55話 A8
日曜の夕方、買い物から帰った後、シュロンの部屋にミクロナが遊びに来ており、互いに何か話すでもなくくつろいで本を読んでいた。シュロンは座布団に座って本棚の横の壁にクッションを挟んでもたれかかって本を読み、ミクロナは座布団に座ってベッドにもたれかかって本を読んでいた。
ミクロナは本をキリのいいところまで読み終え、栞を挟んで閉じ、ベッドの上に置き、両腕を上げて伸びをした。
「んー…」
その声を聞いてシュロンの意識は本の世界から現実に戻り、読み疲れているのに気づき、栞を挟んで本を閉じ、首を回して凝りを取った。
「ふぁ…」
その本を本棚に置いて口元に手を当てて欠伸をし、立ち上がって体を捻って凝り固まった体をストレッチした。
「クロ、その本どうだった?もしかしたらクロの好みに合わなかったかも…」
「ううん。私の好みで読みふけって肩凝っちゃった」
「それなら良かった」
ミクロナが読んだ本は、怪物になりかねない女の子たちと介錯人の男主人公の話だ。その特別な女の子たちは対応する怪物との接触で怪物になってしまう。彼女たちが町中に散らばっていると危険なため、人里離れたところに集められて暮らしている。そこで迫って来る怪物を迎撃する要塞の役割もある。
主人公はそこにやって来た介錯人だ。迎撃に失敗して怪物化しそうになった場合はその前に命を奪う役割だ。怪物となってでも生きている方が幸せなのか、人間の尊厳があるうちに死なせることが幸せなのか、心が揺れ動く。
「主人公とメインヒロインの二度目のエッチ場面がいいね。一度目のような吊り橋効果じゃない。心を満たす本当の愛という感じ。幸福感がいい」
そしてこれは官能小説である。もしかしたら最期になる時に一緒にいる主人公とヒロインたちの交流で、悩みや葛藤、そして解決と成長が描かれる。言葉で相手に価値があると伝えるだけよりも、加えて抱きしめた方が心に響く。更に先の行為はもっと本気度が伝わるというのがその作品の原則だ。
「何の取り柄もない私よりも優秀な人たちの命の方が価値があるのに、その優秀な人たちは戦って傷ついている。私が死ねば怪物は去っていき、皆が傷つくこともない。私が生きていていいのか?そう悩むヒロインの気持ち、よく分かるな」
「何言ってるんだ?クロに死なれたらあたしは悲しいよ」
「安心して。死のうというつもりじゃないよ。ただ気持ちはわかるなと。もし大災害が起きて一部の人しか助からないような事態になったら、私の優先順位は低いだろうなという感じ」
シュロンはミクロナの顔をじっと見て、安心して肩を下ろした。
「それならあたしの方が低いな」
「何で?シロちゃん強いし頭いいから私より上だよ」
「大食いの剣士が大災害の後で何の役に立つっていうのさ。医療技術や工学知識がある人、食料生産者や、歌や朗読で心を癒す人の方がずっと価値がある。遺伝的多様性のために運よく選ばれる可能性も無くはないけど」
「成程…。医療はともかく他はそこまで考えて無かった」
「ま、重い話は程々に。こっちの軽い小説読んで明るくしよう」
シュロンは本棚から新しい本を出した。5人の女の子たちの気楽なコメディだ。
「ありがとう。読んでみる」
ミクロナは立ち上がって本を受け取り、再び座りこんだ。
「ねえシロちゃん。こうして何かするわけでもなく過ごせるのって今だけだよね」
「そうかも。卒業したら別々の道を行くだろうし。でも会うことはできると思うよ」
「会ってレストランで食事したり、カフェでお茶を飲んだりすることはできるだろうね。でも一人暮らしならともかく、家庭持ったら人の家にこうして入ってゴロゴロできないもん」
「確かに」
「そう思うとちょっと寂しいな。でも平日は勉強やトレーニングで余裕無いでしょ?そうすると、こうして楽しく過ごしていられるのは休日だけ。ぐっと機会が減る」
シュロンは上を向いて目を閉じ、少し考えた後に答えた。
「それを考えると義務感が生じそうであたしは嫌だな。食べ放題に来たとして、折角だから色々食べなきゃと考えるより、自然体で好きな物を食べる方が楽しめるというもの」
「そう…かもね」
「楽しい今が終わる未来を恐れて、今がつまらなくなったら本末転倒だよ。それに、読んでいる作品の連載が終わると寂しいけど他の読んでいる作品の連載が続いていると途切れなくて寂しさに耐えられるんだよね。それと同じできっと乗り越えられるよ」
「だといいけどねー…」
ミクロナは一抹の不安が残りながらも一応は納得して本を読み始め、2人は夕飯までダラダラと日曜日を過ごし、英気を養って月曜日を迎えた。
平日の休み時間、リベンはトモイにシュロンの決闘の動画を教えて貰い、宙にウィンドウを出してそれを見ていた。当面の目標はシュロンが満足いく決闘を行い、決闘するという約束を果たすこと。そのために勝つつもりで挑むべく、対策を練る。
「どうだい?何か分かりそう?」
「一応。だけどまだ見落としがないかと気になる」
トモイがやって来てリベンは画面共有を行い、トモイにも見えるようにした。
決闘でのシュロンの動きは若干攻撃的ではあるが、防御も強くてカウンターを決める場面も多かった。極端な尖りのない丸い剣士という印象だった。やや攻撃寄りのオールラウンダー。
「シュロン先輩は読みが鋭いのか、相手の守りとは逆を突いて決めるね」
「確かにどの決闘も相手の裏をかいている。反射神経もいいが先読みによるもののようだ」
「腕力が低いからか力押しの勝負に持ち込ませないね」
「そうだな。不利な状況にはならないように避けている」
「そこに勝機がある?」
「どうだろう…。そんな隙を与えてくれそうにない。勝機があるとすれば読めないような意外性のある動き…と言いたいが、非効率な動きになるから生半可なやり方では読みに関係なく普通に負けかねない」
「難儀なことだね」
「ああ…」
その後、リベンは黙って動画を見ていた。
彼女の賢さを考えれば、その記憶力や想像力、並列処理能力を活かして読みの鋭さに繋がるのは納得がいく。だが気がかりなのは、上の順位の人たちとの決闘では読み負けて防がれて負けていることだ。彼らは更に読みが鋭いということか?本当にそうなのか?何かひっかかる。
しかし予鈴が鳴り、動画の再生を止めて考察はそこまでにした。次の授業へと切り替えた。
授業やトレーニングを終え、寮に戻ってからも決闘の動画を見て考えたが、それ以上は分からなかった。
遠くから撮影された動画ではこれが限度か。もう直接戦ってみないことには分からないだろう。だけど初戦は捨てるような姿勢はシロちゃんにとって失礼だ。全貌は明らかになっていないが、分かっている範囲で勝ちに行く。
考えてみれば完璧じゃないのって普通じゃないか。完璧にするまで始めないなんてことになったら何もできない。命の危険がない雪剣での勝負なんだ。何を恐れることがある。よし、実際に戦ってみよう。決闘を申し込みに行く。
リベンは宙にウィンドウを出してチャットでシュロンを決闘の申し出の件で共同談話室に呼び出し、返事が来たのを確認すると、学生証を手に部屋を出た。
共同談話室に行き、待っているとシュロンがやって来た。
「ベン、もう決闘の準備は整ったんだね?」
「そういうこと。順位を賭けて決闘を申し込む」
リベンは学生証のボタンを押して決闘申請ウィンドウを出し、シュロンもウィンドウを出した。日時と場所は、明日の放課後で広場の一つを指定していた。
「……」
しかしシュロンは決闘を受けると言わず、手が止まった。
「どうした?」
「いや、順位だけ賭けるのもアリだけど、折角だから他にも賭けようかなと」
「やめとこうぜ」
「あれ?その反応、もしかして本気で勝ちに来る気がない?」
シュロンは悪い顔で笑みを浮かべた。からかうというほど明るくはなく、思慮深さと余裕を感じさせる笑み。
「そんなつもりは…。爽やかな勝負にしたいじゃないか」
とは言いつつも内心で、負けても大丈夫だからという慢心があったのは否めない。
「じゃあこうしよう。勝った方が本を選び、負けた方がそれを相手の前で朗読する。全部は大変だから5分程度の場面で。どうかな?」
「それくらいなら…アッ!」
「じゃあ決闘を受ける」
リベンがシュロンの本棚にどんな本があったか思い出した時にはもう遅く、シュロンは決闘を受諾していた。決闘を取り消すのはよほどのことが無い限り名誉を傷つけるため不可能。
「それじゃ楽しみにしているよ」
シュロンはそう言って談話室を出て行き、リベンは負けるわけにはいかないと強く思うのだった。
今まで更新は金土日の夜ですが、作るのが難しくなってきたので次から土日月の夜に変えてみます。




