81話 E23
金曜日の部活の時間、リベンとメランドはバードバスの掃除を終えて、ベンチに並んで座って景色を眺めていた。バードバスの揺らめく水面に反射した光が近くの通路の屋根裏に当たり、光の強弱をつけて揺らめいていた。
「私、付き合った後も変わらずこの時間好きだな」
「俺も…」
それから黙って景色を眺め、風が吹いて木の葉の擦れる音や、遠くで人が何かの部活をしている音を聞き、鳥の囀りが時折聞こえる中を、リラックスしてぼんやりと過ごした。
暫くしてリベンが腕を捻って伸びをして、会話を切り出した。
「最近ザーク先輩と話して、あの人はケンラン協会を高く評価してた」
「協会か…まあ…優れた経営手腕だと思うよ」
メランドはあまりこの話を続けたく無さそうな雰囲気だった。しかし、他人ではなく恋人として嫌がられたとしても問題は解決したいと思い、話題を変えずに踏み込んだ。
「ケンラン協会とは何かあるのか?」
「うーん…大したことじゃないけど」
「まさかテナントの賃貸契約を更新して欲しければ息子と結婚しろとか?」
「いやいや、そんなことは無いよ。あの人たちはそんな無理の通る強者という自認はないから。その時の需給関係から高い値段が付いているだけの不安定なものという認識を持って自分たちを戒めているもの」
「ふーん」
彼らは年俸がパン100万個買えるくらいあったからといってその選手にパン100万個に相当する絶対的な価値があるとは考えていない。あくまでその時の環境から成り立つ価格という立場。極端な話、無人島にいて食べるものに困る環境のようになれば成り立たないと分かっている。だがそれを表立って言うことは無い。表向きは引き続きお客様に認めて貰えるように提供していくと言う。
「じゃあなぜ?プロになれたらケンラン協会と関わることもあると思う。知らず知らずにお前を苦しめたくないんだ。教えて欲しい」
「それは…まあ、ダサい理由なんだけどね…」
メランドは押し負けて、少し恥ずかしそうにして話し始めた。
「私が小学生の頃、この国を経済ショックが襲ったことがある。海運と金融の割合が大きいから、世界経済が停滞すればダメージは大きい。私の家もそれなりの不景気には耐えられるようにしていたんだけど、予想以上のショックで受けきれなくて廃業の危機だった。だけどケンラン協会は現金を持っていた」
当時、彼らが普段は債券ラダーで持っていて、償還後に再投資せずにいた現金があった。
「彼らはうちに取引を持ちかけた。言葉は選んでいたけど要約すると…、私たちには現金がある。しかし今すぐ泊まる理由がないため、欲しい商品は宿泊ではない。私たちはこれから5年間定率割引となる権利を買いたい。無論、5年間フルで使ってやっと元が取れる値段では買えない。それでもあなた方が来年潰れるよりも5年先まで生きていてもらう方が得であり、助けたいインセンティブが働く。あなたたちは今すぐの運転資金が必要でしょう?悪い話じゃないはず。…とまあ、そんな感じで割引率や値段交渉の末に契約は成立した」
「そんなことがあったのか…」
ザーク先輩がそんな話を言ってたな。安い時に権利を買うと。その一つがこれか。
「まあその買い物のおかげでお金が入って続けられて今があるのだから助けられたとも言えるけど、弱ってる時に普段は売れないものを安値で買い取られるなんて悔しい…でも商売上手いなあと微妙な気持ち。その安く泊まれる権利や他の会社からも安く買った権利を組み合わせて安いツアーパッケージを作ってケンランを持続させた手腕は見事だと思うけども、敗北感がある…」
「成程。そういうわけか」
「改めて言うと情けない話ね。相手が上手だっただけ。それを弱ってる時になんて言い訳がましいことを…」
「気持ちは分かるよ。一方的に憎むんじゃなくて実力を認めているんだからお前は立派だと思う」
「そんな甘やかさないでよ」
「本当なのに…」
メランドはフッと気を緩めて微笑んだ。
「ふふっ、まあいいや。ありがとう」
すかさず小首を傾げて尋ねた。
「それで本題は?」
「分かるか、流石だな。本題は俺たちとパーリラの3人の関係について。何となくこれでいいかと思っていたけど、やっぱり彼女2人は普通じゃないと気づいた。でも欲を言えば俺は両方と付き合っていたい。2人とも大切にしたいと思っている。問題があるなら解決して、この関係を続けられるようにしたい」
「分かった。でも一人で抱え込まないで。元はと言えば私が割って入ったようなもの。むしろ私が積極的に良好な関係を築かなきゃ」
「無理はするなよ」
「それはお互い様」
2人は目を合わせて黙って頷いた。
「やっぱりちゃんと向き合わないとね。まずは私とパーリラと2人きりで話をするよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫。女同士で話したいから」
「何かあったら言えよ」
「うん。その時は頼るよ」
メランドは普段から甘えるのに慣れている。ちゃんと頼ってくれるだろう。一方でパーリラは抱え込みそうだ。しかし、抱え込みがちだからとパーリラばかり心配するのは不平等かもしれない。難しいな。
メランドは向きを変えて宙にウィンドウを出してパーリラと会って2人きりで話がしたいという旨のメッセージを送り、ウィンドウを消してベンチの背にもたれかかった。そして一呼吸おいて体を起こしてリベンの方に顔を向けて話しかけた。
「でもさ、実はそんな必要ないかもよ」
「どういうことだ?」
「この学園の決闘システムを思い出してみて。ランキングで順位を競い合うだけじゃないでしょ?」
「…ああ、負けた方は勝った方の言うことを聞く」
「そういうこと。もしパーリラがメランドと別れてと言ったとしても決闘で勝てたらという条件を付けて、パーリラを決闘で負かしてしまえばいい」
「それは…流石に…」
「冗談だよ。そんな形だけの関係、本当の恋人とは言えない」
メランドは手を振って無い無いと示して見せた。
「それに、そういうのはレナーサ先輩が嫌って別れるように決闘申し込まれそう。エファヤ先輩ももしかしたら動くかも?」
レナーサ…既にプロ選手の内定を得ているランキング2位の3年生。彼の美学に基づく行動を取る。外からはその判断基準がよく分からない。
エファヤ…同じく既にプロの内定を得ているランキング3位の3年生。彼の信じる教義に基づく行動を取る。独善的な行動も見られる。
「決闘で勝てば思い通り。ランキングが上に行くほど自分の理想を描けるようになる。ここはそういう学園なのだから」
「そうだったな。変な学園だ…」
メランドの学生証に通知が来て、ウィンドウを開いて内容を確認した。
「パーリラからだ。この後いいって。いつ終わるか分からないし、鞄取りに行きたいから部室の鍵貸して。すぐ戻って来て返すから」
「ああ」
リベンは部室の鍵を取り出してメランドに手渡した。
「ありがと。じゃあ待っててね」
メランドはキーホルダーのフックをベルトにかけ、リールを伸ばして試しながら速足で部室の方へと歩いて行った。
そうか、決闘で勝てば思い通りに…。いや、もしそれで恋人であるという関係を維持できたとしても、心はそこにないだろう。そんな関係は虚しい。互いに愛し合っていても身分差で結ばれないから、決闘ルールで負かしたという形を取って結ばれるようにするという例外的なことはともかく。
もしパーリラとパーリラとメランドが決闘すればパーリラが間違いなく勝つ。パーリラがメランドに言うことを聞かせることも可能だ。そして俺がパーリラと決闘して勝てばそれを覆させることも可能。しかしレナーサ先輩やエファヤ先輩がそれは駄目だと俺を決闘で負かして無効どころかマイナスにすることも可能。好きにやりたかったら強くなれということだな。
リベンがメランドを待ってぼんやり眺めていると、そこへ近づいていく生徒がいた。




