74話 E20
パーリラとメランドの性格が全然違うように人の性格には個人差があり、何人だから必ずしもこういう性格だとは言えないが、セレネベセア人の一般的な国民性というものはある。この国で発展してきた海運も金融も自分の手の届かない部分を他人に委ねるものであり、その影響で契約や約束を重視する傾向がある。加えて知らない人同士を結び付けられるように制度や法に頼る。
また中流層が厚く、上流層のように自力で財産を守れる力は無く、下流層のように没収されるような大した財産が無いわけでもないため、自らの財産を守るために法に頼り法を守る傾向がある。独立時に特定の派閥が強くなりすぎないように主な派閥と縁のない王族を外国から招いて立憲君主制にして権威と権力を分けて突出した強者を出さないという経緯もあってその傾向は強い。
基本的に制度や法で制御する傾向にある。逆に枷がなくても信用できる人は高く評価され、恋愛面では束縛や疑うことは好まれない。あくまで好まれないだけで束縛が強い人もいるし、良くないと思っていても疑う人もいる。同時に浮気に関しては信用を裏切る行為としてとても厳しい目で見られる。そして背徳的な魅力も増している。
リベンは教室に入り、自席に着いて口元に手を当てて欠伸をしてぼんやりと考えた。
リーザ…噂では多くの男と付き合って別れてを繰り返しているという。男をよく知り、喜ばせ方をよく理解しており、そのアタックから逃れられる男はそういないという。人のやり方にとやかく言うつもりはないが、なぜ関係が長続きしないのか気になる。今は彼氏いるのだろうか?まあ、何事も無ければいいが…。
その後、朝のホームルーム、授業、トレーニングと一日が過ぎていった。授業時はぼんやりとしていて、トレーニング時には動きにキレが無くなっていた。復讐という目的を失ったことで気が抜けていた。しかしそれを知らない人たちからは、恋人ができて気が緩んでいる程度にしか思われておらずカモフラージュできていた。
このままでは順位が落ちる可能性も出て来た。一桁台から落ちればプロ選手から遠のく。そうなると、裏の目的である復讐が無くなった以上、表の目的であるプロ選手になって道場の宣伝になるという目的が果たせなくなってしまう。
焦りは禁物だ。できることや人と関わることをやっていき、このためになら本気で頑張れるというものを見つけ出していこう。まずは放課後にリーザと話す。その後も人と積極的に関わってヒントを探し出す。
放課後、リベンは体操着から制服に着替えて教室で待っているとリーザがやってきた。彼女の案内で部室棟に行き、映画鑑賞部の部室の前に来た。彼女は鞄から部室の鍵を出して開け、扉を開いて中に入ってリベンを招き入れると鍵を閉めた。部活の日ではないため部室には誰もおらず、小さな机の上には布に覆われた何か機械があり、その周囲に手前の半円の範囲にクッションを乗せた椅子が無造作に置いてあった。
「適当なところに座って」
リーザはリベンが近くの椅子に腰を掛けるのを確認すると、斜め前の壁際に立ったままもたれかかって腕組みをして胸を支えた。
「それで話というのは?」
「まず確認を兼ねて私たちセレネベセア人の告白文化の説明からいい?」
「ああ、別にいいけど…?」
「ここでは好きな人に自分の想いを伝え、想いが受け入れられたら恋人となる。一緒に過ごしていたらいつの間にか恋人になっていたという形じゃない。友達と恋人の間には明確な線引きがある。ここまでいい?」
リーザは右手を離して小さく揺らして尋ねた。
「ああ、そうらしいな。デートは告白して恋人になってからとか」
「そう。とはいっても2人で遊びにいく実質デートでも付き合う前だからデート呼びはしないということもあるけどね。ここで重要なのは友達か恋人かを明確に分けること」
右手の人差し指だけを残して畳み、腕を動かして手前と奥、リベンから見て右と左を交互に指示した。
「少し乱暴だけど2人で遊びに行っても友達と思っているならデートじゃないし、恋人と思っていればデートになる。でもキスやそれ以上のことは違う。恋人にならなきゃできない」
「ふむ」
「友達か恋人かが明確に線引きされているということは、告白にはリスクが伴う。つまり、告白して想いを伝えて断られればもう友達ではいられなくなるかもしれない。そんな目で見られていたなんて気持ち悪いと。もっと踏み込んで恋人になろうとせずに友達で我慢していれば失わずに済むかもしれない。そういう判断もある。だから告白はとても勇気のいる行為なの」
「成程…」
恋人にしたいと宣言するということは、キスやそれ以上のことをしたい対象として見ていると宣言しているに等しい。明確に線引きがあり、友達として安心している相手に突然そう見られていると宣言されるなら、ぞっとするかもしれない。
「以上のことを頭に入れた上でメランドの話がしたい。あの子はあなたに遠慮していない?」
「遠慮…なのかな。遠慮なのかあれくらいの距離感が好きなのかよく分かってないんだ。あいつはそんな依存するタイプでもないし」
ここで遠慮するくらいなら最初からパーリラに遠慮して身を引いていると思う。しかしあの場は勢いに任せて遠慮せずに出来てしまった可能性も無くはない。
「そう…。でももしかしたら私のせいなんじゃないかって思って…」
「どういうことだ?」
リーザは目を閉じて深呼吸をし、気合を入れて目を開けた。表情は固く、恐怖と緊張の入り混じった顔をしていた。
「…私がメランドと会ったのはこの学園の高等部に入学した時。あの子は明るくて接しやすくてすぐに仲良くなれた。ううん、仲良くなんてぬるいものじゃない。私はメランドを相手に恋に落ちたんだ。それを自覚するのは半年くらい経ってからだったけどね。女同士なんて変だと分かってる。気持ち悪がられるかもしれない。でも好きな気持ちが抑えきれなくなって、ある日彼女に私の想いを告白した。結果は…察しは付いていると思うけど、駄目だったよ。フられた」
無事に話し始めることができ、溜息をついて緊張の色が少し解けていった。それでも本当に話しても大丈夫かという恐怖は少し残っていて引きつった表情をしていた。
「それでも友達でいようと言ってくれた。気持ち悪いと避けられてしまうんじゃないかと思っていたから、救われた気持ちだった。でも半信半疑だった。ああは言っても、やっぱり意識して引かれてしまうのだと覚悟はしていた。でもその翌朝、学校で会うと本当に普通に友達として接してくれた。誰にも告白のことは言ってなくて、その後もずっと何事もなく仲良しの友達として過ごすことができた。そう、まるで最初から何も無かったかのように…」
安堵の声と同時に自嘲気味な声が混じっていった、
「そうして過ごしていると段々と苦しくなっていった。なぜか分かる?」
「えっ…フられたから?」
「ちょっと違うね。正解は、私の告白そのものが無かったことにされたような気持ちになったから。あの時、私は勇気を振り絞って心の奥にしまっていた気持ちを伝えたんだよ?それなのにまるで何も無かったみたいに…。メランドにとってはその程度のことだったの…?いや、きっとこれは彼女の優しさ。もう口も利いてくれなくなったら苦しんでただろうし、友達を続けてくれても苦しんでいる。そもそも告白なんかしなければこんな苦しい思いをしなくて済んだ。悪いのは私…」
リーザはハッと我に返って両手でパシッと頬を叩いてリベンに近づいた。
「ごめん、話が逸れてしまったね。とにかく、私はメランドに告白してメランドは私をフった。彼女が遠慮するのは私をフったことが原因かもしれない…だから私のせい」
「お前にとっては大きな出来事だったのに、相手からしたら大したことじゃなかったんだと思ったんじゃなかったか?」
「表層的にはそう。でも意識の深くで忘れられないトラウマのようなものになっていることはあるかも。もし誰にも言わずに心の奥にしまいこんでいるならありえない話じゃない。それなのに私があれは気にしないでと言って思い出させてしまえばきっと彼女を傷つけてしまう。だから君にお願い。リードして彼女を安心させてあげて」
リーザは頭を下げて頼み込んだ。普段関りの無い人、それも自分の好きな人の彼氏に対してそれを行うほどの本気があった。




