62話 E16
土曜日の昼過ぎ、リベンは昼食を食べ終えて一休みした後、寮を出て学園前駅まで歩いていった。
空調の効いている駅構内に入り、集合場所の柱の前に行くと既にメランドはいた。リュックを前に抱えて柱にもたれて宙にウィンドウを浮かべて無表情で何かを見ていた。
「悪い、待たせたな」
リベンの声に気づいてぱあっと明るい表情になり、ウィンドウを閉じて柱から体を起こし、体を傾けながらリュックを後ろに背負い直した。
「ううん、時間通りだよ」
「時間合ってるよな?すっかり汗が引いているようだから随分待たせてしまったんじゃないか?」
「合ってるよ。私は十分涼んでおこうと思って早めに来ただけだから安心して」
「そうならいいが…」
リベンの半信半疑な様子にメランドはより詳細に加えた。
「最初から服をパタパタしているところ見られたくないからね。まずはきちっとしているところを見て欲しいというか…」
メランドは胸の下で不安げに腕を組んで少し恥ずかしそうに語尾が小さくなっていった。基本的に遠慮のない気楽な関係とはいえ、社長令嬢らしく育ちの良さからだらしない姿を見られたくないのか、綺麗に思われたい乙女心か、こだわりがあった。
「ああ、それをいつ切り出そうか迷ってんだ。爽やかでいいな、よく似合っているよ」
「よかった」
メランドは安心して腕組みを解いた。
彼女の服は、薄地の水色のフレアスリーブの半袖シャツと厚手の白色のショートパンツ、それを焦げ茶色の細いベルトで締めている。エネルギッシュな濃いビビットカラーではなく、爽やかな淡いパステルカラーが中心でアクセントに雰囲気を引き締める黒っぽい色を加えた形だ。首元が開いて細い銀線の首飾りで小さな宝石が上品にキラリと光り、風通しが良く揺れる広い袖もあって涼し気な雰囲気だ。豊満な胸に押し上げられたシャツを腰のベルトで締めてスッキリとさせてメリハリの利いた魅惑的なスタイルを活かしている。学園のトレーニングで鍛えた健康的な脚に、しっかりとした記事のショートパンツとスニーカーで動きやすく活動的な印象だ。
無理な恰好をしていて暑そうだったり、動きにくそうだったりして気を遣わなくていい気楽な雰囲気がある。気を遣わないから助かるなんて考えるのは、俺は甲斐性無しか?まあそう悲観的に考えることもない。
「ありがとう。リベンの服も逞しい魅力が見え隠れしてて素敵だよ。涼しそうでいいし」
「それはよかった」
胴は締まっているが袖がゆったりとして風通しのいいシンプルなシャツで、鍛えて角張った体が映えたり、重力に沿って下にずれた広い袖から腕が見えたりしてお気に召した様子だった。
「言ってなかったけど、サンダルかマリンシューズは持ってきた?」
「そんなの要るのか?」
「川を歩くのに裸足だと危ないよ」
「見るだけじゃなくて入るのか。しまった…考えてなかった。持ってきてないというか、そもそも持ってない」
「じゃあ店に寄って買いに行こうよ。海でも使えるから無駄にならないよ」
俺が水に入らない選択肢もあるが、折角一緒に来て違うことをするのも良くないよな。メランドは水に入れるのに、入らず俺に合わせるのも申し訳ない。それに割に合うかどうか気にする彼女の言うことだ。買って損はしづらいだろう。
「分かった。ごめん、予定が遅れてしまうな」
「謝らないで。悪いのは伝えて無かった私だから。水に入るという共通認識だと勝手に思って確認を取って無かった」
「あ、もしかして水着も要る?」
「いや、そこまでするつもりはないよ。せいぜいふくらはぎの下半分が水に浸かる程度。もっと深いところもあるけど、浅いところで十分」
「そうか。それくらいの浅さか…」
「うっかりしてたな、反省反省」
その後、当初の予定から変えて駅ビル内の靴屋に寄り、メランドと確認しながらサンダルを買った。しっかりと固定されるサンダルで、水の中を歩いても脱げずに歩けそうだ。
「準備完了。さ、行こう」
駅ビルを出て、駅前のバス停に行き、バスに乗って並んで座り、次の乗り換え地へと向かった。
「店が混んでなくて良かった。まあ夏の昼間だもんね」
「俺は朝弱いから、朝集合じゃなかったのは助かる。早起き苦手で…」
「ケンラン選手なら夜型の方が向いてるからいいじゃん」
「そうなのか?」
「だって試合は平日だと夜に、休日だと午後からだよ。仕事終わりの人が見れるように平日は夜中にあって、休日は遅く起きた人が見れるように午後からある。平日の試合の方が多いし、夜型の方が有利だよ」
「言われてみればそうだな。この学園には朝練がないのはそれもあるのか…」
リベンは表情が柔らかくなり、肩を落としてリラックスした。
「早起きできないのは不真面目な人みたいで引け目を感じていたけど、そう聞くと悪くないかもな」
「そうだよ。私は朝型だから将来は夜に大事な会食があったらちゃんと頭働くかどうか不安。ホテルの朝食準備とか朝の掃除とかはいけるんだけどね」
「あー…そうか、夜にイベント多いものな。社長になるとそういうのあるかもな」
「リベンは夜に強いのかー、選手引退後にうちに来てくれたらなー」
「そんな先のこと分からない」
「えー、そこは任せろって言ってよ」
「はいはい」
その後、着いたバス停で乗り換え、坂道やトンネルを進むバスに乗り、しばらくすると着いた。
降りた場所は巨木に囲まれた坂道の踊り場にあたる場所で、道路の両側は鬱蒼と植物が生い茂っていた。道路の坂の下側を見ると、眩しい青空や照らされた町が見えた。気温はそれなりにあるが、学園前駅の外のようなうだるような暑さではなく、体が楽だった。
バス停には屋根があり、中は長椅子が置いてあるのが見えた。中は外と比べて暗く、明るさに目が慣れていたためしっかり見えなかった。白い塗装がされた鉄製の看板には、蔓が端に巻き付き、錆や苔、乾いた土などが付着していた。
「こっちだよ。早く行こう」
「ああ、今行く」
リベンはメランドについて行き、森に入って行った。整備されたハイキングコースだったため、頭上に蔦があったり、足元に草があったり、泥で滑ったりということもなく、坂道こそあるが悠々と進んで行った。軽々と歩けるのは彼らが普段から鍛えているのもあるが、普段から通学や通勤で坂道を歩き慣れている人ならいつもと少し雰囲気が違う程度で普通に歩けるだろう道だったというのもある。
少し歩くと水の流れる音が聞こえてきた。道の両側は木々に覆われて遠くが見えず、道は開けているものの曲がりくねっていて遠くが見えない。しかし、この曲がった道は景色が変わって行くため歩くのが楽しい道だった。
そして木々の間から川が見え、林を抜けて開けた場所に出た。巨木が傘のようにが川の上を覆い、風にゆれてできた木漏れ日が辺りを差し、所々で曲がった枝の木々が川の上に伸びて垂れ気味の枝葉を広げていた。遠くにある川の段差の方からザアアと水の流れるが聞こえ、ひんやりとした風を肌で感じ、目の前にある透明な水が流れる綺麗な川を見た。揺れる水面越しに水底の石や砂礫が見え、大きな岩の縁に苔や水草があるのが見えた。
観光客は少数だがおり、それぞれグループごとに散らばって過ごしていた。川に足を入れて立っていたり、石の上に腰掛けて足を水に浸かっていたり、石に覆われた河原の上にシートを敷いて座り、眺めている者や話をしている者がいた。
リベンたちは空いている辺りにやってきた。メランドはしゃがんで手を水につけてどんな感じか確かめると立ち上がって少し下がってリュックを外した。
「この辺でいいかな。まず一休み」
メランドはリュックからシートを出して広げ、荷物を置いて座り込んで靴を脱いで並べて置き、手招きをした。
「それじゃ失礼」
リベンもシートに腰を下ろし、靴を脱いでシートの外側に並べた。その後2人はそれぞれ持ってきたボトルに入ったスポーツ飲料を飲んで一休みした。
その後メランドは靴下を脱ぎ始め、サンダルに履き替えた。リベンも合わせてサンダルに履き替え、ズボンを捲って濡れないようにした。
メランドは水に入って行き、後ろを向いて歩きながらリベンに手を振った。
「早くおいでよ。冷たくて気持ちいいよ」
「おいおい、転ぶなよ」
「大丈夫大丈夫、あっ…」
言っている傍からメランドは足を滑らせて転んだ。声が途切れ、バシャッという音と共に水飛沫が上がった。




