65話 C13
「…その後で私は彼女が逆上しないように興味を持った風に装ってその場を去り、彼女の行いを当時の学園長に報告したわ。そしてゴタゴタはあったけど彼女は学園を追放された。一度は理解者になってくれたと思わせて騙したんだと分かり私を強く憎んでいた」
「ルベンシュさんはその後どうしているのですか?」
「実家のある故郷に帰ったわ。その後はどうしているか知らない。病死したと風の噂で聞いたことがあるけど、真偽は分からないわ」
「そうなんですね…」
アペソンにとって半分予想通り、半分予想外だった。本物の魔女ではなく傷害事件を起こして追放されたのだと思っていた部分は合っていたが、自分で直接ではなく間接的に怪我をさせたことと、動機が芸術作品を作るためとは思っていなかった。
「思えば予兆はあった。確かこんなことを言っていたわ。『面白い詩というのはそんな見方があったのかと思わせるものです。人々が目を背ける醜いものの奥底に、こんな美しいものがあるんだと見せる詩もまた面白い詩です。形を整えれば形式的にも内容的にも美しい詩となります』と。彼女の行動指針が現れていたわけね」
「予兆だったと思えるのは結果論ですよ。そのくらいのことで危険人物になったら世界中危険人物だらけです」
「そうね。ちょっと過敏になってるわ…」
エジンはソファにもたれてゆっくりと息を吐いた。
「これでおしまい。このことは他言無用とまでは言わないけど、あまり面白がって言わないでもらえるかしら?怪我人が出ている話だから面白がるのは不謹慎」
「分かりました」
その後、アペソンは話を終えて学園長室から出て寮へと戻った。自室の机の前で忘れないうちに聞いた話を手帳に書き記し、手帳を閉じて引き出しに戻した。
その夜、リベンが部屋で休んでいるとアペソンからツーホ・ルベンシュの話を学園長から聞いたという旨のメッセージが入り、折り返して通話をして話を聞いた。直接話さないとボディランゲージが分からず苦手なリベンであるが、逆に相手からも悟られにくいということと、誰かが聞いている外で話したくないという理由もあった。
「…成程。そういうことだったんですね」
アペソンは手帳を確認しながら正確に伝え、リベンは落ち着いた様子で聞いた。
「生贄を求める魔女という噂になった理由がなんとなくわかったわ」
「あくまで学園長が言ったことです。強く印象に残っていたことがそれで全容とは限りませんよ」
「確かにそうね。それも20年以上も前のことだものね」
「それに作り話だとは思いませんが、学園長の都合の悪いところを喋ってない可能性もあります」
「無いとは限らないけど、この事件にそんな余地あるかな?どうしてそう思ったの?」
アペソンは不思議に思って尋ねた。ただ純粋な疑問で、リベンの言動を怪しんでというものではなかった。しかし電話越しでボディランゲージが不足し、リベンにはその判別がつかなかった。怪しまれたかもと思い、慎重に答えた。
「大したことじゃないですが…パーリラの父親が天才芸術家ということが気になって」
「ああ…芸術繋がり…」
「学園長も芸術に惹かれているんじゃないでしょうか?あるいは芸術家に惹かれているか」
「確かに…でも芸術に惹かれるのは普通のことじゃない?」
「普通のことです。しかし、状況が状況ですから。例えばエジさんがルベンシュ先生とグルだった…とまでいかなくとも、ルベンシュ先生の生き方に惹かれて危ういと思いながらも放置していたとか…」
「まさか…いや、でも…ううん、無いと思いたい」
アペソンは迷いながらも、おそらく無いだろうと思った。エジンは偶に家に来る程度、偶に話す程度で詳しくは知らない。知らない面があっても何ら不思議ではない。しかしそれでも、そこまで悪い人ではないと思っていたし、そう思いたいと考えていた。それでもその生き様に惹かれていたのなら、悪い部分から目を背けていた可能性がある。
「まあ学園長まで出世した人です。素行が怪しければ無理でしょう」
「そうよね。うん、そうだと思うわ」
リベンは本心ではこの学園はそんな厳しいものではないだろうと思っていたが、アペソンが不安なままなのは気の毒に思えたのでそれらしいことを言ってお茶を濁した。
「よく分かりました。貴重なお話ありがとうございました」
「どういたしまして。そろそろ切るわ。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
リベンは通話を終え、人差し指をくいっと曲げて二つ折の携帯をパチンと閉じ、ベッド上部の台に置いて仰向けになって目を閉じた。
やはり母さんの逆恨みだったか。察しはついていたことだ。エジンが自分に都合の悪いことは黙っていて、真相は違う可能性も一応ある。だが、おそらく真相に近いだろう。母さんはそういう人だ。気になっていたことも明らかになり、これで次にどうするかは決まった。
リベンは起き上がってシュロンから借りた本を持って椅子に座って続きを読んだ。サバイバーズギルトに陥っている主人公はどのように救われるのかと期待しながら読んでいた。どこか欠落のある主人公は、その欠落をどう埋めるのかを気にして読んでいた。
そのオチは苦しみから逃れるために罪悪感を取り除くものではなく、罪悪感を失う必要はないということだった。罪悪感を感じられる優しさは立派だから安心して持っていていいというもの。これだけでも救われた気分だ。
自分を責めることと、故人を偲ぶことは別物だと考えること。自分を責めるという形ではなく、別の形で故人を偲ぶことする。後はメランドが言っていたように、忘れたくなくて無理に続けていることを違う形で実現して、呪縛から解放されて前に進めるようになる。止まっていた時間の分出遅れはしたが、それで時は動き出せたというハッピーエンド。時間が戻るような奇跡はなく、失ったものは失ったままで新しく踏み出せたので解釈によってはビターエンドとも言える。
「……」
リベンは本を読み終え、寝る仕度をして眠りに就いた。そして寝ている間に読んだ内容を反芻してより理解が深まった。
一方アペソンはベッドでクッションにもたれかかって座り、イヤホンをしてタブレットで劇を見ていた。気分に応じて見る劇が異なり、今回は新作ではなく昔見た名作の好きな場面をもう一度見る気分だった。それを見終えるとイヤホンを外して横になった。心が大きく動かされ、ツーホ・ルベンシュの話から一旦離れることで動揺が落ち着いて冷静に考えることができた。
舞台の上での演技なら、舞台から降りた時に素に戻れる。しかし、普段から演技をしていると何が素の自分なのか分からなくなる。全て思うがままにすれば、それは人ではなく獣となる。社会的規範を守ることもまた、ある意味演技をしているということ。
ルベンシュさんが芸術を求めて狂っていたのは素だったのか、狂気が無ければ芸術は作れないと演じていたのか。そもそもどちらが素なのか明らかにすることに意味なんて無いかもしれない。きっと大事なのは自分がそれで納得しているかどうか…。私はどうだろうな…。
その後、道具を片付けて考えながら眠りに就いた。
翌日の休み時間、リベンはシュロンの教室を訪れて廊下に出て来た彼女に本を返した。
「読み終えたから返すよ。面白かった、ありがとう」
「どういたしまして。気分を害さなかった?」
「暗い話だけど面白かったよ」
「ならいいけど…またおいでよ。他にも色々本あるから」
「ああ、気が向いたら」
それだけ伝えてリベンはさっさと引き上げ、教室の中から見ていたシュロンの友人たちが彼女のもとに集まって何を話していたか聞いていた。競技性選手コースのクラスの前でランキング6位と7位のやり取りであり、関心を引くものだったのだ。
自分の教室に戻ったリベンは窓から外を眺めて物思いに耽った。
不思議だ。こんな話を聞けば復讐を止めようと考えるのかと思った。迷いが生じると思った。それが怖くて今に至るまで聞かないでいたんだ。でも聞いても何ら変わらなかった。意外で自分でも戸惑っている。メランドに聞かれて中断した答えは今なら言える。たとえ逆恨みだろうと親から復讐を引き継いだからには実行する。命を背負ったのだから。




