82話 E24
それから少ししてメランドは鞄を持って戻って来て、鍵をリベンに渡した。
「じゃあ行ってくる」
「ああ、気をつけて」
メランドは両腕を広げてハグをせがみ、リベンはそれに対応してハグをした。そして両者とも安心と落ち着きを得て、メランドは料理部が活動している調理室へと向かった。パーリラが学園の調理室から出てくるのを待ち、出て来た後は2人で学園を出て、近くの喫茶店に入って向かい合って座り、紅茶を飲んだ。
「こうして2人きりで話すのは久しぶりだね」
「そうね。あの時はリベンを止めようと必死だったから余計なことを考えずに出来たけど、今はどんな風に話せばいいのか迷うわ」
「そう身構えないで。ただ、彼抜きで今後の相談をしたくて。女子会ってやつよ、リラックス~」
「そういうあんたも緊張してない?」
「この程度ならいい緊張感だよ。これ以上解れそうにないし、もう本題に入ろう」
メランドはカップを傾けてお茶を一口飲んでソーサリーにカチャリと置き、話を切り出した。
「パーリラ、あなたは今の私たち3人の関係をどう思う?」
「どうって…なぜそんなことを聞くのかしら?」
「嫌なら嫌と言って欲しいから。私の我儘でこの関係にしたようなものだけど無理に我慢させたくない」
「嫌だと言ったら別れてくれる?」
「…まずは不満を解消できないか検証して、それでもだめだったら考える」
「そう…。リベンはどう思ってるの?」
「彼に合わせて押し殺すことはないよ」
「そう言うってことは、あいつはこのままがいいってことね」
メランドは他に言い方はあったのに、気づきかねない言い方をしてしまった事に罪悪感を感じた。他にも思いついただろうに無意識でやってしまったのではないかと自省した。
「最初は驚いたし、私じゃあんたに魅力で負けてしまうからいずれ捨てられると思ったわ。でもどちらが上とかじゃないと知って安心できたの。今では別にいいかなと思っているわ」
「別にいい…?本当に?」
「知らないうちに浮気されるくらいなら、あらかじめ知っている人がもう一人の彼女の方が心の余裕が持てるわ」
パーリラは動じていない様子ですらすらと答えていた。
「何だか昔のあなたよりも自信があって落ち着いて見える」
「まあ、色々な経験をしたし、何より彼に求められて満たされたから…呪いが解けたみたい」
パーリラは穏やかに微笑み、その表情でメランドに心配要らないと伝えた。
「彼は2人とも好きで大事にしたいと言っていた。でも彼女2人なんて普通じゃないことで、本当にいいのか迷っていた。私はいいと思うけど、あなたが嫌なら考え直しそうな様子だったよ。それでも本当にいいの?」
「あんたの方こそ独占したくならないの?」
「私は…一緒にいたい時はあっても、四六時中一緒だったらきついかなと。パーリラの彼への想いと比べて軽くてごめんね」
「その方が私は助かるからいいわ。でも…」
自分が自由に動ける今ならいいが、身ごもって動きが鈍れば側にいて守って欲しいと思うものではないかとパーリラは考えた。しかし、それは今すぐには無い話で、将来あるとも限らないため、今言うことはないと考えて止まった。
「でも?」
「いや、ずっとそうとは限らないから気が変わらないといいなと思っだけよ」
「変わらないと思うけど絶対はないからね。でも黙って奪い取るような真似はしない、約束する」
「約束だからね」
2人は目を見つめ合って小さく頷き、ふぅと息を吐いて緊張を解いた。
「…まあ普通は複数の彼女は変。だけど競技性ケンラン選手ならそんなものだと思うわ」
「そうだね。いい音楽作れるミュージシャンが普通の人な訳ないと思うのと同じような感じ」
「特に競技性ケンラン選手は個性の強さが求められるわ。この学園の決闘制度は優等生タイプを出す仕組みじゃない。強ければ我儘が通る環境で個性の強い選手を生み出す環境よ。上位陣の我の強さはまさにその成果。だから私はリベンの彼女となることは普通とは違うものだと覚悟できているわ」
「成程。それを受けれていたから私の提案に乗ったんだね」
「あんたはいいの?私もあいつも競技性選手志望、苦労すると思うわ」
「苦労か…でも好きになっちゃったものは仕方ないよ」
「要領のいいあんたなら他でも上手くやれると思うけど」
「ならここでもうまくやれるよ。客観的に見た幸せと、主観的な幸せは違うでしょ?客観的に見て、将来安泰な優等生と付き合うのが幸せに見えても、その人の主観としては不良と付き合うのが幸せかもしれない。ただ、他の幸せを知らないだけかもしれないけどね」
メランドは恋に落ちておかしくなっているような、それにしては冷静なような、よく分からない状態だがとにかくこれが幸せだからいいんだと伝えた。
「…まああんたがそれでいいのなら私はいいけどね。私としても助かるわ。私は家庭がちょっと複雑で、結婚して子供作っても上手く育てられる自信ない。どうやって育てればいいのか分からず虐待してしまうかも。親と良好な関係のあんたがいてくれたらきっと助かるわ」
「あ、そんな先まで考えていたんだ。なんかごめん…。私はまだ全然そんな先を考えて無かった」
「ちょっ…、私だけ恥ずかしいじゃない!あんたは結婚を考えないの?」
「付き合ってみないと分からないし、まだそれを考えるのは早いかなと。まあ、相手がプロ選手なら結婚に都合がいいけど」
そう言ってメランドは紅茶を飲み、笑みがこぼれた。
「…フフッ」
「何よ?」
「ごめんごめん。引っぱたかれることもあるかもと思ってたから、意外と平和に行って安心しちゃった」
「私が変だから上手くいっただけよ」
「そうかもね。でも私も変だよ。2人とも変」
2人はふふっと笑って和やかな雰囲気に包まれた。
「今度2人で街に遊びに行かない?私には似合わない服もあんたには似合いそうで、その逆もあると思うわ。一緒に見られたら楽しいと思う」
「いいね。明日明後日は無理だから…来週の日曜はどう?」
「大丈夫よ」
「やった。それじゃあ…」
2人はその後、集合場所や行く場所、服のブランドの話などをして楽しく過ごした。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね。…正直、どんな態度でいればいいのか分からなくて、でもこうして話せてよかったわ」
「良かった…」
「実は、あんたのことは人に甘えてばかりのずるい女と思っていい印象では無かったわ。昔の私は頼るのは情けないことだと思っていた。多分、受け入れれて変わるのが怖かったんだと思うわ。でも最近、恋に突き動かされて、かっこ悪いとか怖いとか後回しになるくらいになって、頼ることも聞くこともすんなりできるようになったわ。そしてあんたへの印象も変わった。あいつに感謝しなきゃね」
「それはもう伝えたの?」
「まだ。言わないでよね」
「はいはい。自分の口でね」
2人は店を出て途中まで一緒に歩いて、学園前でそれぞれ寮と家に別れて帰って行った。
その少し前、鍵を受け取ってベンチに一人で残って休んでいるリベンに近づいてきた男子生徒が声をかけた。
「よう、久しぶりだな。元気してるか?」
「トレアル…ああ、元気だ。そっちこそ」
「まあぼちぼちだ。10位まで戻って来た。一桁台の一歩手前だ」
トレアルは落ち着き払った様子で答えた。前に9位をかけて決闘した時のような余裕のない感じではなく、落ち着きと余裕を得た雰囲気を纏っている。
「恋人が出来て腑抜けていると聞いた」
「ああ、そうかもしれない」
「が、噂というのはあてにならないからな。実際に戦って確かめるのが早い。お前に順位を賭けた決闘を申し込む」
トレアルは学生証のボタンを押してウィンドウを出した。
「間に8位と9位の2人がいるが?」
「飛ばしては駄目ということも無いだろう。お前だってすっ飛ばしてランキング外から9位を取っただろ」
「まあそうだけど…いいよ、受けよう」
リベンは断れる理由がなく、立ち上がって自分の学生証のボタンも押してウィンドウの受諾を押して「決闘を受ける」と宣言した。
「今すぐやるか?」
「当然」
リベンとトレアルは近くの広場に移動して決闘を行った。互いに以前よりも肩の力が抜けていい勝負をした。リベンは力が適度を通り越して抜けすぎなほど。しかし、それでもまだリベンの方が実力が少し上だった。
結果はリベンの勝利。ウィンドウにのそれぞれの名前の前に表示された7と10という数字は入れ替わることなく終わった。トレアルは体が麻痺して膝をつき、リベンはしゃがんで相手の雪剣をオフにして前に置いた。
「確かに甘い部分が見られたが、俺はまだまだだったな…」
「いや、ギリギリの勝利だった。戦ってくれてありがとう」
「なぜ感謝する?」
「弱体化していて何とかしなきゃなと思っていた。けれどそれは頭の中だけだった。でも順位をかけて戦ってギリギリ勝って心でも理解した。このままではだめだ、今回は勝てたがこのままだと次々追い抜かれてプロになれない。それに気づかせてくれた」
「…負けちまったがやる気をまた出してくれただけ良しとするか。頑張れよ」
「ああ。ありがとう。またやろう」
その後、リベンは部室棟に鞄を取りに行って寮に帰り、パーリラからは直接、メランドからは電話で、2人の話の顛末を聞いた。
そして普通ではないことも認められるプロのケンラン選手になろうと強く思い、復讐に代わる新たな指針となった。高尚な目的ではなく邪な欲望ながらも完全に母の復讐抜きでも生きられるようになったのだった。




