80話 D6
休日の寮、ミクロナはシュロンの部屋に来て、2人で本を読んだり駄弁ったりしてのんびり過ごしていた。
「ベンちゃんは彼女2人いるようだね」
「らしいね。不満そうだね。ベンを狙ってた?」
「そういう訳じゃないよ。5歳の頃に夫婦の真似事したおままごとなんて子供のお遊び」
「まあそうだね」
「私が気になるのは彼女が1人ではなく2人ということ。少し前はベンちゃんは消えてしまいそうな雰囲気あったからそれと比べたら今はいいけど、でも二股はなぁ…」
「確かにそこは気になるね」
「でしょ?彼女2人ともこの国の人だから普通なのかなとおもったけどこの国は一夫一妻制じゃん。良くないよ」
「まあそうだけど、ケンラン選手って彼女複数いるのも珍しくないし…。普通ではないけどモテるからそういうことあってもおかしくない。あたしは自分だったら嫌だけど」
シュロンの憧れの選手も恋人が複数人いたが、それで幻滅することはなく、そういうものだと割り切っていた。ただし、これはシュロンがそれを気にしない性格というだけで、普通の感性のミクロナは違った。
「うーん…そうは言っても他人と友人では違って…。まあそのうち慣れるかもしれないか…」
ミクロナはモヤモヤが残りながらも気分転換に新しい本を選ぶのに迷いながら、段々と頭の片隅に追いやっていった。
「迷ってるならアルテミスの新作なんてどう?」
「たまにはいいかもね」
アルテミスはレーベルの略称で正式名称はアルテミス・ボー・ア・ロー。
リベン達の故郷に本社がある出版社のセレネベセア支社が担当するレーベル。単行本のみで雑誌は発行していない。実験部署としての性格が強い支社で、本社から物理的に離れた場所として独特の空気がある。
編集者たちが流行から人気要素と不足部分を推測し、複数の仮説を立て、その仮説に基づく作品を実績のある作家にそれぞれ依頼するというトップダウン式のレーベル。実験への協力ということで原稿料は少し高い。メインターゲットは新鮮なものが読みたいがハズレを引いて時間を無駄にしたくない人。それなりの新鮮さと一定基準は保証された安定感が売り。
例えばある時期に流行しているものを「劇的アイロニーの一種。読者はこの人のすごさを知っている情報強者であるという知的優越感が魅力ではないか?」という仮説に基づき、違うジャンルで不足分を補って求められている魅力と新鮮さを提供しようとする。皆が侮る役者の卵だが才能の塊だと読者は知っている、「カモが来たぜ」と対戦ゲームで思われている人が実は最強なことを読者は知っている、客商売の裏側で飾り気のない言葉を聞いた読者は真の姿を知っている、など様々な形で紡がれる。
あるいは「情報強者であることに疲労感があり、その要素を薄めたものが次に求められるのではないか?」という仮説に基づき、ファンたち皆で謎を解こうというもの、すごい個人単体ではなく関係性の変化を見るもの、客席ではなくその場に臨んでいて一緒に体験するもの、純粋に可愛さや面白さを楽しむもの、など。複数の仮説に基づき、数打てばどれかは大当たりするベンチャー投資のような形を取る。
ケンラン協会とは同じビルで階が一つ下のお隣さんということもあって距離が近く、共同企画の話が立ち上がることもある。シュロンの好きなレーベルの一つ。
「じゃ、これにしよう」
ミクロナは本棚から2人組があらゆる世界を旅する小説を選んだ。真っ直ぐな性格で現地文化とよく衝突する主人公と緩い性格で現地人と上手くやる同行者の旅。旅先で異なる常識を目の当たりにして常識が揺さぶられるザークの好きそうな物語。一般常識に悩むミクロナは何かヒントが無いかと思って手を伸ばし、それを読んだ。
翌々日、夜にリベンが勉強の気分転換に部屋を出て廊下を歩き、玄関前を通りかかると、ちょうどミクロナが外から戻って来ていた。
「あ、クロちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
挨拶をして去って行こうとするとミクロナが止めに入った。
「ちょっと待って」
「ん?」
「まずは…雰囲気が変わって、この前の消えてしまいそうな感じはなくなってそれはよかった。多分、彼女さんたちのおかげだね」
「そうか、そう見えていたか。心配かけたな、もう大丈夫」
「でも二股はどうなのかなって…でもリベンは一桁台で特別だからいいのかな…?」
「う…まあ、良くないのは分かってるけど2人とも大事で…」
リベンは目を背け、気にすることではないのかもと淡い期待をしていたがやはり変なことなのだと理解した。
「いや、私はその、聞いて。ベンちゃんを断罪しようとか、無理に引き離そうとかそういうわけじゃない。私自身よく分からなくなってて…。でも私がどう思っているのか何も言わずにいると友達じゃなくて他人になってしまいそうで…。いや、私の都合で…?」
「落ち着け。むしろ軽蔑せずに友達と思ってくれていることに感謝するくらいだ」
ミクロナは嫌われずむしろ感謝されたことで一安心して落ち着けた。
「まだ頭の中でうまく整理できてない。でもこのままだと誤解されそうだからとにかく聞いて」
「ああ、もちろん」
ミクロナは息を吸って気合を入れて話し始めた。
「私は人が平等というのは嘘だと思うの。それだけじゃない。多くの人がそう思っていると思う。だけど、人間は平等であるという前提で成り立つ法律が有益だから、その嘘、建前、幻想を受け入れているのだと思う。人が平等ということになっているから、例えばいきなり殴られたり連れ去られたり財産を奪われたりはされにくい。そしてそれが起きた場合は問題となって罰せられる。だから人は平等という嘘の世界で生きるけど、本質的には人は不平等だと内心では思う」
成程。真実かどうかは分からないが、とにかくクロちゃんはそう考えていてそれに基づく行動をしているということ。
「だからベンちゃんのようなプロ選手になりうるすごい人には、二股は駄目なんて一般常識を適用して何になるんだろうと虚しく感じるの。でもまずはその幻想を守るために、二股は普通じゃないよと伝えなくちゃと思った。自分でもよく分からないけど、多分、そういうことなんだと思う」
「何となく分かった。断罪したいとかじゃないと言うのはそういうことなんだな」
「良かった…」
ミクロナは一応伝わったことで安心した。モヤモヤは完全に消えたわけではないが、言いたいことを言えてだいぶスッキリした。気が緩んで話を続けた。
「その幻想で確かに財産が守られるというのが結構重要だと思うの。突然でっち上げられた犯罪で財産を没収されるから権力者とパイプを持つことが正解で、法を馬鹿正直に守るのは損だと考えられているという国もある」
「ああ、あるな…俺なら住みたくない」
「でも権力者にすり寄るのが安泰とは限らなくて、突然逮捕されて名ばかりの裁判を受けて刑務所行きもありうる。あれほど忠誠心をアピールしてても邪魔になったら消されるのかとショックを受ければ、財産を持つ富裕層たちは他所に財産を移したくなるはず。そんな時に、予測可能性の高い税率と法の支配が強く及んでいる国があれば、富裕層が財産を移す先として魅力的に映ると思わない?」
「だろうな。まあ判決の結果、そっちの国にもある財産も没収すると言われてちゃんとした裁判じゃないから駄目と突っぱねられるくらい強くないと効果は薄そうだけど。それでも税収は増えそうだ」
「そうだね。それから株や債券はいいとして、土地を買い過ぎて地価が高騰する危険があるかも。そこも気を付けないと」
「そうか。ミクロナは経営コースの生徒だけあってその辺りに詳しいな」
ミクロナは述べたアイディアに対して笑わず付き合ってくれるリベンに対し、きっとこれからも忠告に耳を傾けてくれそうだと感じた。
「ミクロナのような普通の感性の人が友達にいるのは俺にとって大きな財産だよ。際限なくズレていってしまうことを防げると思う。教えてくれてありがとう」
「うん。あっ、念のために言っておくけど、私だったら二股は嫌だよ」
「普通そうだよな。ありがとう」
「…ベンちゃん、頑張ってね」
その後2人はそれぞれ男子寮と女子寮の方に分かれて部屋に帰って行った。
そしてリベンは身勝手だと思いながらも今の恋人たちを失いたくないと考え、普通じゃないことを実現するには特別にならなければと、新たな柱となるモチベーションが固まりつつあった。
今は終盤に入っているので、もう少しで完結の予定です。




