第十二話「MagicTraining="初めての魔法";」
露天風呂から上がった僕たちは、その後もう一度シーラさんの風魔法で身体と服を乾かしてもらった。
さっきまで散々お湯をかけ合っていたドガルさんとスガルさんも、何事もなかったかのように夕食の準備を始めている。
僕はシーラさんから受け取った水を一気に飲み干した。
「ぷはぁー!」
思わずおじさんみたいな声が出る。
久しぶりのお風呂で身体はぽかぽかだし、喉も潤った。近くに置かれていた折り畳み式の椅子ようなものへ腰を下ろすと、僕はさっそく自分のステータスを確認する。
Level = 5
HP = 53
MP = 13
PP = 16
「……十六か」
確認したかったのはPPだ。
さっき見つけた、水の新しい項目。
temperature= 41
あれが本当に温度を表しているのなら、数字を書き換えることで、水の温度そのものを変えられるかもしれない。
試すだけなら、例えば——。
mu.temperature= 0;
これでいいはずだ。
でも、一文字につきPPを一ポイント消費する。空白を抜いたとしても、これを書くには最低十七ポイント必要になる。
今の僕が持っているのは十六ポイント。
「一ポイント足りない……」
なんとも絶妙に腹が立つ。
せめて『temperature』も、ヴァルグク語に変わってくれればいいのに。
僕の力は、僕が物の名前を認識すると、その表示も変わる仕組みになっている。
以前、水をInspectしたときは、
object_Water
と表示されていた。
でも、ヴァルグク語を覚えて、水を「ム」と呼ぶことを知ってからは、
mu
と表示されるようになった。
だったら『temperature』も同じように変わってくれそうなものだけど——。
温度は、ヴァルグク語で「sdu」。
その言葉はもう知っている。それなのに、水をInspectしても、
temperature
表示はそのままだった。
「なんでこっちは変わらないんだろう……」
物そのものの名前と、その物が持っている情報では、何か違うんだろうか。
もし『temperature』が『sdu』になってくれれば、必要なPPをかなり減らせるのに。
「肝心なところで都合が悪いなぁ……」
でも、変わらないものは仕方がない。
PPを増やす方法は、今のところレベルアップだけ。
つまり——。
「やっぱり、もっとレベルを上げないと……」
そんなことを考えていると、隣の椅子が小さく軋んだ。
顔を上げると、シーラさんが僕の横に腰を下ろしていた。
「レイ君」
「はい?」
「今日はありがとうございました。おかげで最高に気持ちよかったですわ」
「あはは……。でも、あのお風呂を作れたのはシーラさんの魔法のおかげですよ」
「あら。でしたら、お互いさまということにしておきましょうか」
「はい!」
二人で顔を見合わせて笑う。けれど、しばらくするとシーラさんの表情が少しだけ変わった。
「……レイ君。一つだけ、お聞きしてもよろしくて?」
さっきまでの柔らかな声とは違う。少しだけ真剣な声だった。
「……はい?」
「レイ君のあの力は、魔法ではありませんわよね?」
「……そう、ですね」
僕自身、この力が何なのか分かっていない。
少なくとも、たくさんの魔力を使っている感覚はないし、シーラさんたちのように詠唱が必要なわけでもない。
「やはり、そうですのね……」
シーラさんは少し考え込んでから、もう一度僕を見る。
「あの力は、どんなものでも増やすことができますの?」
「えっと……」
僕は少し考えてから答える。
「物であれば、たぶん将来的には何でも増やせると思います。ただ、今はまだ未熟なので、増やせるものは限られてますけど」
「……何でも」
シーラさんが小さく呟く。
そして、僕の目をまっすぐに見た。
「でしたら、レイ君。一つだけ、わたくしと約束していただきたいことがありますの」
「約束?」
「その力を、お金を増やすためには絶対に使わないでくださいまし」
「……お金?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも、すぐに気づく。
「……あ」
考えたこともなかった。水を増やせる。砂を増やせる。
だったら当然、お金だって増やせる可能性がある。
金貨が一枚あれば、それを十枚に。十枚を百枚に。百枚を千枚に。
高価な宝石だって同じだ。
もし本当にできるのなら——。
僕は一瞬で大金持ちになれる。
「レイ君」
シーラさんの声で、考えを止める。
「お金というものは、ただ多ければいいわけではありませんの」
「……?」
「例えば、この辺りで金貨一枚あれば、パンを百個買えるとしましょう」
僕は頷く。
「ところが、レイ君が金貨を何万枚、何十万枚と増やして、それを好きなだけ使い始めたらどうなると思います?」
「えっと……みんなお金持ちになる?」
「最初はそう見えるかもしれませんわね。でも、誰もが大量のお金を持つようになれば、今度は金貨そのものの価値が下がってしまいますの。昨日まで金貨一枚で買えたものが、十枚、百枚出さなければ買えなくなるかもしれません」
「そんなことに……」
「ええ。それに、同じ金貨が好きなだけ作れると知られれば、その国のお金を信用する人はいなくなりますわ。商売だけではありません。国そのものが大混乱になります」
商人であるシーラさんだからこそ、その怖さが分かるのだろう。
「お金だけではありませんわ。希少な宝石や、限られた数しか存在しないものも同じです。それを無制限に増やせば、価値そのものを壊してしまいます」
僕は自分の手を見る。
今まで、水を増やして村のみんなに喜んでもらった。だからどこかで、この力は便利なものだとばかり思っていた。
でも。
使い方を間違えれば——。
「……分かりました」
僕はシーラさんを見る。
「絶対に、お金を増やしたり……自分の欲のためには使いません。約束します」
「ありがとうございます」
シーラさんの表情が、いつもの柔らかなものへ戻った。
「レイ君ならそんな使い方はしないと思っていましたけれど、それでも念のために伝えておきたかったのですわ。
それから、もう一つ」
シーラさんが人差し指を立てる。
「その力について、知らない人へ詳しく話すこともおすすめしませんわ」
「どうしてですか?」
「レイ君。世の中には、いい人ばかりがいるわけではありませんのよ」
少しだけ声が低くなる。
「その力を知れば、利用しようとする者は必ず現れます。お金を増やせ。武器を増やせ。食料を増やせ。もっと、もっと、と。中にはレイ君自身を捕まえて、無理やり使わせようとする者だっているでしょう。 ですから、信頼できる相手以外には、できるだけ秘密になさい」
「……分かりました。ありがとうございます」
「その代わり——」
突然、シーラさんがぐっと距離を詰めてきた。
「わたくしたちには、いっぱい相談してくださいまし!」
「わっ!?」
近い。
「レイ君はまだ十三歳なのですから、一人で何でも決めようとしてはいけませんわ」
「わ、分かりましたから……近いです!」
「あら?」
シーラさんは楽しそうに笑っている。
でも、シーラさんの言う通りだ。僕一人では、この力について分からないことが多すぎる。
これからはシーラさんにも、いろいろ相談してみよう。
そして——。
ちょうどいい。
僕には今、一つ相談したいことがあった。
「あの、シーラさん」
「はい?」
「僕……もっと強くなりたいです」
シーラさんの笑顔が消えた。
「強く?」
「はい」
僕は自分のステータスを思い浮かべる。
今のレベルは五。PPを増やすためにも、レベルを上げなければならない。
でも、それだけじゃない。
僕自身が強くなりたい。もう何もできずに、ただ守られているだけなのは嫌だった。
「だから、語学だけじゃなくて……魔法についても教えてほしいんです」
「魔法を?」
「はい。僕に使えるかは分かりません。でも、仕組みだけでも知りたいんです」
魔法と僕の力には、どこか似ているところがある。
さっきの温度だってそうだ。魔法についてもっと知れば、僕の力の新しい使い方を見つけられるかもしれない。
「それと……」
少し言いにくかった。でも、言わなければ始まらない。
「移動中に魔物を見つけたら、僕にも戦わせてほしいんです」
「それは駄目ですわ」
即答だった。
「は、早い!」
「当たり前ですわ! レイ君、ここがどこだか分かっておりまして?」
「ヴァルグラ大陸……」
「世界でも特に危険な魔物が多い大陸ですわ!」
「でも——」
「駄目です」
「そこをなんとか!」
「駄目ですわ」
「シーラさん!」
「そ、そんな目で見ても、駄目なものは駄目です!」
シーラさんは頑として譲らない。
そもそも三人は普段、魔物との戦闘そのものを極力避けているらしい。移動するときにも結界を利用し、危険な魔物がいる場所には近づかない。
商人なのだから当然だ。わざわざ命を懸けて魔物と戦う理由なんてない。
「……でも、僕は強くなりたいんです」
「…………」
「もちろん、勝手に戦ったりはしません。危ない魔物からは逃げます。だから……シーラさんたちが大丈夫だと思った相手だけでいいんです」
シーラさんは黙って僕を見る。
「お願いします」
僕は頭を下げた。しばらく沈黙が続く。
やがて——。
「……はぁ」
大きなため息が聞こえた。
「絶対に、わたくしたちの指示に従うこと」
「……!」
顔を上げる。
「危険だと判断したら、すぐに逃げること。そして、わたくしたちの誰かが必ずそばにいること」
「はい!」
「……それを守ると誓うなら、弱い魔物に限って、ですわよ」
「ありがとうございます!」
思わず立ち上がる。
その声が聞こえていたのか、夕食の準備をしていたドガルさんがこちらを振り返った。
「なんじゃレイ殿! 強くなりたいのか!」
「はい!」
「なら剣じゃ!」
「……剣?」
ドガルさんが腰に下げた剣の柄を叩く。
「魔法だけ覚えても仕方ありませんぜ。ヴァルグラじゃ、魔力が切れた瞬間に何もできなくなる奴から死んでいきますからな!」
「右に同じくだ」
スガルさんも隣で大きく頷いた。
「わしらが教えてやりますぜ!」
「いいんですか?」
「もちろんじゃ! 命の恩人を鍛えるくらい安いもんですぜ!」
「右に同じくだ。まずは一万回素振りじゃ」
「一万回!?」
「馬鹿者。初心者に一万回は多すぎるじゃろ」
「そ、そうですよね……」
少し安心した。
「まず九千回じゃ」
「変わらないですよ!」
「右に同じくだ。では八千九百九十九回で」
「一回しか減ってない!」
二人が豪快に笑う。
シーラさんはそんな三人を見ながら、また大きなため息をついた。
「……ほどほどにしてくださいましね。レイ君はまだ成長期なのですから」
「分かっておりますぜ!」
「右に同じくだ!」
「本当に心配ですわ……」
こうして僕は、シーラさんからイグラシャル語だけでなく、魔法についても教えてもらうことになった。
そして夜には、ドガルさんとスガルさんから剣術を教わる。移動中に安全に戦える魔物を見つけたときだけ、三人に見守ってもらいながら実戦も経験する。
言葉を覚える。
魔法を知る。
剣を振る。
魔物と戦って、レベルを上げる。
そしてPPを増やせば、今まで試せなかったことも試せるようになる。
僕はもう一度、さっき見た文字を思い出した。
temperature = 41
量だけじゃない。もし本当に、この世界に存在するいろいろな情報を書き換えられるのなら。
僕の力には、まだ僕自身が知らない使い方がいくつもあるはずだ。
「よし……!」
まずはレベルを上げよう。そしていつかこの力を、本当の意味で使いこなせるようになるんだ。
そんな話をしているうちに、辺りに香ばしい匂いが漂ってきた。
「おーい! 飯ができましたぜ!」
ドガルさんの声に振り返ると、焚き火の上に大きな鍋が置かれていた。中では肉と野菜の入ったスープが、ぐつぐつと煮えている。
「右に同じくだ。今日の出来は最高ですぜ」
「あなたは何も作ってませんでしょう?」
「…………」
「認めましたわね……」
それぞれ器にスープをよそい、焚き火を囲むように椅子へ座る。
「いただきます!」
一口飲んでみる。
「おいしい!」
少し塩気の強いスープだったけれど、疲れた身体にはちょうどいい。中に入っている肉も柔らかく、噛むたびに旨味が広がった。
「それじゃあ、食べながらさっそく始めましょうか」
「魔法の勉強ですか?」
「ええ」
シーラさんはスープを一口飲んでから、人差し指を立てた。
「レイ君。魔法を使うために、まず何が必要だと思います?」
「魔力……ですよね?」
「正解ですわ。ただ、魔力を持っているだけでは魔法は使えませんの」
「そうなんですか?」
「ええ。魔法を使うにはまず、自分の魔力を体外へ放出できなければ始まりませんわ」
「魔力を外に……」
「そもそも魔力というものは、身体の中にある《魔力核》と呼ばれる場所に蓄えられていますの。そして魔力核からは、全身へ向かって目には見えない経路が伸びていますわ」
シーラさんが自分の胸元に手を当て、そこから腕、そして指先へとなぞっていく。
「魔法を使うときは、この経路へ魔力を流して、必要な場所まで運びます。手から魔法を使うのでしたら、魔力核から肩、腕、そして掌へ。しかも、ただ流せばいいというものではありませんの。どこへ、どれくらいの量を流すのか。魔法の種類によってそれを細かく操る必要がありますわ」
「なるほど……」
なんとなく分かってきた。
魔力核が魔力を貯めておく場所で、そこから身体中に伸びている道を通して、必要なところへ魔力を運ぶ。そして最後に、身体の外へ出す。
「ですから、詠唱を覚えるのはその後ですわ。まず魔力を身体の外へ出せなければ、どれだけ立派な詠唱をしても何も起こりませんの」
「じゃあ、まずは魔力を出す練習からってことですね」
「その通りですわ」
よし。それなら試してみよう。
僕は右手を前へ出した。
「ぬぬぬぬぬ……!」
全身に力を込める。腹にも力を入れる。右腕にも力を入れる。ついでに歯も食いしばる。
「ぬぉぉぉぉぉ……!」
「…………」
何も起こらない。
魔力どころか、右手からは風一つ出なかった。
「……駄目です」
「ふふっ。当然ですわ」
「当然なんですか!?」
「魔力を感じたこともない人が、いきなり動かせるはずありませんもの。それに、力んでも意味はありませんわ」
「先に言ってくださいよ……」
シーラさんは楽しそうに笑いながら、スープをもう一口飲む。そして器を地面へ置くと、僕の隣へ移動してきた。
「では、手を貸してくださいまし」
「手?」
言われるまま右手を差し出すと、シーラさんがその手を両手で優しく包み込んだ。
「いいですか? 今からわたくしの魔力を、少しだけレイ君の身体へ流しますの」
「そんなことできるんですか?」
「できますわ。ただし、他人の魔力を大量に流すのは危険ですから、本当に少しだけですけれど」
シーラさんの手が、淡く光り始めた。
「力を抜いて。何か違和感があったら、すぐに言ってくださいまし」
「はい」
言われた通り、身体から力を抜く。
すると——。
「……あ」
何かが入ってきた。熱いわけじゃない。冷たいわけでもない。でも確かに、何かがシーラさんの掌から僕の手へ入り込んできたのが分かった。
「これ……」
「それが魔力ですわ」
その不思議な感覚は、指先から掌へ。掌から腕へと、ゆっくり昇ってくる。
「うわ……」
なんだ、これ。
今まで感じたことのない感覚なのに、どこか覚えがある。腕の中を何かが流れている。
やがて肩を通り——胸へ。そこで、感覚が変わった。
「……ここ?」
胸の奥。
心臓の近くで、シーラさんから入ってきた何かが、ぐるりと回り込んだような感覚がした。
シーラさんが小さく頷く。
「分かりました?」
「はい。なんか……ここに集まったような」
「そこがレイ君の魔力核ですわ」
僕は空いている左手で胸を押さえた。
ここに、魔力がある。
今までまったく分からなかったのに、一度シーラさんの魔力が通ったことで、なんとなくその存在を感じられる。
「……あ」
そうか。
この感覚、何かに似ていると思ったら——血だ。
変な寝方をして、腕を身体の下に敷いたまま寝てしまったとき。目が覚めると腕が痺れていて、しばらくするとじわじわ血が戻ってくる。
あの感覚に少し似ている。
もちろん、まったく同じではない。でも、身体の中にある何かが、道を通って流れていく。そう考えれば、なんとなく想像できる。
「では、一度止めますわね」
シーラさんが手を離すと、淡い光が消えた。
でも——。
さっきまで何も分からなかった魔力の感覚が、ほんの少しだけ身体に残っている気がする。
胸の奥。
ここが魔力核。
さっきシーラさんの魔力が通った道も、なんとなくだけど分かる。
「……やってみてもいいですか?」
「ええ。まずは先ほどの感覚を思い出しながら、自分の魔力を動かしてみてくださいまし」
「はい」
僕は右手を前に出した。今度は、シーラさんの力を借りずに、自分の魔力だけでやってみる。
さっきみたいに力むんじゃない。
血を流すように。
胸から肩へ。肩から腕へ。腕から掌へ。
頭の中で、さっき魔力が通った道を思い浮かべる。
そして、胸の奥にある魔力を——流す。
「…………っ」
何かが動いた。
「え?」
シーラさんの目が見開かれる。
分かる。さっきと同じ感覚だ。
今度はシーラさんの魔力じゃない。僕の魔力が、胸の奥から腕へ向かって流れている。
できた。
これが僕の魔力——!
「レイ君、ちょっと待って——」
「いける!」
そのまま一気に掌へ流し込む。
次の瞬間。
バンッ!!
「うわぁっ!?」
目の前で何かが弾けた。
衝撃で手に持っていたスープが勢いよく跳ね上がり——。
ベチャッ!
「あっっっつぅぅぅぅぅぅい!!」
顔面に直撃した。
「レ、レイ君!?」
「熱っ! 熱い! スープ熱い!!」
慌てて顔を拭う。
一瞬の沈黙。
そして——。
「ぶっ……!」
ドガルさんが吹き出した。
「わっはっはっはっはっ!!」
「右に同じくだ! わっはっはっはっはっ!」
「笑わないでくださいよ!!」
「だ、だってレイ殿! いきなり顔面でスープを食べる奴がどこにおりますか!」
「右に同じくだ! 新しい食事方法ですな!」
「普通に失敗しただけですよ!」
シーラさんも口元を押さえている。
「シーラさんまで笑ってるじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい……。でも……ふふっ」
「もう!」
恥ずかしい。せっかく成功したと思ったのに。
ところがシーラさんは笑いを収めると、驚いたように僕の右手を見た。
「でも……レイ君」
「はい?」
「本当に驚きましたわ。たった一度感覚を教えただけで、もう魔力を放出できるなんて」
「……そんなに凄いんですか?」
「もちろんですわ。普通は自分の魔力を感じ取るだけでも、何日もかかることがありますもの」
「おお……」
ということは。僕、魔法の才能があるのか?
少し嬉しくなる。
「まあ、威力の調整はダメダメですがな!」
「右に同じくだ!」
「それは自分でも分かってます!」
三人がまた笑う。
でも、なるほど。今の僕は、魔力を出すこと自体には成功した。ただし——出力がおかしかった。
水道で例えるなら、蛇口をいきなり全開にしたようなものだ。
「……でも」
僕は自分の掌を見つめる。
これが自由に操れるようになれば、シーラさんがさっきやっていたように、水を空中に浮かせたり、形を変えたりすることもできるのかもしれない。
僕の《AddWater》で大量の水を作る。そして魔力で、その水を自由に操る。
もしそれができたら——。
できることが、一気に増える。
「まずは放出する量を一定に保つ練習ですわね」
「はい!」
僕はもう一度、胸の奥にある魔力核を意識した。
さっきよりも、ほんの少しだけ分かる。そこに何かがあると。
そこから全身へ、目には見えない道が伸びている。
今度はもっと慎重に。
さっきは一気に出しすぎた。なら、次は少しずつ魔力を流せばいい。
プログラムだって、最初から思い通りに動いたことなんてほとんどない。
失敗して、原因を探して、直して、また試す。
それを繰り返して、ようやく動く。
魔法だって、きっと同じだ。
まずは——顔面にスープをぶちまけないくらいの出力調整から始めよう。
「よし……」
胸の奥にある魔力核へ意識を集中する。
その瞬間だった。
「……あれ?」
急に身体が重くなった。
いや、重いなんてもんじゃない。全身から一気に力が抜けていく。
さっきまで何ともなかったのに、腕を持ち上げることすら面倒なくらい身体がだるい。頭もぼんやりして、視界まで少しずつ霞み始めた。
「レイ君?」
シーラさんの声が聞こえる。
「どうしましたの?」
「いや……なんか……身体が……」
立ち上がろうとした。
けれど、足に力が入らない。
「うわっ……」
ぐらりと身体が傾く。
「レイ君!」
倒れる寸前、シーラさんが慌てて僕の身体を支えてくれた。
「ちょ、ちょっと……待って……。これ……」
この感じ。
身体から力が抜けて、意識まで遠くなっていく。
そこで、ふと思い出した。
そういえばゲームとか異世界ものだと。
魔力を使い切る。
身体が動かなくなる。
そして——。
ぶっ倒れる。
「……魔力切れ……?」
「ええ!? レイ君、もう魔力を使い切りましたの!?」
シーラさんが驚いた声を上げる。
…………もう?
その言葉が胸に刺さった。
いや、待ってほしい。
僕が今日やったことを思い返してみる。
魔力を感じた。
掌から放出した。
スープを顔面にぶちまけた。
以上。
「…………」
シーラさんは結界を張って、炎を出して、水を出して、風も使って、岩まで操って。それでも普通に夕食を食べている。
それに対して僕は——。
一回。
たった一回。しかもそれは魔法ですらない。
「僕……魔力……雑魚すぎない……?」
「今はそんなこと気にしてる場合ではありませんわ!」
「レイ殿! しっかりしてくだせぇ!」
「右に同じくだ! しっかりするんじゃ、レイ殿!」
「いや……だって……一回……」
もう目を開けているのもつらい。
意識が急速に遠のいていく。
これから魔法を覚えて。
強くなって。
いろんな魔法を使えるようになって——。
そんなことを考えていたのに。
「一回って……」
そこで僕の意識は途切れた。
こうして、僕の記念すべき魔法修行一日目は——。
たった一回の魔力放出で終了した。




