78話 B27
平日夜の寮、リベンは夕食を食べ終えて自室の椅子に腰かけて休息していた。いつもと違うのは、パーリラが部屋に遊びに来てベッドの上に腰掛けていたことだ。雑談をして過ごし、アペソンから聞いたザークの話も耳にした。
「という訳で細かいところを気にするんだってさ」
「へえ。でもザーク先輩の言うことちょっと分かるかも」
多分ザーク先輩は作中に空を飛ぶ魔法が出たとしてもそれ自体は気にしないだろう。先輩が気にするとすれば、飛べる魔法が使えるのに物が積んであって通れないという場面が出れば飛べよと思うことだろう。
「ザーク先輩といえば、先輩の父親が沈没事故に巻き込まれたというのは知っているか?」
「知ってるわ。先輩のお父さんは見つからなくてもう死亡扱いだと」
「でも先輩はどこかで生きていると思っている」
「本人がそう思っていて、それが支えになっているならそれでもいいんじゃないかしら?」
「まあ、そうかもしれない…」
「父親は死んだという現実を見なさいと言うよりもそのままにしておいた方がいいと思うわ」
パーリラは横になって視線をリベンに向けた。
「今は5位で一桁台だからスカウト受けているわ。一桁台から外れてスカウトの話が無くなるのは避けたいはずよ。だから4年生になってランキング戦から抜けるまでは心を乱すようなことは避けたいはずだわ」
「理屈で言えばそうだけど…」
リベンは椅子のひじ掛けに腕を立て、拳の先にこめかみを当てて頭を置き、悩まし気に息を吐き、体を起こして背もたれにもたれかかった。
「でも虚しいと思うんだ。昔の俺みたいに過去に囚われて、もういない人のためだけの人生なんて…」
「だから何とかしたいわけね?」
「まあ、余計なお節介かもしれないが…。もう少し本人から聞かないと分からない。それに、人の生き方を知ることはきっと俺自身のためにもなることで…」
パーリラは体を起こして立ち上がり、リベンの手を掴んだ。頭を起こして彼女の方を見ると穏やかな表情で顔を見ていた。
「あんたの望む通りにしたらいいわ。先輩を怒らせてしまったら私も一緒に謝る。けしかけたのは私だもの。後悔はしないで」
「ああ…ありがとう」
リベンは両腕を伸ばしてパーリラは彼の胸の中に抱かれた。自ら胸の中へ体を倒して身を委ねる彼女によって、リベンは自分の存在を強く肯定されたようで自信がついた。パーリラの方も部屋に入れて貰えて、腕を広げて貰えて、自己肯定感が高まっていった。
後日、リベンは寮の廊下でザークと会う機会があり、共同談話室に行って話をすることができた。テーブルを挟んで席につき、給茶機で淹れたお茶をそれぞれの前に置いて話をした。
「俺は強くなるため、他の人の考え方が知りたいです。剣術だけに限っていては見えてこないものがあると思います」
「そうだね。一つだけでは見えない部分がある。それで?」
ザークは物腰柔らかな様子で優しく聞いた。問題なく穏やかで良好な会話の始まりとなった。
「先輩は劇中人物の背景もよく考えていると聞きました」
「細かいところが気になってしまっていいとは限らないがな」
「困る場面があるんですか?」
「そりゃあるさ。このキャラの価値観でその行動はおかしいと気になってしまうことがある。細かい事は気にするなとか行間を読めとか言われる。そんなガチガチに設定固めても面白いわけじゃないから仕方ないとは分かっているが…細かい部分が気になってしまって、演技に影響が出るのが困りものだ」
「あ、そうか、演技性選手コースだからそういうことあるんですね」
「台本あるタイプのケンランなら演技するから気になるかもしれない。スポンサー都合で台本書き換わるかもしれないし矛盾を気にするときついかもな」
「それは大変そうですね…」
「まあ、人となりや文化を考えるのは楽しくてやめる気はないけどな」
ザークは苦笑いしてお茶を飲んで、ふぅと息を吐いて穏やかな顔で微笑んだ。
「考えること自体が楽しいからですか?」
「それもある。だけど一番は常識を疑い、揺さぶるのは楽しいからだろうな」
「常識…」
「例えばケンランは剣を使うもので、そうでなくてはケンランではないという常識がある。しかし果たしてそうだろうか?」
ザークは携帯をテーブルに置き、宙にウィンドウを出して何か操作した。画面共有がされると試合の映像の一部がループするように流れた。それは雪剣の残光がよく見える一場面だった。
「ケンランでは光る剣とその残光効果による軌跡が魅力となっている。剣の刃渡りが長く光る範囲が広いが、より残光効果を活かすのであれば先端だけ光るのがいいだろう。しかし雪剣の構造上それは不可能だ。そしてもう一つ、先端だけの動きなら剣よりも鎗の方が向いているのではないかということ。では鎗の先端に雪剣と同じ仕組みを付ければいいか?しかしあまりに短い刀身を維持するのは技術的に困難であるということと、当たっても麻痺するだけで大丈夫な雪剣の刀身部分が短いから、当たると大怪我する棒部分に接触してしまうのが問題だ。じゃあそもそも雪剣と同じ刀身にせず、光る仕組みを付けた鎗で、受けても大丈夫な装備を付けて戦えばいい。…と、ここまでくるともうケンランではなくなる。成程、だから剣という常識なのかと納得でき、じゃあ光る槍先と防具付けた別競技もアリなのではと考えられる。このように常識を外から見るのは面白い」
「成程…」
薄々感じていたが、ランキング上位者は賢そうだ。研究者レベルの頭脳でないとしても、ザーク先輩もシロちゃんもフランク先輩も頭の良さを感じる。ルシフェ先輩とは少ししか話してないからよく分からないけど、実はめちゃくちゃ成績がいいということもありうる。強くなるためには頭も鍛えないといけないだろうな。最上位3人は関りがなくて分からない。
それにしても、ザーク先輩が色々考えているのは頭を鍛えようと努力しているわけじゃなく、ただの遊びに過ぎないように感じる。遊んでいれば自然と鍛えられていく、そんな感じだ。そういえばトレーニングの種類によっては俺は楽しんでいてもつまらないけどやらなきゃと思っている人がいて、その逆に俺はつまらないけど人によっては楽しそうにやっていることもある。楽しめるようになればもっと強くなれるかもしれない。
だがそれは一旦置いておいてアイスブレイクはこの辺でいいだろう。本題に入る。
「目標があると頑張れます。そこで強い人たちの目標を知りたいと思うのです。先輩の目標は以前お聞きした、プロになって目立って父親に見つけてもらうことなんですよね?」
「ああ。それで変わりない」
「後で先輩の父親の遭難事故のことを知りました。父親が行方不明とはそういうことだったんですね」
「そうか。言ってなかったか」
和やかに話していた空気から張り詰めた空気に変わり、さっきまでは優しく話していた分、その変化に緊張感がある。
「それを聞いてどう思った?」
「どう…と言いますと?」
「父さんは生きていると思うか?」
ザークは茶碗を持ち、口元が隠れた状態で止まり、目線はリベンに向けて返答を待っていた。
「生存している可能性をゼロとは証明できませんが、客観的に見て生存は難しいかと…思います」
「そうか」
ザークは返答を聞いてお茶を飲まずに置き、椅子にもたれかかった。
「俺も薄々とそう感じているんだ。もう生きていないと。どこかに流れ着いて、記憶を失って生きているなんて都合が良すぎる」
「でも目標は父親に見つけてもらうことなんですよね?信じているんじゃないですか?」
「信じているか…どうなのだろうな。俺は信じているのか、嘘だと分かって受け入れているのか…」
ザークは腕を組んで考え始めた。リベンには彼の言っている意味が分からず混乱したが、考え事の邪魔をしないようにそれを尋ねるのは少し待つことにした。
父親の生存を前提とした目標ではないのか?なのに疑っている?いや、疑うというのも違うような…。どういうことなんだ?




