75話 E21
「…分かった。本当に恐れているのか分からないが、あいつを支えよう」
「うん。ありがとう」
リーザは顔を上げ、嬉しいような寂しいような微笑みを向けた。
「ふう、すっきりした。これで彼女を諦められそう」
「諦めずに想い続けていたのか」
「多分だけどね。心のどこかで諦めきれてなかったんだと思う。メランドは告白はされることはあってもその相手と付き合わなかった。それを見て私は心のどこかでまだ私にもチャンスがあるんじゃないかと思ってたのかもしれない。だけど彼氏できたし任せられたし、もう大丈夫」
もう大丈夫、か…。本当にそれで諦めきれたのだろうか。すぐに別れるかもと思って諦めがつかないこともあるんじゃないだろうか。それに噂とは印象がだいぶ違うな。多くの男と付き合っては別れてを繰り返してきた人だ。人を弄んでいて友情に篤いのは印象とは違う。だが騙しているようには見えない。こんな恥ずかしい話を打ち明けているし本心だと思う。なぜ男とは長続きしなかったのかというと本当に好きな相手がいるからというのは一応筋が通るか…。
リベンが訝しんでいるとリーザは大丈夫という説得力を持たせようと話を続けた。
「これまでどうやって彼女への想いを消そうとしたと思う?」
「うーん…距離を取った?」
「そうだね。と言っても顔を合わせなくなったわけじゃなく、時間が減ったという形。ある時、私は男に告白されて恋人になるのを了承した。その人のことが好きというわけじゃなかったけど、一緒に過ごしてれば好きになって行くかもしれないし、彼氏と過ごす時間が増えてメランドと過ごす時間が減ることで彼女への想いは思い出にできるかもと思ったから。最初の間は忘れられていたけど、慣れてきたら段々と彼女への想いを思い出して来てしまった。最終的にその男とは別れた。そして次の男と付き合い、次々と付き合っては別れてを繰り返していった」
成程…。そういうことなら友情に篤いというのも納得いく。そして自分が囚われているものから抜け出そうともがいている。そういう意味ではかつての俺に近いものを感じる。
「きっと、メランドへの想いを忘れさせてくれる恋人を求めていた。でもメランドを完全に諦められなかったからおかしいんだ。元カレたちに申し訳ないことしたな」
「まあ、それでも気づけたのだから良かったじゃないか」
「そうかもね。じゃ、伝えたいことは全部伝えたし、おしまい。はいはい、鍵閉めるから出て行って」
リーザはパンパンと手を叩いて急かし、リベンを外に出してから自分も出て鍵を閉め、2人で部室棟を出た。
「じゃ、メランドをよろしくね」
「ああ」
最後にもう一押ししてリーザは正門方面へと歩いて行った。リベンは緊張を解いて息を吐き、一人ゆっくりと考えながら寮へと帰って行った。
翌朝、リベンが教室に向かって廊下を歩いているとメランドに声をかけられた。
「おはよう。昨日はリーザと何話したの?私の弱いところでも言ってた?」
「いや、そんなんじゃないよ」
「本当?怪しいなあ」
メランドはニヤリと笑いながら小首を傾げて距離を詰め、からかうように尋ねた。
「リーザとはどういう関係なんだ?」
「聞いてないの?高等部一年の時からずっと友達だよ」
「友達か…」
「不思議に思うこと?あ、性格が全然違うのに仲良くできるのかと思った?できるよ」
「そうか」
リベンの反応からハズレと感じ取り、次の可能性を尋ねた。
「仲良しエピソードでも聞いて嫉妬した?私の方がメランドと仲いいんだよとリーザがアピールしたりして。もしかしてまだ…」
「まだ?」
「あっ、えっと…」
メランドは真剣な顔で考え込み、リベンの目をじっと見て口を開いた。
「…まあリベンになら言ってもいいかな。安全のために念のため。でも絶対誰にも言わないでね」
「ああ」
「ここじゃ何だし、外で話そう」
そう言って校舎裏の人気のない場所に出て、近づいて小声で話し始めた。
「2年くらい前、私はリーザに告白された。つまりは恋人になろうという提案を受けたということ。最初はびっくりして声が出なかった。私にとってリーザは友達で、思ってもなかったことでどうすればいいのか分からなくなったから」
メランドは話しながらリベンの様子を伺い、驚いてない様子を見て少し引っかかったが話を続けた。
「私は断った。でもそれで友達じゃなくなってしまうのは嫌だったから恋人にはなれないけど友達のままいようと言った。あの時の彼女の悲しそうな顔をよく覚えている。あの顔はもう見たくない。彼女が思い出さないようにそれ以降告白のことには触れないようにした」
リーザは告白について、大したことじゃないから無かったように扱われたと思っていたようだが、これを聞く限りすれ違いがあるな。
「いや、そんな真っ当な理由じゃないかも。私はリーザにもその周囲の人たちにも嫌われるのが怖かったからというのもあったと思う。家業についても、なまじ従業員と仲が良いから私が社長になったら嫌われるけど必要な行動が取れないんじゃないかと不安に思うことがある」
「パーリラに嫌われそうなことはしていたけど…」
「あれは嫌われてもいいと思えるくらいあなたを手放したくなかったから。こんなこと言うの恥ずかしい…」
メランドは頬を赤らめて目を逸らした。
「そうか、嬉しいよ。ありがとう」
「ばか」
リベンを軽く小突いて笑い、明るい表情に戻った。
「しかし、リーザの告白を忘れて無かったんだな」
「ん?リベンが知ってるということはつまり…」
「察しがいいな。あいつから告白のことを聞いた。そして全然言及されないから、その程度のことなのかと落ち込んでいた」
「そんな!私そんなつもりじゃ…」
あの話は他人に喋ることじゃないと思う。このまま時間が経てば風化して解決するかもしれない。しかし両者の話を聞いたからにはすれ違ったままにしたくないと思う。いや、心が囚われている状態から自由になりたいという想いに共感したのだろう。俺も同じだったから。
「そんなつもりじゃないと、今の話を聞いた俺は分かった」
メランドはその言い回しでリベンの言わんとすることが分かった。その話をリーザに聞かせてあげて誤解を解きなよと暗に言っている。
「本当に大丈夫かな?今更蒸し返して…」
「あいつが縁のない俺に話したんだ。もう取り巻く環境が変わったってことじゃないか?」
「…そうだね。うん、ありがとう。頑張って伝える」
リベンは頷き、2人はそれぞれの教室へと移動した。そしてメランドは教室でリーザと昼休みに2人きりで話す約束を取り付けた。
そして昼休み、昼食前にメランドとリーザは友達たちに先食べててと伝えて教室を出て行った。
「どうしたのかな?」
「人の彼氏にちょっかいかけるなと問い詰めに行ったとか?」
「2人も3人も変わらないでしょ」
「合意済みの2人と、そこで浮気は全然違うよ」
セレネベセアでは合意を得て複数人と付き合うのは普通ではないが一応理解はされる。合意を得ずに浮気することは契約や約束を破ることで全然違う。
「流石に無いか。何でもいいから食べよう」
「そだね」
メランドとリーザは空き教室に入って部屋の隅で小声で話し始めた。
「ごめんリーザ。リベンから聞いたんだ。私はあなたからの告白のことをもう話題にしないことが互いのためだと思ってた。あなたに辛いことを思い出して欲しくなかったし、私は嫌われたくなかった。でもそれでずっと傷つけていた。気づかなくてごめんなさい。あの告白を忘れてなんかいないよ」
「あの男、話しちゃったか…。まあそれを全く期待して無かったわけではないけど…」
リーザは目と口を閉じ、強く鼻息を吐いて強く吸い、覚悟を決めて目を開いた。
「ごめんなさい。そもそも私が告白しなければ何も問題は起きなかった」
「その場合でも苦しむでしょ?恋人にはなれないけど、大切な友達が苦しむのは私は嫌。だからリーザは悪くない。きっと大きな勇気が必要だったよね。想いを教えてくれてありがとう」
「メランド…。…あれ?」
リーザの目から涙が流れ、手で顔を覆った。メランドは優しく胸に抱いて背中にそっと手を当てた。その触れ合いに確かな愛を感じられた。少女たちの悲しいすれ違いは終わりを迎え、新たな一歩を踏み出せたのだった。




