68話 B23
扉が開く音がしてエジンが部屋に戻って来た。そして壁際に驚いた様子で立っているリベンと頬を赤らめて目を潤ませている娘が振り向いてエジンの方を見ていた。
「あら?リベン君、どうしてここに?」
「それは…」
間に合わなかったか…。見つかった時の答え方は…いや想定していたたものと変えないと駄目そうだ。どうするか…。
「私が呼んだのよ。あんたがどう対応するかを見るためにね」
「へえ、テストってわけ。親を試すような真似は気分良くないけど、かわいい顔が見れたから大目に見てあげるわ」
「うるさい!早く答えなさいよね!」
「あなたの部屋じゃないのだから私の許可なく勝手に入れては困るわ。ここには学園の大事なものがあるのだから」
「ちゃんとしてるのね、安心したわ。キリもいいしもう帰るわ。リベン、行くわよ」
「え?ああ…失礼しました」
リベンはパーリラに着いて学園長室から出た。パーリラが助け船を出して出た形だ。
「リベン、話の続きがしたいわ」
「…分かった」
今は分が悪い。仕切り直しするにしてもまず情報を得たい。
リベンは復讐計画続行を捨てずにいたが、さっきのパーリラの大胆な行動に心が揺らいでいた。
その後、パーリラの案内で部室棟に行った。その途中に屋外を通った際には肌に熱気が感じられたが、全館空調で涼しい部室棟に入った途端、体が楽になる。その棟の空き部屋の一つに入ってパーリラは鍵を閉めた。そしてウィンドウを宙に出して何か操作をしてすぐに閉じた。共有モードではないので、相手からはウィンドウが出て何かしたことしか分からない。そして窓の側に立ち、直接ではなくガラスの反射越しにリベンを見ながら、気分を落ち着かせた。
「どうして学園長室にいた?出て来ても良かったのか?」
「いいのよ。私が学園長の仕事を見たいと言って、好きな時に切り上げていいと約束していたから」
「学園長の仕事を?興味あったのか?」
「ただの方便よ。あの人は私を競技性選手ではなく演技性選手への道へ進ませたいと言うけど、お互いにやれ、嫌だでは話が進まないでしょう?だから仕事ぶりを見てこの人が言うなら従おうと思わせれば考えが変わるかもしれない、仕事しているところを見たいと言ったの」
「方便…?じゃあ本当の目的は?」
「嫌な予感がしたから。今日のあんたはいつもと違ったからもしかしたら学園長に危害を加えるのではないかと…」
「顔に出ていたか。分からないようにしていたつもりだったがな」
「あんたのことはいつも見ているから違いがあれば分かるわ」
パーリラは振り向いてリベンと向き合った。
「さっきので伝わったと思うけど…私はあんたのことが好き。一人の女として好きよ。大好きなあんたが不幸になるようなことを放っておけないわ」
「確か前は父親みたいに思っていると言ったが気持ちが変わったということか?」
「実はあの時から嘘…」
「そうか…」
言葉通り受け取ってはいけないと思っていたが、あれは照れ隠しの嘘だったわけか。
「返答を聞かせてくれないかしら。私の想いは迷惑…?」
「迷惑じゃない。だけど単純には喜べない。俺はお前を利用しようと近づき、お前の母親の命を奪おうとしている人間だ。お前に愛されるのは申し訳ない」
「そんな真面目に考えなくても…」
パーリラは若干のかみ合わなさを感じたが、その理由を詰めるのは後に回す事にした。
「すまないが今はそれどころじゃない。俺の復讐、俺の人生がかかっているんだ。お前に聞きたいことがある」
「…まあ、そっちが優先よね。勢い余って私ったら…」
パーリラは深呼吸をして落ち着いた。きっとリベンにとってとても大切なことなのだから集中して聞こうとした。それでも相変わらず恥ずかしくてリベンの目は見れない。
「なぜ俺の母がツーホ・ルベンシュと知っている?」
「私が調べたからよ。前にも言った通り、他の人には言ってないわ」
「戸籍を抹消するほどのことをして隠したわけではないが、この学園で普通に過ごしてたら知りようが無いし、クース家の人たちも俺の正体を隠すのに協力している。どうやって調べた?」
「クース家の道場を調べて、活動記録や門下生の話を調べてそこから知ったわ。外国のことで土地勘が無かったけど、あんたと同郷のシュロン先輩とミクロナ先輩から向こうのことを色々聞いて調べられるようになったの。向こうではどんなサービスを使っていて、どんなことをよく書き記すか、それが分かったことで調べやすくなったわ」
「…本気で調べれば分かることだとは思っていたとはいえ、普通はそこまでしないと思っていた。どうしてわざわざ調べようと思った?」
「それは…」
パーリラは言い淀んでちらりとリベンの顔を見た後、深く息を吐いて強く吸い、手をぎゅっと握って力を入れて答えた。
「好きな人のことをもっと知りたかったからよ。どうすればもっと近づけるか、どうすれば興味持ってもらえるか、そのヒントが知りたかったから!」
「…まさか、それだけの理由で?」
「そうよ!でも人生で一番夢中になってできたことだわ!悪い?」
「いや…でもお前は色恋には興味無くて剣術ばかりかと…」
「そのつもりだったけど、仕方ないじゃない。恋に落ちてしまったんだから!こんなつもりじゃなかったのに…」
「そ、そうなのか…」
そこまで人を変えるものなのか。パーリラに好かれるような特別なことをした覚えはない。でも仲良くしていたらいつの間にか惹かれていくというのはありうる話か。エジンの情報を得るべく利用しようとして仲良くしていたのがそう作用したのかもしれない。やはり申し訳ない。
リベンは不自然なほど相変わらず冷静に分析していた。
「そして調べるうちに私はあんたとルベンシュさんが親子と知ったわ。病気になって自殺したという話もね。お姉ちゃんから学園長とルベンシュさんの間にあった話、それをお姉ちゃんがあんたに話したことも聞いたわ。それで私は、あなたが本当は学園長を殺したいほど憎んでいるんじゃないかと思った。学園から追い出されなければ病気で苦しむこともなく、自殺することも無かったのだろうから。だから、様子の違う今日、念のために学園長室にいた」
「成程…」
リベンは腕を組んで息をゆっくり吐いた。間違いを訂正するか、その勘違いをそのままにして彼女を利用して復讐を続行するか迷った。選べるのはそのどちらか片方だけ。揺らいでいたのもあり、復讐から遠のくが間違いを伝えることにした。
「お前は大きな勘違いをしているよ」
「どういうこと?」
「俺はエジン・ベルウッドに恨みはない。親の仇とも思っていない。俺の母が憎んでいたのは知っている。母がその憎しみを糧に生きてこれたのか、それとも憎むことに夢中で自分を疎かにした生活が祟って病気になったのか、それも分からない。母は元々自分自身は大した価値がなく、作り出すものに価値があると思う人だったから、恨み関係なく病気になっても手遅れになるまで気付かなかっただろうと思っている。だから仇とは思っていない」
「えっ…?恨んでいない…?ならどうして狙うのよ?」
「殺せというのが母の遺言だからだ。もしエジンではなく、娘を殺せと言われていたらお前の命を狙っていただろう。こんなこと聞かされて冷めたか?」
「……」
パーリラは寂しさを感じてリベンに抱き着いた。その言葉に彼自身の意志が見えずとても寂しく感じられ、触れて繋がることで寂しさを癒そうとした。寂しそうな彼を癒すためか、彼の立場になって考えたら自分が寂しくなったからか、その時の彼女には分からなかった。既にキスして抱き着くハードルが下がっていたおかげで体が動けた。
少しの間抱き着いて止まっていたが、気分が安らぎ、ゆっくりと腕を離して後ろに下がった。
「そっちだったか…悔しいけどあいつの予想通り」
「あいつ?」
「憎しみがなくとも遺言ならやると予想した人がいる」
「俺とツーホ・ルベンシュとの関係は誰にも言ってないって…」
「言ってないわ。その話は誰にもしていない」
「ならどうして?」
「それは…」
言いかけたパーリラの学生証に通知が来た。彼女はウィンドウを開いて見た後、部屋の扉の前に歩いて行き、扉を開けて女子生徒を招き入れた。




