66話 B21
海を越えて遠く離れたリベンたちの故郷、街灯が点々と灯る住宅街の中に道場とそれに隣接したクース家の家屋があった。台所のすぐ横にあるリビングのテーブルに、クレアとグレンの姉弟が90度の位置に座って茶菓子を食べながらお茶を飲んでいた。
彼らが飲んでいるのはセレネベセア産の高級茶だ。普通のお茶の倍以上するもので道場の生徒から貰ったものだ。豊かな香りと強い旨味を持つ。リベンたちが学園で普段給茶機で飲むお茶はもっと安いものだが、売店にはこの高級茶も売っている。
「このお茶、どうやって作ってるか答えな」
「ええと…自然環境ではなく、多くのエネルギーを費やして人工的に理想環境で作っているため高価。成長段階によって当てる光の種類や量を変え、与える栄養も調整し、空調によって昼夜で寒暖差を作り、風や熱で適度なストレスをかけ…」
「うるせえー!!」
クレアは張り手でグレンを突き飛ばした。
「退屈な話を聞かされたら不味くなる」
「姉ちゃんが答えろって言ったじゃん!」
「そんな昔のことを引き合いに…」
「3分前のことだろ!」
「今の私にとっては大昔よ」
「へいへい…もう何でもいいよ」
グレンは椅子を動かして前に戻して茶を飲んだ。
「お兄ちゃん、元気にしてるかな…」
「それ100回は聞いた」
「そんなに言ってない!」
「おっと危ない。元気してるよきっと。向こうで選手になって道場を宣伝してくれるんだろ?」
「異国の地で心細いだろうし、それにツーホ叔母さんが昔追い出された学園ということで、息子だとバレたら嫌がらせを受けたり…」
彼らはツーホから先輩の教師に騙されて追い出されたと聞いている。詳しくは知らないがツーホの性格を考えたら何かトラブルが起きたのだろうと冷静に考えていた。彼らが知っているのは、ちょっと変わった人ということだ。
彼らが知るツーホとは、自分自身を大切にしようという気持ちが希薄で、代わりに自分の作り出したものを後世に残したいという価値観の人だ。自分よりも子供が優先というのは生物としてはおかしくないが、ツーホの場合はそれが極端なのだ。
「決闘で大体のことが決まる学園だから嫌がらせしようものなら決闘で打ち負かしてると思うよ。兄ちゃんは強いし」
「この辺りでは強い方だけど、向こうでも通用するのかどうか…」
「まだまだ強い人がいると分かればそれはそれで燃えるものさ。それはそれで元気になる」
クレアは求めていた言葉じゃなかったのか、意に介さず続きを話した。
「仮に息子バレしても親が問題起こしたからといって子は関係ないとされたとしてもだよ?もう一つ問題がある」
「何かあったっけ?」
「叔母さんが死んだ時、お兄ちゃんが叔母さんを殺したのだと怪しまれた」
「でも最終的には自殺だと判断されて兄ちゃんは無実と認められたんだろ?叔母さんは病気で苦しんで死にたがっていたのもあって」
リベンがツーホを刺すところは誰にも見られてない。リベンがツーホに復讐を託されたことは誰にも話していないのでこの姉弟が知る由もない。この2人はツーホが死んでいるのをリベンが発見したと聞いている。そしてその日からリベンの表情が暗くなったことに気づいているが、まさか復讐を託されたとは思いもしていない。身近な人が死んだら悲しいのだから暗くなるのは当然と思い、それ以外の理由は思いもしない。
「自殺のことが知られたら本当は殺したんじゃないのか?と白い目で見られるかもしれない。決闘で勝ったら白い目で見るのやめろなんてできないでしょ?」
「まあ…難しいだろうな。勝ったら話を聞いてもらうとか一緒に遊んで人柄を知ってもらうにしたって、それで信じてくれるとは限らないし、キリがない」
「でしょう?」
「でも姉ちゃんは心配しすぎ。向こうで上手く行ってなかったら連絡あるって。連絡が乏しいってことは、向こうで充実してて俺たちに逃避する意味ないってことだから」
「ううー…それはそれで寂しい…。お兄ちゃんを支えるのは私。ずっとそうだったんだから…」
「兄ちゃんはいずれ家を出る。今も半分出ているようなもの。年末年始くらいは帰って来るだろうけどね。昔の関係はもう終わったんだよ」
「くうぅ…」
クレアは拳を握って顔を伏せ、うめき声を出した。環境が移ろいで行き、自分の在り方の拠り所としていたもの、安定していた特等席を失ったのだ。不安を感じながらも大好きな従兄の邪魔をしたくないとも思い、モヤモヤとした。
「ちょっと打ち込んでくる」
「今から?まあいいけど。行ってらー」
クレアは気晴らしに体を動かすことにした。道場に行き、明かりを一部だけつけて剣を握って打ち込み台を前に次々と斬りつけて発散した。
姉弟はリベンが帰って来ることを疑っていない。一方で道場の宣伝のためにケンラン選手になるという表の理由については半信半疑だ。彼らはリベンが本当に剣や鎗や弓が好きなことを知っている。強い相手とは戦いたくなるということも知っている。だから自分が好きなことを活かせるケンラン選手になることが本当の理由で、道場についてはオマケかもしれないと思っているし、それでもいいと思っている。
彼の母が昔追い出された学園に通うのは、その気まずさで遠慮することないくらい剣術が好きだからだと思われている。剣術が好きなのは嘘ではない。それによって、本当は復讐のためという真の目的は覆い隠され、彼らには気づかれずにいるのだった。
夕方のセレネベセア、ユリブラン学園の寮でパーリラがミクロナを見つけて話しかけた。
「ミクロナ先輩、少しいいですか?」
「えっ、あっ、ベンちゃんと同じクラスの…。大丈夫だけど…」
親しい間柄には普通に話せるミクロナだが、恥ずかしがり屋のためそれ以外の人に話しかけられると緊張してしまう。それが例え後輩だとしても。
「聞きたいことがあります。ここでは話にくいので私の部屋へ」
「あっ、うん。分かった」
ミクロナはパーリラの部屋に行き、テーブルを囲んで座布団に座って話をした。主にパーリラが尋ねて答える形だった。アペソンであれば冗談で緊張を解こうとするが、堅物でそんなに器用ではないパーリラにはそれが出来ず、人見知りなミクロナにもできずどうにも固い雰囲気の会話となった。
それでも互いに徐々に慣れて来てミクロナは途中から平静に喋れるようになっていた。彼女らの話はリベンに関することで、本来は関わることのなかった2人に縁を作った形になる。競技性選手コース志望の1年生と経営コース2年というそもそも関りの薄い立場に、剣に集中してそれ以外はあまりやってこなかったパーリラと、人見知りであまり自分から関わらないミクロナ、普通は関わらない。
「…分かりました。ありがとうございます」
話を終えてミクロナは部屋を出た。パーリラは廊下で見送った後に部屋に戻って扉を閉め、宙にウィンドウを出してリベンのことを調べた。
パーリラはリベンのことをもっと知りたいと思っていた。好きな人のことをもっと知り、より近づきたい、一緒になりたいと思っていた。知りたいとは思ていたが知れたらいいなと思う程度のものだった。
そんな時にシュロンと話す機会があり、リベンのことを聞いてから、知りたいという思いが強くなった。自分が知らないことを知っていると分かると対抗心が湧いて知りたいという気持ちが強くなった。以前にもリベンがメランドと仲良くしているのを見てから対抗心が湧いて彼への好意が強くなったりと、他の人の行動が彼女の行動に繋がっていた。そこには合理性や計画性は無かった。感情に基づく行動。
だがその彼女の理屈ではない行動が流れを変え、運命を変えるのだった。




