69話 E18
「成程。川に行った時の問いに答えてはなかったけど、予想できてしまったか」
パーリラが扉を開けてメランドが部屋の中に入り、扉を再び閉めて鍵をかけた。
「もしかしたらと思ったけど確信は無かったよ。とにもかくにも止められて良かった。ありがとうパーリラ」
メランドは下校中に急いで戻って来たので汗をかいており、リベンの顔を見て一安心して息を吐いた。
「メランドにリベンの話を聞いた後、話した代わりに何かあったら知らせることを条件に出されたわ。あなたの母のことも知らない。でもこれから話すことになるわ」
「駄目と言える雰囲気じゃないな。どうぞ」
リベンは諦め気味に腕を組んで壁にもたれて説明が終わるのを待った。メランドは近くの丸椅子に座って鞄からミニうちわを出して、首元を開いて仰いで風を送って冷やしながら話を聞いた。髪が風に揺れ、汗ばみ火照った肌から徐々に汗も赤みも引いていった。
パーリラは好きな相手のことを知るために苦手意識のあるメランドに接触して話を聞き、好きな相手の愚行を止めるために嫌いな母親に頼み込んで学園長室という同じ部屋にいて備えた。強くなること以外の余計なことに時間を使おうとしない彼女が好きな相手のことを一生懸命に調べた。以前の彼女では考えられない変化である。これほどまでに恋が人を変えた。この変化が自信や謙虚さに繋がり、巡り巡ってより強くなれると予感させた。
パーリラは一通り説明を終え、最後にそして現在に至ると結んだ。
「…成程。学園長が復讐対象だったんだ」
メランドは首元の服を正して立ち上がり、リベンに近づいた。
「そして遺言だからやらなきゃならなかったと。今まで大変だったね」
「まるでもう終わったみたいな言い方だな。諦めるとは限らないぞ」
メランドは両腕を広げてリベンの頭を抱えて胸に抱きしめた。リベンは視界を覆う胸に埋まり、後頭部を優しく抑えられ、優しい声色と甘い香りに包まれて、警戒心や抵抗力が急激に減少していった。百の言葉をかけるよりもその触れ合いは効果的だった。それを目の当たりにするパーリラは胸が潰れそうな思いだったが、これもリベンのためだと思い、我慢して無心で様子を眺めていた。
「諦めていないなら私たちを欺くために、同意しておけばいいじゃない?本当は止めたいんでしょ?」
「…どうなのだろうな」
「大丈夫だよ。リベンならできる」
メランドは体を離して両手をでリベンの頬に手を当て、目を真っ直ぐにじっと見て微笑み、そっと手を離して下がった。そして言葉での説得に入った。
「あなたがやりたくないのならやめればいいじゃない。パーリラは親の言うこと聞かずに自分の夢を追っている。言うことを聞かなくても生きていけるという生き証人だよ」
「でも遺言じゃないだろ。重みが違う」
「あの人が遺言で私に競技性選手になるなと言ったとしても私は従わないわ」
「でも…親子仲が悪いからだろ」
リベンは簡単には納得しなかった。メランドはそんな簡単にはいかないと思っていたので気にせず続けた。
「私は家業のホテルやレストランを継ぎたいと思っている。親も私が家業を継ぐことを期待している。親の期待に沿うという意味ではあなたと同じ」
「そうだ。お前は同類だと思っている」
「…私は好きでやっている」
メランドは「あなたと違い」とは言わず、暗にそう言った。同類と思われて心の距離が近い状態をできる限り維持するため、明確に同類ではないと否定することを避けた形だ。
「小さい頃から両親の働くかっこいい姿を見てきて、かわいがってくれた従業員の皆の存在もあって、私もその仕事をやりたいと思ったから。自然に湧き上がるように思えたからできたこと。好きでやっているんだよ。リベンのは好きでやっているように見えない」
「好きでやっているわけじゃない。だけど遺言なんだ。好きかどうかは関係のない特別なものだ」
パーリラは話を聞きながら仲の良い両親と自分の家の違いに少なからずダメージを受けていた。メランドはパーリラを見る余裕なく必死にリベンの態度や発言から真意を考え、ある違和感に気づいた。
「でも…遺言は命令じゃないよ」
「え?」
「遺言を受け取るか拒否するかは受け手次第。従わなくてもいい」
「それは、そうだけど…」
リベンは目を逸らして声が小さくなった。
「もしかしてだけど、リベンはお母さんのことをそんなに好きじゃないんじゃない?」
「人並みに好き…だと思う」
この不思議な返答にパーリラも違和感を感じた。
「多分だけど、リベンは普通の人よりもお母さんのことを好きじゃないよ。それなら合点がいく」
「なっ…」
「断れない違う理由があるんでしょ?怖い人で恐怖が刷り込まれているとか?もう死んでいるから断っても何ともないよ。幽霊となって出てくることもない」
「怖くなんかない。幽霊も信じていない」
「……」
メランドはリベンの態度から嘘をついて無さそうな雰囲気を感じ取った。
「だとするなら…パーリラ、確認するけど、ルベンシュさんは病気で苦しんで自殺したんだよね?」
「調べたらそうらしいけど…リベンに聞いた方が確実じゃないかしら?何で私に?」
「彼には別のことを聞きたいから。リベン、お母さんの自殺にあなたが関わっている?」
「関りか…俺は第一発見者だ。俺が殺したとでも言うのか?」
「いいえ。でも、自分のせいで死んだと思っていない?」
「なにっ?」
予想外の質問にリベンは動揺して声が少し上ずり、パーリラもメランドもその動揺を察知した。
「自分がもっと気を付けていれば自殺することもなかったとか、自分が生まれて来なければとか」
「あ、ああ、そういうことか。自分が気を付けていればと思ったことはある。でもクース家の人たちに励まされて、もうそんなことは思っていない」
「…そうみたいだね」
その言葉に嘘はなく、雰囲気にもそれが現れていてじっと観察していたメランドにも伝わった。
「何となく輪郭が見えて来た。仮説だけど」
「どんな説かしら?」
「リベン、あなたは自分がお母さんの命を奪ったと思っているんじゃない?」
「何を…あれは介錯だ。俺が殺したんじゃない」
「と思いたいんだよね。でも心はそう思っていない」
「え…!」
リベンは自分でも気づいていなかった深部、いや頭の片隅にあったが覆い隠していたことを指摘され、電撃を受けたように衝撃を受けた。
「第一発見者というのは聞いたけど、介錯したというのは初耳。私にはあなたが殺し慣れているようには見えない。もし慣れていて自然にできるならパーリラが異変を察知できなかったと思う。だからあなたは本当にお母さんを殺していないと思う。でも命を奪ったと思ってはいるんじゃない?」
「奪った…?母さんに頼まれて刃物を構えたところに母さんが飛び込んで来たんだ。命を奪ったんじゃなくて背負ったんだ。そして復讐を託された」
反論こそしているが、声には動揺が現れていた。そしてムキになるあまり、彼はずっと誰にも言っていなかったことを口にした。同時にそれは相手に教えれば自分で気づかなかった何かが分かるんじゃないかという期待と信頼から来るものでもあった。
「やっぱり私にはあなたは心の奥では奪った罪悪感を感じているんだと思える。背負ったという思いも確かにあって、それだけを見て罪悪感を消そうとしている」
「もしそうだとしたら何だと言うんだ?」
「背負う責任感ではなく奪った罪悪感が本当の理由…いや、裏の理由なら、命令ではない遺言に責任を感じて従う必要はないと言われても心の奥までは響かない。その表の理由が消えてしまい、罪悪感に苛まれることを恐れて、表の理由をやめることができないのだから。裏の理由にも向き合わないといけない」
「……」
リベンは目を閉じて考えた。確かに責任があるとムキになっていたことや、罪悪感から目を背けていたことに言われて気づいた。だが悪い事ばかりじゃない。目を背けることで苦しみを緩和してこれまで生きて来れたのだとも思った。しかし結局は忘れることも解決することもできずに残り続けていた。
「確かに…そうだ。いくら向こうから死にに来たとはいえ、命を奪ったのは俺だ。心のどこかでそう思っていた。それを消そうとして思考を覆いつくすように託されたのだと考えていた。けど消えてなかったんだな」
「無理に消そうとすることないよ。罪悪感を感じてしまう優しい人ってことだから。ただ、話を聞く限りあなたがやらなくても違う方法で自殺していたと思う。あなたは巻き込まれたのであって、あなたの責任じゃない」
「そうか…そうなのかもな。正直、まだ心の整理が追いついていない。納得できたのか、言いくるめられたと思っているのかはっきりしない。だけど、違う生き方が見えて来た気がする」
「それじゃ…」
「でも…」
リベンは罪悪感の恐怖は収まっていったが、代わりに違う恐怖が湧いてきていた。
シリアスが続いてますが、シリアス分は次話の前半くらいで一区切りの予定です。




