73話 E19
リベンの復讐の問題は解決したが、新たな問題に直面していた復讐に代わる新しい人生の指針が無ければ、頑張ることができない。苦しいことにもこれも復讐のため、亡き母のためと踏ん張ることができたが今後はそれが出来なくなる。彼自身それを理解していて、復讐を捨てることに恐怖を感じていた。勇気づけられて変わることはできたが、まだ次の心の支えとなる指針、目標というものがはっきりしていない。それを見つけ出すことが彼の当面の目的となり、日々の出来事からそのヒントを探していた。
前日に遡り、部活の時間。リベンとメランドはバードバスの掃除と水替えを終えた後、今日は部活棟の屋上に来た。灰色の空の下、砂埃を払った段差部分に腰を下ろし、霧のかかった裏山の方を向いて話をした。風が吹いていて近くの木や旗は揺らめいている。
「俺を止めてくれて感謝している。代わりに大きな爆弾を抱えたことになったけど」
「あれは私もちょっと大人げなかったかな…」
メランドは俯いて手を組み、溜息を吐いた。その後、体を動かすように腕を大きく広げて上を向いて強く息を吸って気合を入れた。
「でもパーリラに譲って身を引くなんて気はないよ」
「そんなに俺を好いてくれていたのか。気づかなくてす…」
メランドは人差し指をリベンの口に当てて止めた。
「好きなのか今でもよく分からない。恋焦がれるのなら胸がドキドキして落ち着かないものだと思う。でも代わりに安らぎがある。多分私のあなたへの想いの強さはパーリラよりも弱い。それでも私はあなたと離れたくない。恋人にならないとそれは叶わなかったから」
「彼女でもないのに一緒に過ごしていたら駄目だからか。まあ一緒にはいられなくなってたかもな」
「もっと時間があれば段階を経ていけたかもしれないけど、取り巻く環境が変わったからにはそれに合わせなきゃいけなかった。時間が無いなんてよくあることだよ」
「成程…」
思い通りに行かないことに腹を立てる様子はなく、世の中はそういうものだと受け入れている様子だ。だが全て流れに任せるわけでもなく自分の意志を通す時は通す。不思議な人だ。
「それにしても勇気があってすごいな。俺とは今までのままの関係ではいられなくなるかもしれないし、パーリラとだって元から仲は良くないだろうけど険悪になるかもしれない。その変化は怖くないのか?」
「怖くないわけではないよ」
「勇気が上回る勇敢な奴ってことだな」
「それもちょっと違うかな」
「どういうことだ?」
「…うちのバイトに本職は投機家の人がいるんだけどね」
投機家…売買時の値段の差額から利益を得る人たち。投資家とは明確な区別はないが、成長性などを考えて売買するのではなく値動きに反応して売買する。市場の流動性を支える役割がある。一般的な安く買って高く売るだけではなく、高く売って安く買い戻す方法を選ぶこともある。借りた株や証券を売って買い戻して返却する空売りによってそれを可能とする。
「その人はいくつかの条件をどれか満たしていれば空売りをするんだけど、一つも条件を満たさない日は売るものが無いということで逆に買いから入るんだよ。いつもは売りから入っていて稼いでいる、つまり買いで入ったら損失になるということ。なのにいつもと真逆の行動を取らないといけない日もあるんだって。怖いと思わない?」
「いつもなら損失が出る行動を自ら選ぶのか。確かにそれは怖いな」
「その人も変えるのは怖いと言っていた。でもできると言っていた。なぜだと思う?」
「それは勇敢だから…では無さそうだな、話の流れからすると。ではなぜだ?…分からない」
「変化した環境の中で自分が変わらないままの方が怖いと考えているからだってさ。いつもは自転車で走って上手くいっているとするね。大雨が降っている時にいつもと同じように走れば転んで怪我、下手すれば死ぬかもしれない。大きな雹が降っている時にいつも通りの服装では怪我や死の恐れがある。そういった恐怖の中にいるそうだよ」
「成程。そう考えるのか」
「そう。その話を聞いてからは私も変化した環境の中でそのままでいる方が怖いと考えられた。だから、勇敢なわけじゃなくて臆病なんだよ」
「そうか…。それでも勇敢というのも間違ってないと思う。環境の変化を考えないようにせずに向き合えることも、自分を変えようとすることも勇気があるから。臆病さと勇敢さの両方があるんだと思う」
「そうなのかもね。ありがと」
メランドは褒められて素直に喜んだ。
「俺が頑張れる一番の理由がなくなった以上、変わらなければな。勇気を奮い立たせるだけじゃなくて、取り囲む環境に目を向けて恐怖するのでもいいと知ったし、やってみる」
「頑張ってね。いつでも力になるよ」
「ありがとう。頼ってばかりで悪いな。いつか恩返しするから待っててくれ」
「あは、楽しみ。でも私にとっては気の合う人と一緒に過ごせるのが助けられているようなものだからそう重く考えないでね」
「そんな…いや、分かった。そうしよう」
リベンは両手を後ろについて体を支えて空と山を眺めた。雄大な山と大きな空をぼんやりと見ていると頭がスッキリとして楽になっていった。
「私この間、パーリラと話したんだけど、一応はそれなりに友好的な関係になれたとおもうけど、まだぎこちないというか…。まあ私が割り込んで行ったのだからあんまり刺激しない方がいいと思って中々踏み込めなくて…」
「そうか。俺が率先してやらないとな…。俺もそろそろ落ち着いてきたからそろそろ動ける。俺がなんとかするよ」
「それじゃあお願いするね」
「任せろ。ああそうだ。お前に言われてやったという形だと傷つけかねないから俺に一任してくれないか?」
「そうだね。任せるよ」
メランドは迷うことなく信頼しきった様子で即答した。仮に失敗してもフォローできる自信はあった。
「それじゃ、そろそろ帰るね。元気そうなの確認できたし、頼み事も済んだし」
「ああ」
2人は立ち上がり、部室の鍵を開けて預けていた鞄を持って再び部屋を施錠して部室棟を出て行った。
「じゃあまた来週」
「ああ、またね」
学園内の道の途中で寮方面と正門方面に別れた。互いに小さく手を振って別れの挨拶とした。元気に笑い、しかし少しだけ寂しそうな顔で去っていった。
うーん…あいつとの距離感が掴みかねない。これまでと変わってないように見え、より恋人らしい振る舞いを求めているようにも見えない。だが果たしてそのままでいいのかどうか。今のは別れ際にキスをするべきだったか?往来では恥ずかしがって嫌がられるか?
そもそもどういう振る舞いをすべきかと考えているのが駄目か?自然に体が動くようでなくては愛しているとは言えないのか?恋人ならこうするべきという行動は義務感であって、愛情が足りていないのではないかと。それとも難しく考えすぎなのだろうか。兄らしく振舞わなければと考える時でも妹や弟への兄弟愛はある。恋人らしくと考えるのだって同じこと。
自分がどうしたいかだけでなく相手がどうして欲しいかも考えないとだしな。色々考えてたら分からなくなってきた。一度頭の片隅に置いて、少し寝かせておこう。何か考えが浮かぶかもしれない。
そして休みが明け、次の月曜日の授業と授業の間の休憩時間にリベンが廊下に出ると隣のクラスから出て来た女子生徒に声をかけられた。
「リベン・クース君」
「ん?」
「君と話したいことがあるんだ。放課後に会えないかな?」
「空いているけどトレーニングの授業の後になる。お前は寮生?」
「ううん。私はアパートから通ってる。だから悪いけどちょっと待ってもらうことになるけど…」
寮生じゃないということはトレーニングの授業がある日はシャワーを浴びて着替えてから家に帰るので少し待つことになる。
「いいよ、分かった。ところで名前を聞いてもいいか?」
「私はリーザ。リーザ・リッチリバー。メランドの友達。高等部の頃からずっと友達」
リーザは立場を自他に言い聞かせるように、やや不自然に宣言した。
彼女は一体何を考えているのか。
次はお盆で休みます。続きは再来週となります。




