいたレナが、どんどん遠ざかっていく。
「レイー! 頑張ってー!」
下からレナの声が聞こえた。
僕はラキさんにしがみつきながら、なんとか片手を振る。
//——
眼下を、どこまでも続く砂漠が流れていく。
朝日はすでに地平線から昇り始めていた。
冷たかった空気も、少しずつ熱を帯びてきている。
ラキさんの翼が大きく羽ばたくたび、体がふわりと上下した。
「レイ。移動している間に、狩りの基本を教えておこう」
「……っ!お願いします!」
僕はラキさんに抱えられたまま答えた。
正直、こんな高さで狩りの説明を聞く余裕なんてあまりない。
下を見ると足がすくむので、なるべく前だけを見ることにした。
「まず今日狙うのは、サビットだ。レイも一度倒したことがあるんだったな」
「まあ……一応」
倒した。
確かに倒したことにはなっている。
ただ、あのときはレナがほとんど追い詰めてくれて、僕は最後の一撃を入れただけだった。
どうやらラキさんは、そのことを知らないらしい。
……レナめ。
お父さんにどう説明したんだ。
「一度戦ったなら分かると思うが、サビットは素早い。それに魔力を察知する能力に優れている」
「魔力を?」
「ああ。普通に近づけば、こちらが姿を見つけるより先に逃げられる」
確かに。
前に見たサビットも、とんでもなく速かった。
砂を蹴ったと思ったら、次の瞬間には別の場所にいた。
あんなものを自力で捕まえろと言われても、今の僕にはできる気がしない。
「だが、俺たち竜人族なら話は別だ」
「どうしてですか?」
「鱗だ」
ラキさんはそう言って、自分の腕を見せる。
朝日に照らされた鱗が、鈍く光っていた。
「竜人族の鱗には、魔力を通さない性質がある」
「魔力を通さない……」
「生き物は誰でも、体の中にある魔力を少しずつ外へ放っている。本人が意識していなくてもな」
なるほど。
僕には魔力なんて見えないけど、サビットにはそれが分かるということらしい。
「だから魔力だけで俺たちを探知する魔物には気づかれにくい。そして竜人族の機動力を生かして、一気に仕留める。それが俺たちの狩り方だ」
「なるほど……」
僕もレナみたいに翼があれば、もっと楽に狩りができるのかもしれない。
当然、僕の背中には何もない。
「でも、僕には鱗も翼もないですよ?」
「だから、レイには人族のやり方を教える」
ラキさんが前を向いたまま言った。
「人族の場合は、自分で魔力を抑える必要がある」
「どうやってですか?」
「簡単に言えば——力を抜け」
「……それだけ?」
「ああ」
もっとこう、魔力を体の中心に集めるとか、特別な呼吸をするとか。
そんな難しいものを想像していた。
「自分がそこにいないような感覚を作るんだ。息を整えて、体から余計な力を抜く。自分の存在をできるだけ小さくするように意識しろ」
「自分が……いない」
僕は言われた通りに目を閉じてみる。
力を抜く。
肩。
腕。
足。
自分の体が風景の一部になるような感覚を想像する。
砂漠に落ちている石みたいに。
誰にも気づかれないように。
「…………」
「うん」
ラキさんの声が聞こえた。
「悪くない」
「本当ですか?」
「ああ。元々レイは魔力が少ないからな。それだけできれば十分だ」
「…………」
褒められた。
褒められたはずだ。
なのに全然嬉しくない。
僕は少しだけ肩を落とす。
魔力が少ないことが、初めて役に立った瞬間だった。
「とにかくだ。サビットを見つけたら、今の感覚を思い出せ」
「はい……。」
「魔力を抑えて、できるだけ近くまで接近する。そして——」
ラキさんが腰に下げていた短剣を軽く叩いた。
「一気に距離を詰めて、これで仕留めろ。サビットに噛まれたら、お前の腕くらい簡単に噛み千切られるぞ」
「…………」
やっぱり、この世界のウサギはかわいくない。
僕は空中で何度も練習した。
力を抜く。
自分がいないように意識する。
少し力が入ったら、もう一度。
何度か繰り返していると、だんだん感覚が掴めてきた。
「そうだ。それでいい」
「はい!」
少しだけ自信が出てきた。
そのときだった。
「……それと、レイ」
ラキさんの声が変わった。
「この機会だから、お前に話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと?」
僕は顔を上げた。
ラキさんは前を向いている。
けれど、さっきまでとは明らかに表情が違った。
何かを思い出しているような、暗い顔。
「俺たち竜人族の鱗はな……人族の間では、とても高い値段で取引されている」
「え?」
反射的に、ラキさんの腕を見る。
さっき魔力を遮断すると教えてもらった鱗。
「この鱗が……?」
「ああ。魔力を遮る。硬く、熱にも強い。武器や防具の素材として、欲しがる人間は多い」
ラキさんの声から、さっきまでの明るさが消えていた。
「昔は、竜人狩りもひどかった」
「竜人……狩り……」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
人が……竜人族を狩る。
その言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
「でも……」
僕は思わず口にする。
「竜人族って、すごく強いじゃないですか」
レナですら、僕が震えることしかできなかった竜を片手で止めた。
ラキさんなら、もっと強いはずだ。
視界に青白い文字が浮かび上がった。
player_Raki
{
Name = "Raki"
Level = 728
HP = 32027
MP = 57440
……
}
圧倒的だった。
そんな竜人族を人間が襲う。
簡単にできるとは思えなかった。
「真っ向から戦えばな」
ラキさんは静かに答えた。
「一対一なら、そう簡単には負けない。だが奴らも馬鹿じゃない」
「……」
「集団で来る。武器を揃え、罠を仕掛け、逃げ道を塞ぐ。竜人を狩ることだけを仕事にしているような連中もいた」
「そんな……」
「自分一人なら戦える。だが、子供や老人まで守りながらとなれば話は別だ」
ラキさんの声が少し震えた。
「昔は、他にも村はあった。」
「我々種族はたくさんいたんだ。」
「だが。どれだけ強くても、全部は守れなかった。」
それ以上は聞けなかった。
聞いちゃいけない気がした。
ラキさんの顔が、今まで見たことがないほど苦しそうだったからだ。
きっと。
僕の知らない誰かを、たくさん失ったんだ。
風を切る音だけが、しばらく僕たちの間を流れていった。
「……だが、あるとき状況が変わった」
ラキさんが再び口を開く。
「アルベルロ王国が、俺たちに取引を持ちかけてきた」
「アルベルロ王国?」
「ああ。この大陸一帯を治めている大国だ」
僕は初めて聞く名前を頭の中で繰り返した。
アルベルロ王国。
「王国は、竜人族への襲撃や鱗の売買を禁止した。他国にも圧力をかけ、俺たちを保護すると約束した」
「じゃあ、竜人狩りは……」
「なくなった。」
「よかった……」
思わず胸をなで下ろす。
やっぱり悪い人ばかりじゃないんだ。
そう思った。
けれど――。
ラキさんの表情は明るくならなかった。
「もちろん、ただではなかった」
「……条件があったんですか?」
「ああ」
嫌な予感がした。
「村から一人、王国の騎士団へ竜人を差し出す。それが条件だった」
「差し出すって……」
「表向きは入団だ」
ラキさんは吐き捨てるように言った。
「だが、本当の目的は別にある」
腕の鱗に手を添える。
「これだ」
「……鱗」
「竜人族の鱗は、剥がしても魔力を使えば生える。王国はそれを知っていた」
そこで、ようやく意味が分かった。
「まさか……ずっと鱗を?」
「王国は竜人の鱗を安定して手に入れられる。そして、その素材で武器や防具を作り、自国の軍を強くする」
「そんなの……」
守ってくれている。
確かにそうなのかもしれない。
でも。
それじゃまるで——。
「……人質みたいじゃないですか」
「否定はできんな」
ラキさんは寂しそうに笑った。
「そして、その役目に選ばれたのが——」
一度、言葉を止める。
「俺の息子、ロキだ」
「……息子?」
一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。
「レナに……お兄さんがいるんですか?」
「ああ」
「初めて聞きました」
「無理もない。レナ自身、ほとんど覚えていないからな」
ロキさんが王国へ行ったのは、レナがまだ赤ん坊だった頃らしい。
だからレナにとって、兄は話でしか知らない存在なのだという。
「ロキが王国へ行ってから、確かにこの村は守られるようになった」
ラキさんの声は静かだった。
「竜人を狙う連中は姿を消した。今でもロキが生きていることは分かっている」
「じゃあ、会おうと思えば……」
僕がそう言うと、ラキさんは小さく首を横に振った。
「……もう何十年も会っていない」
「…………」
何十年。
その言葉の重さが、僕にはすぐには理解できなかった。
僕が生きてきた時間より、ずっと長い。
自分の子供が生きていると分かっている。
なのに会えない。
それがどんな気持ちなのか。
僕には想像することしかできなかった。
「レイ」
「はい」
「俺が狩りに連れて行くことに最初は反対しただろ?」
「……はい」
「お前の力を見くびっていたわけじゃない」
ラキさんが僕を見る。
その目は、いつもの頼りになる大人の目とは違っていた。
ひどく寂しそうだった。
「もう、息子を失いたくないんだ」
「……え?」
一瞬、言葉が出なかった。
「レナもそうだ。お前もそうだ。できることなら、少しでも危険な場所には行ってほしくない」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
「分かってくれ」
ラキさんは泣いていなかった。
でも、僕には泣きそうに見えた。
ロキさんと何十年も会えていないこと。
昔、守れなかった人たちがいること。
きっと僕には分からないくらい、たくさんのものを背負っている。
そして。
今の言葉で、もう一つ分かった。
ラキさんは僕のことも——息子だと思ってくれている。
「…………」
まずい。
今度は僕が泣きそうになった。
この世界に飛ばされてから、一年。
僕だって、お父さんやお母さんに会えていない。
会いたい。
もちろん、会いたいに決まっている。
今頃どうしているんだろう。
僕がいなくなって、お母さんは泣いているんじゃないか。
お父さんは、ずっと僕を探しているんじゃないか。
考えたら、胸が苦しくなる。
それでも僕が、この一年を寂しさだけで過ごさずにいられたのは——。
レナがいて。
ロナさんがいて。
そして、ラキさんがいてくれたからだ。
食べる場所をくれた。
眠る場所をくれた。
言葉も分からない僕を追い出さず、一緒に暮らしてくれた。
そして今。
僕のことを、本当の息子みたいに心配してくれている。
「ラキさん」
「なんだ?」
「……ありがとうございます」
それ以上言ったら、本当に泣きそうだった。
だから僕は、眼下に広がる砂漠へ視線を逃がした。
朝日を浴びた砂が、どこまでも金色に輝いている。
さっきまで怖かった狩り。
今は少しだけ、違う気持ちになっていた。
強くなりたい。
レナの隣に立つために。
いつかレナを守れるようになるために。
でも、それだけじゃない。
僕を家族として迎えてくれた、この人たちを。
いつか僕の力で守れるくらい——。
強くなりたい。
//——
村を出てから、およそ一時間。
どこまでも続いていた砂丘が少しずつ姿を消し、代わりに赤茶色の岩肌が目立つようになってきた。
巨大な岩山がいくつもそびえ、その間を縫うように細い谷が続いている。
「着いたぞ」
ラキさんの翼が大きく広がった。
ゆっくりと高度が下がっていく。
やがて足が地面についた。
「レイ」
「はい」
「ここからは魔力を抑えろ。それと、できるだけ足音を立てるな」
「……はい!」
「返事も小さくな」
「あ……はい」
今度は声を落として答える。
ここからが本番だ。
僕はゆっくり息を吸った。
そして、吐く。
呼吸はできるだけ静かに。
歩いているのに、歩いていない。
ここにいるのに、ここにいない。
そんな無茶苦茶なことを頭の中で想像しながら、一歩ずつ進んでいく。
難しい。
普通に歩くより何倍も疲れる。
「…………」
ちらりと、ラキさんのほうを見る。
さっきまでとは、姿が変わっていた。
首元から伸びた黒い鱗が、頬、顎、額へと連なるように広がっている。
ただ顔を覆っているだけじゃない。
一枚一枚の鱗が重なり合い、輪郭そのものを変えるように形作られていた。
頬から後ろへ流れる鋭い鱗。
目元には、まるで竜の眼を思わせる形で鱗が連なっている。
まるで——。
人の顔の上に、もう一つ『竜の顔』が現れたみたいだった。
「……かっこいい」
思わず、小さく声が漏れる。
これが、ラキさんの言っていた竜人族の鱗。
こうして全身を鱗で包むことで、体から漏れ出す魔力を完全に遮断できるらしい。
目が合うと、ラキさんは何も言わず、小さくうなずいた。
——その調子だ。
そう言われた気がして、少しだけ肩の力が抜ける。どうやら僕も、ちゃんと魔力を抑えられているらしい。
その直後、ラキさんの表情が変わった。
片手を上げ、僕にその場で止まるよう合図する。
そして、ゆっくりと前方の岩陰を指差した。
僕も息を殺し、指の先へ目を凝らす。
「…………いた」
岩の陰に、小さな影がうずくまっていた。
砂と見分けがつかないほど薄茶色の毛。頭から伸びた長い耳が、周囲の音を探るようにわずかに動いている。
サビットだ。
まだ、こちらには気づいていない。
僕は意識をその小さな体へ集中させ、心の中で唱えた。
『Inspect』
サビットの頭上に半透明の文字が浮かび上がる。
monster_Sabbit
{
Name = "Sabbit"
Level = 28
HP = 32
MP = 5
……
}
レベル二十八。
今の僕より、ずっと高い。
それでも、逃げるつもりはなかった。
ようやく見つけた。
今度こそ、レナに助けてもらうんじゃない。
僕一人の力で――。
ドクンッ。
決意した瞬間、心臓が大きく鳴った。
「……っ」
その瞬間だった。
サビットの耳がぴくりと動いた。
「あ」
こちらを振り返る。
次の瞬間には、もういなかった。
砂煙だけが残されている。
「…………」
やってしまった。
緊張した瞬間、呼吸が乱れた。
同時に魔力も漏れてしまったんだ。
「ご、ごめんなさい……」
ラキさんを見る。
怒られる。
そう思ったのに。
ラキさんは笑っていた。
そして何も言わず、別の方向を指差す。
「……?」
その先を見る。
——いた。もう一匹。
少し離れた岩陰で、サビットが砂を掘っている。
ラキさんが僕を見る。
その目が言っていた。
——次がある。
今度こそ。
ゆっくり息を吐く。
一歩。また一歩。
足の裏を地面に滑らせるように進んでいく。
音を立てるな。
気配を消せ。
そう考えていたとき、ふと昔のことを思い出した。
小学三年生の頃。
夜中にどうしてもゲームがしたくなって、こっそりリビングへ向かったことがある。
お母さんに見つかったら、絶対に怒られる。
だから階段を一段ずつ。
ぎしっ、と鳴らない場所を探しながら。
ゆっくり。
ゆっくり。
「…………」
あれ?
そう考えたら——。
得意分野かもしれない。
サビットを見る。
まだ気づいていない。
距離が縮まる。
手に汗が滲む。
腰に差していた短剣へ、ゆっくり手を伸ばす。
まだ。
まだだ。
あと少し。
——今。
短剣を抜いた。
同時に地面を蹴る。
「——っ!」
サビットの耳が跳ね上がった。
振り返る。
でも——遅い。
僕の短剣は、すでにその首元まで迫っていた。
ザクッ。
確かな感触が手に伝わる。
「ギィッ——!」
甲高い鳴き声。
サビットが激しく暴れた。
「うわっ……!」
短剣を離さないよう、必死に握りしめる。
やがて。
声が止まった。
力が抜ける。
サビットは動かなくなった。
「…………」
僕はその場に立ち尽くした。
倒した。
僕が。
自分の力だけで。
「レイ」
後ろから声がする。
振り返ると、ラキさんが笑っていた。
「よくやった」
「……はい!」
嬉しかった。
胸の奥から何かが込み上げてくる。
「やった……!」
そのとき。
——ピコン。
聞き慣れた電子音が頭の中に響いた。
「おっ」
視界に青白い文字が浮かび上がる。
Level = 3
HP = 42
MP = 8
PP = 10
「レベル、上がった……!」
思わず声が漏れた。
これは僕が初めて、自分の力だけで手に入れたレベルだった。
胸の奥がじんわり熱くなる。
思わず拳を握った。
「……レイ」
「はい?」
振り返ると、ラキさんが少し不思議そうな顔をしていた。
「さっきから言っている、その"レベル"というのは何だ?」
「え?レベルですよ。強さを数字で表したような……」
そこまで言って、ふと気づく。
「もしかして、ラキさんたちには見えないんですか?」
「見える?」
「ステータスです」
僕は視界に浮かんでいる自分のステータスを指さす。
「ほら、ここにレベルとかHPとか——」
「……いや。俺には何も見えないぞ」
「そうなんですね……」
「だが、相手の強さならある程度は魔力量で分かる」
「魔力量?」
「ああ。強い奴ほど、普通はそれだけ大きな魔力を持っている。戦い慣れている者なら、立ち方や殺気でも何となく判断できる」
「なるほど……」
「ただし、数字で細かく分かるわけではないな」
「…………」
どうやら、この世界には"レベル"という考え方そのものがないらしい。
ということは。
僕の目に見えているレベルは、この世界の人たちが決めたものじゃない。
この世界に存在する"強さ"を、僕の力が勝手に数字に置き換えて見せている——ということなんだろうか。
そう考えると、一つ納得できることがあった。
なぜなら——レナだ。
Level 235
でも本格的な狩りなんてほとんどしたことがないらしい。
だったら、答えは一つ。
レベルには、魔物を倒して上がった分だけじゃなく、生まれつき持っている強さも含まれているんだ。
身体能力。
魔力。
それに、種族そのものが持っている力。
そういうものまで全部ひっくるめて、"Level"という一つの数字になっている。
竜人族のように、生まれつき強い種族は、何もしなくても最初から高いレベルを持っている。
僕はそれを勝手に"基礎レベル"と呼ぶことにした。
そう考えると——。
「……遠いなぁ」
「何がだ?」
「いえ、なんでもないです」
レナとの差。
二百三十二。
数字にすると、改めて絶望的なくらい離れている。
「がんばるぞ……」
僕がもう一度拳を握った。
——そのときだった。
「きゃああああああっ!」
「——っ!?」
突然、岩山の向こうから女性の悲鳴が響いた。
さっきまで胸の中にあった喜びが、一瞬で吹き飛ぶ。
ラキさんの表情も変わった。
「今のは……」
僕たちは同時に、声のした方向へ顔を向けた。
「今の……!」
「レイ、待て」
ラキさんの声が低くなる。
僕たちは岩陰へ身を寄せ、声のした方向を見る。
そこにいたのは——。
「人……?」
人間だった。
女性が一人。
そして。
——巨大な何かがいた。




