83話 A11
リベンは復讐に代わる新たな指針を得たのはいいが、あまりに俗な理由ではないかと気になっていた。プロのケンラン選手になれば彼女が複数いても別に変じゃないからそれを求めるなんてのは低俗な理由に思えた。
もしも神がいるのなら、そんな理由の者を勝たせようとするだろうか?神はそんな都合まで気にしていないのか?結局のところ、最後の最後は運であると考えているが、早い段階で神頼みをする人とできることはできることは全て尽くして残りを運に任せる人であれば、後者の方が勝率が高いように思う。そしてそこには神に好かれそうな高尚な理由があるかどうかは関係ないように思える。
高尚な理由を考えてみると、剣の道を究めるためとか、人を喜ばせるためとか、そられもまた自己満足のもので、本当に高尚なのか分からなくなってきた。金を稼ぐためとか、モテるためとか、それらは俗っぽく見える。これらは人に好かれる理由かどうかの差であり、低俗な理由でも公には高尚な理由を挙げておけな良いのではないかと考えた。
そんなことを考えながら気晴らしに夜の寮内を歩いているとシュロンに会い、共同談話室で話をすることになった。給茶機でお椀にお茶を入れて、向かい合って座った。給茶機の茶葉が新しくなったようでいつもより香り高かった。
「個室の方が落ち着くけど、ベンには彼女がいるし、どちらかの部屋という訳には行かないね」
「そりゃそうだ」
「やっぱり雰囲気が少し変わったかな?何か重荷から解き放たれたみたいだ」
「分かるのか」
「何となくだけどね。クロに言われて確かに言われてみればと気づいた。まあ、無理に詮索する気はないよ。あたしたちが気にしていたことが解決したのならそれで十分」
シュロンは手振りと態度で本当に気にしていないという様子を示した。
「とにかくこれで心置きなくプロを目指せるようになったかな?詐欺まがいな契約には気を付けるんだよ。一足先にプロに勧誘とか言って焦ってる人の心に付け込もうとするから」
「詐欺ねえ…気をつけるけどユリブラン学園の影響力は業界で特別大きいとはいかないまでもそれなりにあるはず。わざわざ俺たちを狙うだろうか?まあ狂ってたらあるか…」
「狂ってなくて冷静でもありうるよ。くさむらのむこうのくにという絵本の話は知ってる?」
「いや…そんなのあったか?聞いたことないな」
「あたしたちの国の絵本じゃなくて、この国の絵本なんだ」
「なんだ、じゃあ知らなくても無理ないな」
「見た方が早いか。ちょっと待ってて」
シュロンはウィンドウを宙に出して何か操作し、指で弾いてリベンの前にウィンドウを飛ばして見せた。そこには絵本が載っていた。
「短いからすぐ読めるよ。読んでみなよ」
「ああ…」
くさむらのむこうのくに
むかしむかし、あるところにアリの王国が草むらを挟んで向かい合ってありました。それぞれにアリの女王様がいて、草むらの向こうの国が草むらの手前の国をわが物にしようと狙っていました。
しかし相手の国がどんな様子なのか草むらでお互いによく見えません。草むらの向こうの国の女王様は、ミキキというアリに草むらを超えて行って見聞きしてくるように言いました。さらに攻め込むのが楽になるように、攻め込まれた方がいいと思わせるよう命じました。
そしてミキキは草むらの手前の国へやってきて、アリたちの様子を伺いました。ある程度調べたらアリたちは仲間のフリをしてこう言います。
「草むらの向こうの国が攻めてきたら、今の女王様をやっつけてくれる。そうしたら僕たちは新しい女王様のもとでもっと暮らしやすくなる!」
そう言い続けていると、段々とミキキの周りには「その通りだ!」と同じ考えのアリが集まっていきました。ミキキはその声を沢山聞き、上手くいったとほくそ笑むのでした。
それからしばらくして、ミキキは草むらの向こうの国へ戻って報告します。
「かの国は私たちが攻め込むことを望むアリが沢山います。あまり邪魔されずに国を手に入れられることでしょう」
それを聞いた女王様は考えます。違う話も耳にしたからです。周囲からはこう噂されます。
「あの国へ攻め込めば強く邪魔される。攻めるのは難しい」
言っていることがまるっきり反対です。しかし、あの国へ実際に行って見聞きして来たミキキの言うことの方が正しく聞こえます。
女王様はミキキの言うことを信じます。誰が言っているか分からないことよりも、自分の目で見て確かめて来たミキキの方が正しいはずです。
こうして草むらの向こうの国の女王様は兵士を引き連れて草むらの手前の国へと攻め込みました。ミキキの話ではあまり邪魔されずに国を手に入れられるはずです。
しかし実際には強く邪魔されて全然進めないではありませんか。そこから長きに渡る戦いの末、女王様は多くの兵を失い、ボロボロになって逃げ帰ったのでした。ほどなくして、草むらの向こうの国は力尽き滅びました。
おしまい
「ふーん、示唆的だね。一般的には割に合わないと思われていることでも実際に行われることの説明がつく」
「そう。必ずしもトチ狂っているとは限らない。誤った情報で合理的な判断をすることもある。まあ、実際の国はここまで単純な情報システムでは無いだろうけどね。でも小さい会社ならありうる」
「成程。油断しないよう気を付けるよ」
シュロンはウィンドウを手元に戻して閉じた。
「子供向けの絵本も読むんだ。意外だな」
「絵本の話を知っていることを前提として書かれた物語もあるからね。例えば、皆さんおなじみの鬼を倒すメンバーの動物たちという具合に動物が出て来て、知らないとなぜ唐突に動物が?と思うこともある。でも絵本でその話に慣れ親しんだ人にはすんなりと受け入れられる。そういうことがあるんだよ」
「ふーん」
雑談で場も和んだところで本題に入った。
「シロちゃんがプロ選手になりたい理由は何?」
「前に話してなかったっけ?競技性ケンランの試合を見て選手に憧れたから」
「それは目指したきっかけだろ?練習を頑張れる理由というか、苦しいけどこの目標のためなら頑張れるみたいな何かは?」
「そうだな…あたしは勝負するのが好き、勝つのが好き、ケンラン選手ならその好きなことを活かせる。それを実現したいから頑張れる」
「意地悪な言い方になるけど、それは頑張っても勝てないと思うような事態になったら、もう頑張れないということ?」
「まあそうなるね。ただ、剣術も相手との読み合いも好きだし、負けても楽しかったと思えることがある。だから完全に諦めることは無いと思う。それでも不調が不調を招くサイクルに入る危険性は確かにある」
シュロンは気に留めない様子で冷静に分析した。むしろ、会話に付き合って疑問を投げかけてくれて助かっているようだった。
「後は…結果を出せば自由にできるからかな。あたしのやり方で結果を出せているのなら、ああしろこうしろとあまり口出しされない。だから頑張れる」
「結構俗っぽい理由だな。俺も俗っぽい理由でこれでいいのかと思ってたから少し安心した」
「1位のキーチノ先輩だって、自分の属する流派の活躍を見せたいという俗な理由なんだ。1位でそれなんだから皆そんなもんだよ。4位のルシフェ先輩なんて富と名声を得たいという分かりやすい理由だ」
「それなら良かった」
「ベンはあれかな?彼女いっぱいでも大丈夫なように、なんて」
「大体合ってる。正確には今の彼女2人でもまあ、プロ選手だし…で済むようにみたいな」
「あ、ホントに。へえー、まあいいんじゃない?」
シュロンは少し驚いたが、他人のやり方にあまり口出しする気はないようだった。自分のペースで読める読書が好きで、試合では自分の仕掛けた罠に誘いこむのを好み、何より口出しされるのを嫌う。人にも口出ししない。
「でもさっき言ったように、普通に考えて手を出さないだろうと思っても、その人の持つ情報からは合理的で手を出すことがある。守り切れないほど多くの恋人を抱えないことを勧めるよ」
「ああ、そうだな。さてと…。ありがとう。シロちゃんのおかげで自信がついた」
「こちらこそ。あたしも自分を見つめ直すことが出来て良かったよ。彼女持ちになって前みたいに気楽にとはいかないだろうけど、これからも楽しい会話ができる友達でいたい」
「俺もだ」
シュロンはそれを聞いて嬉しそうに微笑んで頷いた。
「それからまた順位をかけて挑むだろう。その時はよろしく」
「それは楽しみだ」
その後、2人はお椀を片付け、再会を疑わない雑な別れの挨拶をしてそれぞれ男子寮と女子寮へと別れて自室へと帰って行った。それはとても心地よい友人関係で、復讐で失わなくて良かったと思えるものだった。




