56話 B19
亜綿郎は壁となって、人々から一歩引いたところから見ている。自分が渦中に巻き込まれることもない。安全なところから眺めるというのも楽しいもので、興味深く観察していた。悩みやトラブルがどう転がっていくのか、どう解決していくのかを眺める他、恋心に戸惑う子たちもまた面白いのだった。
翌朝は小雨がパラパラと降っており、学園には濡れた青葉の匂いが仄かに漂っていた。空は青みがかった白っぽい灰色で明るさは十分あり、学園の裏山には白い霧がかかってぼんやりと山のシルエットを映し、幻想的な雰囲気を漂わせていた。この程度の雨か止めば決闘は可能だが、強くなるようなら場所か日時を変えることになる。微妙な天気だった。
その朝の教室、登校したリベンは自席でトモイと話をした。
「おはよう、今日の放課後にシュロン先輩と決闘だって?楽しみだね」
「この勝負負けれられない」
「気合入ってるね。いや、ランキング戦ともなれば当然か」
本当はそっちじゃなくて負けた方が朗読という条件の方なのだがそういうことにしておこう。
「賭けているのは6位の座の他にも負けた方が相手に朗読と聞いたけど、どうしてそんな条件を?シュロン先輩は読書家と聞いているけど、それと関係が?」
「まあそれくらいならと良く考えずにOKしてしまった」
「あ、向こうから提案されたんだね」
「だから意図は分からない。何を読ませる気なのやら…」
「告白文でも読ませるのよきっと」
パーリラが近くに来て会話に入った。今朝、寮の食堂でリベンを見つけた時から話しかけようとは思っていたが、迷っているうちに、リベンの朝食は軽く済ませるというのもあってすぐ出て行ってしまった。
一方のリベンは朝に頭が完全に覚めておらず、簡単には気づけない。朝起きてから校舎に着く頃までの記憶は用事がある時は別として、何もない日は曖昧である。覚えているのは鳥の囀りが綺麗だった気がするということくらい。
「どういうこと?」
「だから、告白シーンのところを読ませて、シュロン先輩が「はい」と答えるのよ」
あなたが好きです、付き合ってください、みたいな告白の部分を読ませてそれで答えるということか。そんな手があるのか。それでいいのか?というか、パーリラってこんな恋愛に関する話をするんだな。そんな印象無かったな。もしかして軽口か?
「それは思いつかなかったな。…いやあ、でもそれは無いと思う」
「無いとは言い切れないのね?」
パーリラは食い入るように尋ねた。軽口ではないようだ。
「と思うじゃないな…。それは無い。言いきってもいい」
「そう思う理由は?」
パーリラは真剣な様子で聞き耳を立てた。
「根拠は3つある。まず俺とシロちゃんは友人だ。あいつが言うには部屋に入れても特別な感情は湧かなかったようだ。そういう関係になることはない」
「シュロン先輩の部屋に?女子寮に入ったのね?」
「あ、いや…うん。でも言わないでくれ」
こっそりと入る分には見逃されているが、堂々と入ることは許可されていない。リベンは人差し指を口の前に出して黙っているように示した。トモイは分かるよという様子で頷き、パーリラは色々なことを考えているのか何とも言えない顔をしていた。
「何もなかったのかしら?」
「だから無いって。さっきも言っただろう」
「ふーん…」
パーリラは仏頂面で相槌を打った。その言葉を嘘だと思ってはいないが、嬉しさを悟られないようにするために表情を抑えた反応となった。
「次に、あいつはシチュエーションを重視する乙女だ。そんな紛い物の告白で喜ぶとは思えない。アペソン先輩に少し近いか?けどシロちゃんは劇が苦手で自分のペースで読める小説が好きだからあの2人は話が合わなさそう。劇が好きじゃないから、劇のような告白は嫌だろうからしない」
「そうなんだ。僕は劇も小説もどちらも好きだけどね。難儀なことだね」
パーリラはどちらも興味ないが、あえて興味ないと言うようなことじゃないため、「ふーん」とだけ相槌を打った。
「最後に、自分より弱い男を好きにならないんじゃないか?俺が朗読するということは俺が負けていることになるよな?つまり俺の方が弱いことになる」
「ランキング入りしている人は特にそうだろうね。どうなんだい?」
「え?まあ…。でも分からないわ。人によっては、か弱い相手に私がついてないと駄目なんだからと好きになるかも」
「確かにそんな話を聞いたことある。お前はどうなんだ?」
「私?私は…強い方が好き。でも完璧である必要はなくて、強いけど同じ人間だと思えるような親しみが持てるところがあるといいかしら。完璧超人は憧れにはなるけど、好きにはならないというか…」
「へー」
「それから私がついていてあげたいと思うのは弱い相手ばかりじゃなくて、強い人でも悲しみを背負っているとかそんな雰囲気を纏っているとか…。ただ暗いのとは違って色気があるというか…そういうのも魅力的かしら」
「まるでリ…」
トモイが言いかけたところでパーリラは無言で圧をかけて止め、言い直した。
「ザーク先輩とか?」
「強くて色気もあるわ。でも別にビビッと来ないの。道沿いに綺麗な花が咲いているとして、それを欲しいと思わず、見ることができてラッキーで済んじゃうみたいな?」
「ふーん。厳しいね」
「ザーク先輩は父親が行方不明なんだってな。それが解決したらあの影のある色気は消えるのだろうか。でも再会できることに比べたらなら些細なことだよな。選手になって目立てば見つかるかも」
「あー…うん、解決するといいよね」
トモイは言葉を濁らせた。何か知っている様子だった。
「私だったら好きな人には寂しそうな顔よりも幸せな顔している方を望むわ」
「まあそうか。俺もそうかも。うん、杞憂だったな」
「僕が話題振っておいてなんだけど、今はザーク先輩よりもシュロン先輩の方に集中しないと」
トモイはザークの話から逸らそうとしているのは感じられた。しかし、シュロンに集中しないといけないというのも事実であり、従うことにした。
「そうだな。でも今から決闘の映像を見ると、最後に見た映像に強く印象付けられて良くなさそうだ。オールラウンダーで戦い方が相手によって変わるから。あえて見ない。脳内でシミュレートするだけ」
「成程。それじゃ僕は邪魔にならないようにここらで静かにしておくね」
「ありがとう。話をして程よく緊張を解せたから邪魔なんかじゃなかったよ」
「そうかい?それは良かった」
「パーリラもありがとう」
「別に。私が気になって聞いただけだから感謝されるようなことじゃないわ」
パーリラは恥ずかしそうに目を逸らし、自席の方へと去っていった。リベンは腕を組んで机をぼんやりと眺めながら考え始めた。
それにしてもパーリラの発想は俺には思いつかなかった。あいつがそう発想できたのは、シロちゃんの本棚に何があるか知らないからか?逆に俺が本棚の中に官能小説エリアがあると知っているから、それに印象が引っ張られているのか?実際に朗読する本は俺たちの故郷の絵本で故郷を懐かしもうとか?それくらいなら別に…。
いかん。何なのか分かっていないのにいい方に考えて、気を抜くようなことを。気の抜けた戦いでは相手にも失礼だ。勝ちにいく。とにかく勝てばいいだけのことだ。
その後、脳内でシミュレーションをしていると予鈴が鳴って我に返った。その後は朝のホームルームが始まり、頭を切り替えてその日の授業を過ごした。
そしてトレーニングの授業を終えてドリンクを飲んで一休みし、授業終了のチャイムが鳴った後、両手をパシッと組んで力を込めて息を吐いてから強く吸って気合を入れ、約束の広場に向かった。空は曇り空で雨は止んでいたが、またいつ降り出してもおかしくない危うい空模様をしていた。




