70話 B24
「でも?」
「俺にとって復讐は生きる指針だった。練習が嫌になっても復讐のためだと続けることができたし、面倒なことや気の進まないことも復讐のためだと思ってやってこれた。それを失えば俺は頑張れなくなり、何もできなくなるんじゃないかと思うと変わるのが怖い。俺はランキングからすぐに転げ落ちて、何もかもを失うかもしれないのが怖い。情けないことを言ったな」
「まずは聞かせてくれてありがとう。そんな弱気なこと中々言えないよね」
メランドはリベンの手をとって両手で挟んだ。小さく柔らかな手に挟まれ、その感触から安心感が伝わってきた。
「大丈夫だよ。代わりに新しいものが見つかるよ。築いてきたものだって簡単には消えない。きっかけは何だっていいとよく言うじゃない。きっかけから変わったって大丈夫。恐くない、私がついてる」
「私も!」
「ありがとう…」
リベンは火が灯るように勇気がじわりと湧いて来て視界が晴れて来た。
「…決めた。復讐はもう止める。母さんには悪いけど俺は嫌なんだ。遺言で頼まれたことは果たせない。でも殺人未遂だから出頭しなきゃな」
「事前に止めたから未遂の更に未遂よ。必要ないわ」
「そんな真面目にならなくていいよ」
「そんなんでいいのか?」
「あなたと離れたくないという私情が入っているのは認めるけど、警察のリソースをもう安全なあなたに使うのは市民としても得とは言えないかな…。だからいいよ」
リベンはいいのか迷っていたが厚意に甘えることにした。
「…分かった」
リベンは力を抜いて壁にもたれかかり、パーリラとメランドも安心して肩の力を抜いた。
「ごめんメランド。説得あんたに頼りっぱなしだったわ。下手に喋って悪化させちゃいけないと思って…。ほとんどあんたのおかげね」
「パーリラが初動を止めなければその機会すらなかった。あなたの方が功労者だよ」
互いにお疲れ様ムードでクスっと笑ってその話は曖昧なまま終えた。本気でどちらがより功労者か決めたいわけではなく、お互いに相手を認めたかっただけで、それは果たされたからだ。
少ししてリベンが壁から体を起こすとパーリラが声をかけた。
「それで…リベン、答えを聞かせてくれるかしら?」
「だから復讐はやめると…」
「そっちじゃなくて…その…」
パーリラは恥ずかしそうに顔を背けながらも目線はリベンに向けて反応を伺った
「他に何か聞かれたの?」
「何かあったかな…色々聞いてて吹っ飛んでしまって」
「ああもう、もう一度言うわ。あんたのことが好き!」
「ありがとう。もう後ろめたさが無いとは言い切れないけど前よりずっと素直に受け入れられる。2人のおかげだ。本当にありがとう」
「……」
パーリラは視線を落として黙って聞いていたが、それだけ?と顔を上げてリベンの顔を伺った。
「…私に全部言わせる気?」
「すまん。どういうことだ?」
リベンはどういうことか分からず、パーリラは恥ずかしそうにしていた。メランドは察しがついたが様子を伺うことにした。
「私と付き合って欲しいわ!私の恋人になって!」
「えっ、でもまだデートもしてないのに…?」
「え?」
「え?」
リベンとパーリラは互いに発言の意図が分からず、メランドは状況を理解してパンと手を叩いて注目を集めた。もう完全に事件は終わって緩んだ空気だ。
「文化が違うから分かってないね。パーリラ、告白して恋人になってからデートというのはセレネベセアでは常識。だけどその常識が通じない外国の方が多いんだよ」
「えっ、そうなの?」
「何でリベンのことを色々調べててそこを知らないの。リベンの故郷ではデートを何度かしてお互いを知ってから恋人になるというのがスタンダードなんじゃない?」
「ああ。こっちでは違ったのか…それなら納得」
リベンと同郷であるシュロンやミクロナも同様で、知らない人から愛の告白をされて驚いたことがある。
「全員がそうじゃないけどね。その中間みたいな、デート中に告白して恋人になるというのもあるし、2人で過ごしてお互いを良く知ってから告白して恋人になるというのもある」
「ん?じゃあ俺と2人で出かけたのはデートじゃなかったのか?」
「2人で遊びにいったということ。でも実質デートみたいなものだと思っていいよ」
「そうだったのか…」
リベンの故郷では仲良くしていくうちに自然と恋仲と見られるのが普通で、告白によって恋人か友人かをはっきりさせるという習慣がない。その常識が通じないと考えると、パーリラの行動に合点がいった。
「郷に入っては郷に従えか…。儀式を経て立場を明確にするのは快適そうだな。受け入れてお前の彼氏になる」
「いいの?本当に私のこと好き?」
「俺は色んな人に救われたけど、お前の存在が一番大きかった。好意を抱いて当然だ」
「嬉しい…」
パーリラがほっと安心しているところをメランドは面白く無さそうな様子で見ていた。そしてちょっとからかうアイディアを思いついた。
「恋人成立の儀式はまだ終わってないよ」
「何か証明になることするのか?」
「分かってるじゃん。抱き合ってキスするんだよ」
「えっ…まあ、そうね。普通するわ」
「人が見てる前か…少し恥ずかしいが…」
「ひゃっ」
リベンはパーリラに近づいて腕を背に回して抱き寄せた。パーリラは赤らんだ顔を少し上げて目を閉じ、唇を少し突き出して来るのを待った。そこへリベンが唇を重ねて口づけをした。前回の不意打ちのものと違い、準備をしたキス。お互い突き出して意識の集中した唇には感触が強く感じられ、精神的な繋がりも強く感じられた
リベンが顔を離して回した腕を戻すと、支えがなくなったパーリラは興奮と快感、そして安心感で立っていられなくなって地面にぺたんと座り込んだ。ぽやっとした幸福感で頬が緩んでいた。
「いいもの見れたよ。でも実は別に証人が必要と言う訳ではないよ」
「そうなのか。先に聞きたかったな、恥ずかしかったから」
「ごめんねメランド、あんただって彼のこと好きだろうに」
パーリラは満たされ、自信の無さから大きく見せようとして、調子に乗って煽ってしまった。
「私はまだ好きなのか分からない。デートを重ねて確かめようとしてたところ。でもそう言われたら、ね?」
メランドはリベンに歩み寄って首に腕を回して引き寄せてキスをした。パーリラから見える角度で煽られた仕返しをするように。
「なっ…」
パーリラは立ち上がって止めようとしたが腰が抜けて力が入らず届かない手を伸ばして力尽いて地につき、2人のやり取りを見ているしかできなかった。
メランドは腕を離して顔を離し、リベンの胸に抱き着いた。体に吸い付くような気持のいい柔らかな感触と漂う甘い香りがリベンを揺さぶった。
「私とも恋人になってよ」
「それは…そんなこといいのか?」
「ケンラン選手は恋人が沢山いたり、正妻と内縁の妻がいて実質一夫多妻制なのは普通のことだよ。フランク先輩なんて彼女いっぱいいるけどうまくいってるじゃん」
「いや、でも…」
リベンがパーリラに目線を移そうとするとメランドは締め付けて気を引いて妨げた。
「ケンラン業界で一般常識は通用しない。あの業界じゃそれくらい欲が強くないと埋もれてしまう。私はあなたに上手くいってほしい。パーリラもあなたの成功を望んでると思うよ、ね?」
「…お前にも沢山世話になって好意はある。俺の心が死なずに済んでいたのはお前と過ごす時間があったからだろう。でもあいつがいいと言うか…」
「あとはパーリラ次第ってことだね。じゃあ…」
メランドはリベンから腕を離してパーリラの方へ近づいてしゃがんで視線を合わせた。見下ろすのではなく、同じ高さにした。
「ねえパーリラ、どちらがリベンの彼女になるかで争って50%の確率で彼女の地位を失って彼に近づくことができなくなるのと100%彼女の地位を失わずに済むのとどっちがいい?趣味の合う私は負ける気しないからあなたが失う確率はもっと高いと思うよ」
「うっ…煽ったりして悪かったわよ…関係を認めるからもう許して」
「ごめん、やりすぎた。もう許してあげる」
メランドは立ち上がってリベンに近づき、耳元で囁いた。
「パーリラの時みたいなお互い準備万端な状態でのキスがしたいけど、見せつけるのかわいそうだし今度の楽しみにとっておくね」
「あ、ああ…」
「人は不確実で損失が出るかもしれない大きな利益より確実な小さな利益を好むものだよ。あまりに小利じゃ暮らせないから選ばないけどね。パーリラは自己評価が低いから特に効果的」
「容赦ないな」
「あなたじゃなきゃここまでしないよ」
メランドは離れて悪戯っぽい笑みを浮かべ、鞄を持ち上げて肩にかけた。
「家の用事があるから私もう行くね」
「忙しいところすまなかった」
「大丈夫大丈夫、学校の用事で遅れることもあるって分かっているから。じゃあまたね」
「ありがとう、助かったわ」
パーリラは力が戻って来て立ち上がりお礼を述べた。メランドは頷いて扉の鍵を開けて部屋を出て行った。
「私たちも帰りましょう」
「ああ」
2人も部屋を出て寮への帰路に就いた。
今日だけでも彼女たちに多くのものを貰った。貰ってばかりだ。少しずつでも返していきたい。
復讐に関する部分は区切りがつきましたが、話自体はもう少し続きます。




