64話 C12
帰りのバスの中、メランドは遊び疲れてリベンにもたれかかって眠ってしまった。安心しきった様子で眠っている。リベンは安心と認められていることに少し嬉しさを感じながら、窓の外をぼんやりと眺めて冷静に自分の行動を振り返った。
あの本のことを喋ってしまったのはミスったか…?別に何ともない風にしておけばよかったのに。下手に喋ると勘ぐられる可能性もあった。それなのに話してしまった。気が緩んだか?だが得るものが無かったわけではない。まるで霧に包まれていたようにどうしたいのか分からなくなっていたのが、少しだけ晴れて見えるようになった。次にすることは…。
その後、うとうとしているうちに乗り換え駅に着いてメランドを起こして降り、学園前駅方面のバスに乗り換え、駅に着いた。
「今日は楽しかったよ。ありがとね」
「こちらこそ。いつもありがとう」
「じゃあ、また月曜にね」
「ああ。じゃあな」
2人は駅前で別れ、それぞれ家と寮へと戻って休み、その日はよく眠れた。
翌日の日曜日の夜、リベンが寮内を歩いていると階段を下りてくるアペソンに会った。
「アペソン先輩、こんばんは」
「こんばんは。あ、ちょっと待って」
挨拶をしてそのまま自分の部屋に戻ろうとしたところを止められた。
「どうしましたか?」
「私、明日またエジンさんと会う用事があって。リベン君はまた何か頼まれてない?」
アペソンは以前のエジンとの話した時のショックからは既に立ち直っていて気にしていない様子だった。
「無いですね。パーリラが断りを入れたからでしょうか」
「そう…ならいいんだ。何か私の方からエジンさんに言っておいて欲しいことがあったらと思ったけど、その必要は無さそうね」
それは姉として育ってきたことと先輩としての立場から、相手を気遣ってのことだった。
リベンは迷った。ここでそれを聞くのは客観的に見て不自然に思われるかもしれない。それをエジンに思い出させて探られるリスクも高まる。しかし、昨日のメランドとの話の後、どうしても聞きたいこと、確かめたいことがあった。
「…アペソン先輩、ツーホ・ルベンシュという人を知っていますか?」
「どこかで聞いたような…そうだ、確か9位のロバーツ君の尊敬する人だったかな?昔学園で教師していた魔女という噂の」
この反応から察するに詳しくは知らない様子だ。もちろんリベンの母ということを知るはずもない。
「その人がどうかしたの?」
「いえ、ふとその噂を思い出して、学園長なら詳しいことを知っているのかもしれないと思いまして」
「確かに。長いこと学園にいるわけだから知ってるかも」
「彼女のことを聞いてもらえませんか?」
「いいけど、何か問題があって追放されたわけでしょ?嫌な思い出で話したがらないかも」
「まあ、駄目で元々ですから。聞けなくても別に構いません。あ、俺が気にしてたことは伏せて置いて下さい。ロバーツ先輩みたいに危ないことを考えていると誤解されたくないですから」
「分かったわ。聞いておく」
「ありがとうございます」
「それじゃ明日終わった後に報告するね」
「はい、よろしくお願いします」
アペソンは再び歩き出し、リベンも歩き出して自室へと戻って行った。
リベンはツーホ追放の真相の察しはついていて、聞かない方がいいと避けていた。しかし、自分の心を確かめる意味でも明らかにすることを選んだ。椅子に座り、緊張で胃がむかむかとするのを抑えるべく、深呼吸をして落ち着かせ、気を紛らわせるように借りた本を読んだ。
翌日、月曜日の放課後、アペソンは学園長室に行った。その日はパーリラのことについてではなく、チェリィウェル家の近況報告についてだった。話はすんなりと終わり、雑談に入った。
「エジンさんはこの学園長いですよね。ツーホ・ルベンシュをご存知ですか?魔女と噂の」
「知っているわ…一緒に働いていた時期もあるもの。彼女がどうかした?」
「魔女と噂されていますが、実際にはどういう人なのかと気になりまして…。まさか本当に魔女で私たちの前に突然現れたりなんてことは…」
アペソンは本当に魔女とは思っていないが、間違いがあれば訂正したくなるエジンの性格を利用するため、魔女であることを強調した。すると、予想通りに食いついてきた。
「あの人は魔女なんかではないわ。人間ではあるけど、まともな人では無いわ」
「と言いますと?」
「…まあいいわ。聞かせてあげる。あれは約20年前…」
エジンは少し迷ったが、過去を話し始めた。
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「ぐああっ」
雪剣での決闘をしていた生徒が脇腹から血を流して膝をついた。相手の生徒は突然のことで呆然と立ち尽くし、雪剣の刃からは血が蒸発して煙が出ていた。保健室に運ばれ、ちょっとした騒ぎとなった。
その後、生徒は無事治療ができ、大事には至らなかった。警察沙汰にしたくない思惑もあり、事故として処理された。
雪剣は非殺傷になるように作られている。フェイルセーフにより、殺傷性能になるような状態になれば刀身が出て来ないようになっている。違法改造が施されている。生徒たちの話では自分たちでやったのではなく、ある人物から貸し与えられたとのこと。
エジンはその人物の下へ問い正しに行った。
「ルベンシュ先生、どういうつもり?あの生徒たちに改造した雪剣を渡すなんて」
「ベルウッド先生、そう熱くならないで。彼らがわたしを罠に嵌めるために嘘をついている可能性だってあるじゃないですか」
「残念ながら、証言だけでなく証拠もある。映像も他の改造雪剣も見つけているわ」
「じゃあ何で一人で来たんですか?あまりに不用心じゃないですか?」
「学園長たちに伝える前にどうしても確認したかったのよ。かわいい後輩の本心が何なのか」
「フ…」
ツーホはその感情的な行動に呆れつつも、自分に正直なことに尊敬の念を抱いた。そしてその尊敬する先輩に応えるように胸中を吐露し始めた。
「ベルウッド先生は思いませんか?今のケンラン業界は虚しいと」
「虚しい?」
「客を楽しませてお金を稼ぐ。確かに必要なことです。しかし、10年も経てば忘れ去られる程度の出来です。歴史に名を残すことはできません。虚しいじゃないですか」
「ならあなたはどうするつもり?」
「芸術作品を作るのですよ。後世まで語り継がれる芸術作品を作るのです。それは正気では作れません。狂気に浸りながらも理知を以ってして作り出すのです。人の心の奥深くに突き刺さり、一生忘れられず語らずにはいられない芸術を!」
ツーホはあふれ出す想いに自然と両腕を広げて語った。
「正気では醜さを抑えることで美しさを引き立てます。日常的なありふれた美です。価値は低くはないが高くもない。もっと価値のある美とは、醜さを抑えるのではなく、それを直視して見えてくるもの。醜さの奥にある純粋な美です!醜さをありありと見せつけ、ほらこの奥に純粋な美しさが見えるでしょう?と語り掛けてくる芸術品の何と美しいことか!」
ツーホは口角を上げて狂気を孕んだ目でうっとりと虚空を眺めた。
「それはあなたの好みというだけでしょう?」
「フフフ…確かにわたしの好みです。ですが芸術は客受けのみを意識するものではありません。何事も人を選ぶものですよ。私は高級チョコレートの良さが分かりません。あの苦味に耐えられぬ者はちゃんと味わえず、良さが分からないのです。私には分かりませんが、高級チョコの価値は世に認められて存在しています。だからたとえベルウッド先生には合わなかったとしても構いません。ただ、世に出したい!」
エジンは熱弁の雰囲気にあてられながらも、その雰囲気には完全には飲まれず冷静でいた。
「人が目をそむけたくなるような殺し合い、その中の美…。そう!雪剣なんて無くたっていい!真剣でやり合って欲しい!」
「…殺人ショーなんて上手く行くわけない。大体死ぬと分かってて優れた選手が集まるわけがないもの。ビジネスとして成り立たないわ」
「存続性なんて関係ありません。一度きりでいいんですよ。その一度きりで後世まで残る伝説の試合となればいいのです。すばらしい試合を…フフッ…」
そう語る姿は笑みが零れ、心の内を曝け出した気持ちよさでうっとりとして、妖しい魅力を放っていた。
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