76話 E22
暫く経ってリーザはメランドから離れて指で涙を拭った。
「ありがとう。私はとても幸せだよ。私の大事な友達のメランドにも幸せになって欲しい」
「私は結構幸せ者だと思うけど…」
「彼氏に遠慮してない?」
「まあ私が彼とパーリラの間に割り込んで行った形で引け目があるし…それでも全部を譲る気はないけど。それに多分リーザは誤解しているよ」
「というと?」
「私は彼のことが好きで一緒にいたいと思う。でも四六時中一緒にいたいわけじゃなくて、彼がいないと生きていけないというわけでもない。例えるなら…普段は各々自分のやることをやってて、でも家に帰ると会える、たまにデートする、甘えたい時に受け入れてくれる…みたいな、そういうのがいいかな。いいとこどりみたいで都合がいいかもしれないけど」
「そういう形もいいと思うよ。気が向いた時だけというのは向こうの都合もあって現実的ではないから、毎回都合よくとはいかないだろうけど。…遠慮しないでと言ったけど、遠慮してと言ってるね。でも前は遠慮しすぎに見えたんだ。そうじゃなくてべったりしないからだと分かって少し安心したよ」
2人は微笑んで肩の力を抜き、腕を伸ばしたり体を捻ったりして凝りを取った。
「多分…今までに誤解を解くチャンスは無かった。私が彼氏を得たことできたこと。あなたとは今まで嘘の世界で生きていた訳だけど、破局せずにこの日を迎えられるようにできたのならそれは悪い事ではなかったと思う」
「嘘の世界で生きるのは普通のことだよ」
「それもそうだね。でもこの友情は本物」
「…フフッ、同性に告白されて気持ち悪がらず友達でいようと言えるから、彼氏とパーリラと3人でやろうなんて言えるんだね」
「いやいや、そこまでは言ってない。2人共彼女になろうとは言ったけど」
「でもできるんじゃない?」
「ノーコメント」
「え~」
2人はクスッと笑って気が緩んだ。そして気軽に話せる。いつもの彼女たちの光景だ。
「メランド、お願いがあるんだけど」
「何?」
「彼氏とキスしてるところ見せてよ」
「なっ…」
「付き合ってるならできるでしょ?」
「いや、でも…。知っているのと見るのとでは違うよ。殺した動物を食べていると知っているのと動物を殺すところを見るのは違うように」
「平気平気」
「…本当に大丈夫なの?」
「期待させ続けるような情けをかけないでよ。完全に恋心と決別したいんだ。首を真綿で絞めないでスパッと一撃でやって」
「…分かった。でも彼が嫌だって言ったらやらない」
「まあそれならしょうがないよね。いいよそれで」
リーザは渋々納得して廊下の方を向いた。
「そろそろ教室に戻ろうか」
「そうだね。お腹空いた」
「何話してたことにする?」
「秘密でいいんじゃない?彼氏持ち同士の密談ってことで」
「よし、それでいこう」
2人は空き教室を出て自分たちの教室へと戻って行った。
その後、リベンの携帯にメッセージが入り、宙にウィンドウを開いて確認した。リーザと話して誤解を解けたこと、付き合っている証明が見たいと言うので放課後に会いたいとのこと。
証明とはキスのことを言っているのだろう。リーザに見せて傷つかないか不安だが、本人が望んでいるということはそれによって吹っ切れようということだろう。もしかしたらメランドは断り切れずにいて俺の口から断ることを期待してなのかもしれない。直接話さないとボディランゲージが無くて分からないが…どうする?
……。少し話しただけだがリーザから受けた印象としては彼女は強い人だ。望み通りにしよう。
リベンは了承の旨の返答を送り、その後のやり取りで待ち合わせ場所を決め、準備を整えた。
そしてトレーニングの授業を終えて着替えた放課後、授業で使われて今は空いている教室にやってきて待っていると、メランドとリーザがやってきた。
「待たせてごめん」
「ごめん。私たちはシャワーがある分遅くなってしまって」
「いいよこれくらい。リーザ、本当にいいんだな?」
「もちろん。そのために来たのだから」
リベンは頷いて覚悟を決めてメランドを見た。
「準備はいいか?」
「一応。でも改めて言われると恥ずかしい…」
メランドは鞄を机に置き、リベンと互いに近づいて目を合わせた。目を逸らした先にはリーザが胸の下で右手で左腕を掴んで緊張しながら2人の様子を見ていた。
リベンが右手でメランドの頬に触れると彼女は目線を相手に戻し、目を閉じて唇を突き出した。そして2人は顔を近づけて唇を重ね合わせた。リベンは手を相手の頬から頭の後ろへと回し、左腕を相手の背中に回して引き寄せた。メランドの豊かな胸がリベンの固い胸に押し当てられ、背中に回した固い腕は柔らかく張りのある体に沈みながらも適度に反発し、吸い付くようにぴったりとくっついた。
「んっ…」
メランドは腕をリベンの背中に回し、徐々にリベンに体を委ねるように力を抜いて行き、自然でリラックスした密着状態を作っていった。それは自分が認められ、相手に受け入れられていることを言葉よりも明確に脳の奥深くまで届けるものだった。初めは柔らかく意識の集中した唇から自然と触れている上半身へと意識が広がっていった。
リベンが体を緩めて離れて唇から離すと、メランドは体を前に出して再び唇を重ね、強く抱きしめて胸いっぱいに感じようと続け、一旦満足して腕を緩め、唇を離して体からも離れた。その顔は赤くほてり、目はとろんとして、幸福感に包まれていた。そして目の奥には更なる欲を覗かせていた。
「とても良かったよメランド。リーザ、これでいいか?」
リーザは我に返り、肩を揺らしてずれていた鞄の紐をかけ直した。
「あっ…ありがとう。よく分かったよ。これで完全に淡い恋心から解放された気分」
「リーザ…」
「それじゃ私はお先に。お二人は続きをどうぞ。私はちょっと一人にさせて。また明日」
「…うん、また明日」
リーザは一抹の寂しさを感じながらもスッキリとした顔をして帰って行った。階段を下りて完全に階が別れたところでふらついて壁にもたれかかるも、息を大きく吸ってまた歩き出した。
「それじゃ俺たちも帰るか」
「うん…」
メランドは一応頷いたが何か言いたげだった。
「どうした?」
「私、あなたといると落ち着いて、一緒にいたくて…それはドキドキじゃなくて、その真逆で、そう思ってたけど、見るのと自分がやるのとじゃ全然違って、この前は私が一方的にだったけど、今回はあなたから求められて全然違って、その…」
「…?」
彼女には珍しく発する言葉がとりとめのない様子だ。
「つまり、その…スイッチが入ってしまったみたい。胸の高鳴りは静かに強く続いていて体の熱は引く様子がない。もっと全身で、もっと深くまで、あなたの身も心も感じたい」
メランドは熱っぽい視線をリベンに向け、両手を祈るように組んで腕で胸を挟み、距離を詰めて懇願した。
「だめ?」
「…恥ずかしながら、俺も同じような気持ちだ」
「やった!」
「でも場所を変えよう。制服も着替えたい」
「今は我慢か…分かった。一度帰って着替えてくる」
そうして学園前駅で待ち合わせることにしてそれぞれ寮と家に帰った。リベンは寮の浴場に行って汗を流して普段着に着替えて待ち合わせ場所に行き、少し待っているとメランドが急いでやって来た。彼女もまた飾り気のない普段着で、早く会いたくて服を選ぶ時間が惜しいようだった。2人はしかるべき建物へ移動し、部屋の中で改めてキスをしてその先へと進んだ。
その後、建物を出て街灯に照らされた夜の帰り道を途中まで一緒に腕を組んで歩いた。リベンの二の腕にはメランドの胸が押し当てられていた。
「私、相手がいないと生きていけないとか、相手のことでずっと頭がいっぱいとかじゃないと、恋とは言えなくて恋人になっちゃいけないと思ってた。それくらいじゃないと想いが弱いから駄目だと思ってた。でも各々が自立していて、お互いに必須というわけじゃないけど一緒に過ごしたいという程度でもいいんだね」
「ああ。そんなの珍しくない」
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
分かれ道で腕を離して向かい合った。
「じゃあまた明日」
「また明日」
2人は再会の約束を別れの言葉としてそれぞれの帰路へと就いた。復讐というかつての心の支えを失っているリベンにとって彼女たちに受け入れられ、愛されているということは救いであり、彼の新たな支えの基礎となっていくのだった。




