59話 D5
亜綿郎はユリブラン学園生徒の夏服姿を見て若干の懐かしさを感じていた。いや、懐かしさというのは正確ではない。生前に故郷でそれを着ていた訳ではなく珍しいものだった。しかし、見たことのない田舎の景色やその香りや音に懐かしさや郷愁を感じることがあるように、その夏服には懐かしさを感じさせる何かがあった。
セレネベセアには四季があり、短い夏と冬がある。そこにあるユリブラン学園の制服は冬、春、秋用と、夏用の2種類ある。冬、春、秋はブレザーで環境に応じてセーターを着たり、上着を脱いだりのマイナーチェンジがある。対して夏服は全く異なる。
簡単に言うと甚平の上と腰に薄い帯、スカートの組み合わせだ。男子はスカートではなく長ズボン。シャツ部分は腰の少し下まであり、裾はしっかりと縫われて固く、綺麗に直線になっている。スカートの上部に裾が上からかかり、薄い帯で締められ浮いた固い裾が波のようになっている。帯は薄く、体を動かしやすい。帯は基本的にリボン結び。薄く柔らかいため結んだリボンが下に垂れている。その人の好みで結び方を変えたり、結び場所も前や斜め前、横、後ろなど様々だ。男子は女子よりも少し下で結ぶ。
着物は普通袴が上に来たり、帯は堅そうだったりするのだがこの服は違い、似ているようで異なるものだと感じさせた。着物風のトップスやワンピースはあったがあまり見かけなかった。しかしここではそれが夏の制服で普遍的なものになっていた。
この着物風の服が若干の懐かしさを感じさせていたのだった。
そんな夏服を着た女子生徒2人が校舎裏の日陰で向かい合って立ち、険悪な雰囲気が漂っていた。
「シロちゃん、ベンちゃんに読ませた本、どういうつもり?」
ミクロナがシュロンを問い詰めていた。冷静さを保ちながらも怒りが乗った声だった。
「あの本は語り手から読者が聞くという形式なんだよ。あたしが自分で読むんじゃなくて人に読んでもらうとどうなるか気になった」
「私にそんな嘘通用すると思う?」
「それも嘘じゃないんだけどな」
シュロンの飄々とした態度にミクロナはムッとして声のトーンを落とした。
「ベンちゃんに探りを入れたんでしょ?家庭の事情を聞かないでくれって言われてたのに。シロちゃんがそんなにデリカシーが無いとは思わなかった」
「そうは言ってもベンを放っておくのも心苦しい」
2人は幼少期の明るいリベンを知っており、今の影のある表情には何かあったのだろうと感じ、明るく戻って欲しいと思っている。しかし、積極的に解決を目指すか、自然に癒えるのを待つかで2人の方針は異なる。
「それは余計なお節介だよ。外れたから良かったものの、もしあの本でトラウマを思い出して傷つけたらどうするつもりだったの?」
「その場合はあの本を読み進めれば、どう乗り越えるのか助けとなる」
「読み進められる余裕なんかないくらいに傷ついたらどうするつもりだったのさ?」
「朗読中観察していたけど、様子を見るにその可能性は低かったと思う」
「でもゼロじゃないんでしょ?」
「そのリスクを気にしてたら何もできないじゃないか?」
「そもそもリスクを取る必要なかったじゃない。今まで通り仲良くしていれば楽しくてベンちゃんの傷が癒えたかもしれないのに」
「どうかな…」
剣術のスタイルもそうだが、シュロンはリスク選好の傾向がある。低い可能性を警戒した結果、却って弱くなるくらいなら初めからその低い可能性を切り捨てて強い動きを求める。それ自体は当然のことだ。しかし普通の人は敗北や失敗した時のイメージが強く残り、低い可能性なのに過大評価しがちだ。
そのイメージを払拭できる意志の強さと鈍感さ、細かなことに気づける繊細さという一見矛盾する両方の面を持つのがシュロンであり、ランキング上位者は大なり小なりその傾向がある。本の世界に浸って一度目の前から離れることで、冷静に見ることができるのも彼女の強みである。
対してミクロナにそのような特殊性はない。だがその普通さは幅広い環境でやっていける強みである。ケンラン選手くらいしか向いていない特殊な人とは真逆だ。加えて彼女の場合は、相手を気遣って自分の行動が迷惑じゃないかと恐れることの多い内気な性格である。
しかし対人関係は多種多様で、どれが正解というものはない。それでも一般的にシュロンのやり方はリスクが高すぎて避ける方が無難である。
普段はシュロンの思い切りの良さに憧れを感じているが、感覚が違うということでもあるため、意見が合わない時はとことん合わない。
「そもそも本当にベンちゃんのため?」
「助けたいと思うのはあたしのエゴ。悪い?」
「そうじゃない。ただシロちゃんが気になったからじゃないの?ただの好奇心」
「いくらあたしだって、それだけでずかずかと踏み込んだりしない」
「どうだか?本当は好奇心が抑えられなくて、これは助けるためだと言い訳に使ったんじゃないの?」
「違う…と思う」
本当のところはどうか分からなくてもはっきりと否定して安心させるのが有効であるが、どうせ誤魔化しは効かないだろうとそうしなかった。
「怒らせて口も利いてくれなくなったらどうするの?」
「クロは恐れすぎ。そういった事態が起きる可能性はゼロではないけど、それを恐れてたら何も進まないよ」
「進まなくていいじゃない。シロちゃんは無遠慮すぎ」
「はあ…ベン本人に聞いたら?気にし過ぎだって言うだろうよ」
「私が怒っているのは、シロちゃんが危険なことをしたことに対して。ベンちゃんがどう思ったかは別の話。今回は外れたから良かったものの、態度を改めずにまた続けるようだといつベンちゃんを深く傷つけるか分からない」
「それが恐れすぎなんだって」
「違う、今回はたまたま運が良かっただけ」
「もういい…。シロちゃんの好きにしなよ。ベンちゃんにはもう近づけさせないから」
ミクロナは言い捨ててその場を去っていった。
リベンは休み時間にミクロナに呼び出され、廊下で話をした。
「ベンちゃん、あの重い本を読んだんだって?大丈夫?」
「朗読分より後ろはまだ読めてないや。確かに重いテーマだったな。でも興味深い」
「嫌なら無理に読まなくても…苦しくない?」
「いやあ、そういう訳じゃなくて本を読み慣れてなくて…。ゆっくり読むよ」
ミクロナはリベンの平気そうな様子を実際に見て、ひとまず最悪は避けられたようで一安心した。
「でもいきなりあんなの読ませるなんてシロちゃんと距離取った方がいいよ。じゃなきゃこの程度大丈夫だとエスカレートする。また何かあったら私に言って」
「あ、ああ…」
正直、決闘で決まるこの学園でクロちゃんには大した手札が無いように思える。シロちゃんがその気になればクロちゃんと決闘して勝利し、自分の意見を通すことも可能だ。俺が決闘に慣れ過ぎていて決闘の影響力を過信しているだけなのかもしれない。2人の関係は俺よりも深いわけで、俺が知らないだけで何か切り札を持っているのかもしれない。
「まあ気を付けるよ。ランキング戦の対策がまだできてなくて今すぐに会う用事は無いし…」
「本当に、気を付けてね」
「ん…」
リベンは元々怒らない人ではあるが、それでもいつもと違った違和感をミクロナは感じた。まるでもう消えるからどうでもいい、余計な争いは避けたいというような雰囲気。危険な予感がした。
予鈴が鳴り、廊下にいた生徒たちは教室へと向かっていった。
「じゃ、俺も授業あるからこれで」
「あっ…うん。またね」
「ああ」
ミクロナは勘違いかもしれず、考えすぎで探るのは迷惑だろうと思い、またシュロンと同じ轍も踏みたくないため、もっと情報を集めてからにしようと考えた。ここで2人は別れ、それぞれの教室へと向かっていった。
シュロンとミクロナの仲違いは珍しかったが、それは意外と早く解決する時が来るのだった。




