60話 E15
金曜日の放課後、リベンはメランドと部活に行くために廊下に出て隣の教室のホームルームが終わって出てくるのを待っていた。
「リベン」
「ん?」
そこへ部活に行く途中のパーリラが話しかけた。恥ずかしがって目を逸らしがちで、時々上目遣いでリベンの顔を見上げている。
「その…今日の部活で作った料理持って行くから、寮に戻ったら連絡して欲しいわ」
「ああ、そうだったな。部活終わって寮に戻ったら連絡する。ありがとう」
「何作るかまだ分からないけど、基本的に家庭料理レベルだからレストランみたいなすごいのを期待しないでね」
「そんなこと言ってたな。了解」
「それじゃ私部活行くから」
パーリラは笑顔でそう告げて上機嫌に廊下を歩いて行った。
「もう話は終わった?」
そこへメランドがやって来て尋ねた。不愉快とまではいかないまでもあまり面白くなさそうな表情をしていた。
「ああ、もう終わり。部活行こう」
「うん」
2人は部室に向かって歩き出した。
「パーリラと何話してたの?」
「あいつが料理部で作ったものを分けてくれるから、寮に帰ってきたら連絡してって」
「ふーん…私も料理できるよ。家がレストランも経営してるから料理にも馴染みがあるんだ」
メランドは喋った後に大人げなかったと後悔した。自分でもなぜ咄嗟にそんなこと言ったのか戸惑っていた。
「女の子からのプレゼントか。ちゃんと褒めなよ」
「褒めるの前提なんだ」
「いいところはあるものでしょ。別に満点じゃなくたって何か一つでも認めて貰えると安心できるもの」
「…そうだな。服装とかはこれで良かったのか不安になるからな。料理はまたちょっと違うだろうけど…」
「服…」
メランドは以前私服で一緒に海に行ったことを思い出した。
「ねえ明日空いてる?」
「明日か…」
用事は無いがダラダラとして過ごそうとしていた。折角の誘いをそれで断るのは勿体ない気がする。しかし気を遣って無理をするような関係は息苦しい。いや待てよ、メランドのことだから遊園地やテーマパークに行くというようなアグレッシブなことではなく、公園でのんびりといった形になるんじゃないだろうか。
「空いてる」
「じゃあ川に行かない?山の中の渓流。涼しいよ」
「山の中かあ…大変じゃないか?」
「最寄りのバス停から徒歩10分…いや、7,8分くらいで着くよ。ちょっと坂道だけど、私たちは普段のトレーニングで坂道に慣れているから平気。日陰でお茶でも飲みながら川のせせらぎを聞いてのんびりしよう」
「のんびりできるか…それなら…」
「決まり。昼過ぎから夕方までがいいな。1時半に学園前駅集合でどう?現地には2時半頃に着くよ」
「朝早くないのはありがたいけど、その時間は暑くないか?」
「バスの中や向こうは涼しいから。駅前は暑いけど…そう時間はかからないから」
「じゃあそうしよう」
「うん!」
その後、2人は部室に着いて鍵を開け、荷物を置いて部活を始めた。バードバスの一つの掃除を終え、学園内の他のぐるりと一通り見て回り、他のは掃除中か掃除後であることを確認し、倉庫に戻って道具を片付けた。
リベンが先に片付け終えて外でぼーっとしていると、目の前で開いた手を振られて、小首を傾げたメランドがすぐ側にいたことに気づいた。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?今日ずっとそんな感じ」
「そうか?まあ今週は決闘やら何やらで疲れたからな」
リベンは面倒そうに言って歩き出し、メランドは後を追ってついて行き、横に並んで歩いた。リベンは相手に気配りする余裕がなく、気にせずに歩いて木陰のベンチを見つけると座りこんで後ろにもたれかかった。メランドは横に座って。
風が吹き、サラサラと乾いた葉の擦れる音が聞こえ、鳥の囀りも散発的に聞こえた。ベンチの肘掛けに肘を置いて頬杖をついてぼんやりと景色を眺めた。
そうして暫くぼんやりとしていると徐々に意識が戻って来た。その後も他の鳥が来たり、人が通ったり色々あったようなぼんやりとしていて覚えていない。
「ふあ…」
体を起こして口元を手で押さえて欠伸をすると、横でメランドが目を開けて顔を向けた。それまでベンチにもたれかかって目を閉じ、リラックスして自然の音に耳を傾けていた。
「悪い、休憩の邪魔したか?」
「ううん。ぼーっとするのにも飽きてきていたところ。ん…」
メランドは体を起こして両腕を上で組んで胸を張って伸びをした。
「リベン、燃え尽きてない?」
「うーん…そうなのかな?」
確かに事前にやることは終わって後は復讐計画のみ。気が抜けているのかもしれない。だが果たしてそれだけだろうか。あの本を読んでからモヤモヤしたものがある。
「まるでゲームが終わったみたい。世界は広くて、まだまだ新しい発見と喜びがあるよ」
「まあ…そうだろうな。でも手の届かないところにあったらそれはきっと無いのと同じ」
リベンは喋ってから陰気なことを言ってしまうとは調子が悪いなと自覚した。
「手を伸ばす元気無いなら私が代わりにやるよ。代わりに私が元気ない時はお願いね。世界の広さの一端を知れば全然ゴールなんかじゃないって分かるよ」
「例えばどんなものを見せてくれるんだ?」
「…確か金融が苦手だったね。もう克服した?」
「いや、まだ。馴染みがないもので」
「なら新発見の余地があるわけだ」
ここでじゃあ別の話にしようとならずに、余地があると考えるのがメランドらしさである。
「そうだな…こんなのはどう?セレネベセア政府が国債を大量に発行して債券市場から資金調達するとします。買い手は主に銀行や保険会社、中央銀行。通貨ルナの価値はどうなるでしょう?」
「どうなるか…」
中央銀行が買うなら通貨供給量が増えるし、政府の将来の出費が増えることで貨幣価値は下がると思うが…。
「ルナ安になるんじゃないか?」
「それが答え?」
「ああ」
「残念。正解はルナ安にもルナ高にもなりうるでした」
「えっ…そんな答えありかよ」
「だって私、どうなるかしか聞いてないもん。上がるか下がるか聞いたわけじゃないよ」
「そういえば…そうだったな」
通貨ルナはどうなるかしか聞いていなかった。それを分かっていてこの問い方か。
「どちらもありうるのが面白いよね。単純じゃないところが奥深くて面白い」
「その答えになる解説を聞いてもいいか?」
「あ、興味持ってくれた?嬉しい」
「どうだろ…ただ分からないままにしておきたくないだけかも」
「それでもいいよ」
メランドは話を振ったはいいが、堅い話すぎてつまらなかったかなと不安になっていたため、少しでも興味を持ってくれたことに安心した。
「下がる要因は頭に浮かんでそうだから、上がる要因を説明するね。その前にまず外貨獲得について。海外で商品を売って稼ぐと外貨を得られる。セレネベセアの企業が海外で沢山稼げば外貨が稼げてルナの価値は上がる…とは限らない」
「なぜ?」
「なぜなら、その稼ぎで海外で再投資する場合、稼ぎがセレネベセアに流れる量は少なくなり、ルナの需要が少なくなるから。ルナの需要が少ないから価値も低い。例えば向こうの店や工場を拡大するように投資した方が更に稼げるというのなら、外貨のまま多く使われて国内に流れ込む量は少なくなる」
「成程。成長性が高い方で商売した方が稼げそうだからな」
「そういうこと。単純な稼ぎではなく資本移動を念頭に置いて国債発行に話を戻すと、その調達したお金で海外勢もセレネベセアで投資した方がより稼げそうな環境になったらルナが買われる。つまりルナの需要は高まり価値が上がるというわけ。もちろん、期待できなくて買われない可能性もある。だから、両方ありうるという答えになる」
「ふーん…成程ね。面白いかも」
そうだ。ああしたらこうなるという単純なことばかりじゃない。そのことを思い出した。だから後は復讐をすれば全部終わりだと考えながらも、そんなわけない、そんな単純なわけがないともどこかで思っていて、どうしたらいいのか分からなくなっていたんだ。それで考えがまとまらずぼーっとして見えたのだろう。こういう時は一度離れて、後で考えよう。
リベンは一旦忘れてメランドと話をして過ごし、気力を少し取り戻していった。




