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壁転生 壁になって悩める若者たちを高みの見物  作者: Ridge


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53話 C10

 平日夜の寮、リベンが廊下を歩いているとアペソンと会い、立ち話をした。


「こんばんはリベン君」

「こんばんは」

「この間は学園長に呼ばれて厄介なことを頼まれたみたいね。パーリラから聞いたわ」

「厄介と言っても何ら強制力のあるものじゃありませんよ。先輩の方がよっぽど大変そうです」


 エジンはチェリィウェル家の資金提供者のようなものだ。そっちの方ががよほど断りづらい。


「私は大丈夫。何とかなるから」


 アペソンは頬に手を当てて視線を横にして少し考え、視線をリベンの方に戻して口を開いた。


「良かったら学園長のことを聞かせてくれない?私にはあの人の真意が分からない。でも考えはある。あなたの意見も聞きたいの」

「それは構いませんが、多分先輩の方が詳しいですよ」

「身内以外から見てどうなのかというのは参考になると思うわ」


 それはあるかもしれない。それに俺の母の復讐対象であるエジンのことをより正確に知ることができるのは復讐計画において有益かもしれない。

 リベンは無意識に復讐計画の進行を嫌がっていたが、責任感によって自然と復讐に役立つかどうかを考えられていた。


「…まあ、そうかもしれませんね。じゃあそこの談話室で話しましょうか」

「外の庭で話さない?その方が人少ないから」

「それでもいいですよ。あるいはどこか個室の方が良いですか?」

「そこまでではないわ。外にしましょう」


 2人は玄関から出て寮の庭に出た。辺りを柑橘のような香りが漂い、肌には湿気のある空気が感じられた。夜だがランプで照らされて、少し暗いが砂利と石の敷き詰められた足元がしっかりと見える。焦げ茶色の塗装がされた金属製の長椅子に並んで腰掛けて前を見ると、砂利のくぼんでいる部分に水溜りがあり、ランプの光をゆらゆらと水面に映していた。寮の玄関付近は周囲より少し高くなっていて、そこには雨水がたまらず低いここへと流れて行き、時間差で蒸発や地下へ浸透して消えていく。


 砂利の外側は少し高くなっていて手前側は赤い花をつけた柑橘の香り漂うハーブが咲き誇り、奥には根本を濃い緑色の草で覆い、赤褐色の滑らかで艶めかしい幹に、軽やかな緑の葉、小さく可憐で白い花を付けた姫君のような美しい木が並んでいる。


「ここなら人が少ないからいいわ。正面に座るよりも気楽」


 確かに顔を見ないのは気楽だが、ボディランゲージを見づらいのが困りものだ。それでも横にいるのなら電話よりは分かる。


「まず確認ね。この学園の学園長であるエジンさんはパーリラの遺伝子上での母親。元競技性選手で、パーリラには競技性選手ではなく演技性選手の道へと進んでもらいたいと思っている。ここまでは知ってる。それで、あなたにもパーリラに競技性選手を諦めて貰うように頼んだ。合ってる?」

「ええ、それで合ってます」


 アペソンは丁寧に確認した。細部に何かヒントでもないかと探っているようだった。


「その時に、演技の方の道に進むように言うように頼まれた?」

「いえ、確か競技性選手を諦めるように言うよう頼まれましたが、そこまでは言われてません」

「そう…。一桁台のあなたに言ってもらうなら、そりゃ競技性選手に関することだけが効果的で演技性選手は蛇足よね。でももしかしたら…」


 アペソンは何か思い当たることがあるのか、黙って少し考えた後、話を再開した。


「私にはエジンさんの真意は分からない。でもパーリラは禁止されると反抗しようとする性格だから、エジンさんは本当はやる気を引き出そうとしてあえてそうしているんじゃないかしら?」

「…うーん、考えすぎでは?親子ですよね?…ああいや、あまり交流がないのか…いや、それでも普通はもっとやりようがありますよ」

「でも不器用な人だからありうるんじゃない?」

「学園長になっている人ですよ。人付き合いを上手くやれてなきゃそこまで上るのは不可能じゃないですか?」

「そうとも言い切れないわ、リベン君。仕事に求められるものと家庭に求められるものは一致しないもの。重なる部分もあれば重ならない部分もあるわ」

「うーん…」

「利害関係の仕事では上手くコミュニケーションが取れていても、感情の介在する家庭では上手くコミュニケーションが取れないということはありうるわ。もちろん、その逆も」

「そうですが…」


 リベンはイマイチ納得がいかずに考えこんでいるとアペソンが話を振った。


「仕事で有効なアピールと恋愛で有効なアピールも違うそうよ」

「え?そうでしょうけど、話が脱線しましたね」

「肩の力を抜かないと上手く行かないからね。ユーモアって大事だわ。風通しもよくなるからね。ケンラン協会では会議によっては、始まる前に小芝居をやるみたい」

「へえー、そうなんですね」


 まあケンラン協会は変な人多そうだからな。

 アペソン先輩は演技を学んでいるからか、コメディリリーフのように話に息抜きを入れることを好むようだ。


「能力の高さをアピールするのは仕事で極めて有効だけど、恋愛ではやや有効ってところみたいね」

「あー…少し分かるような気がします」


 では何が有効なのか気になるところだが話が脱線し続けるのも困るからここらで戻そう。


「つまり、先輩はエジンさんが不器用で娘に上手い接し方ができずにあんな言い方になっていると思う訳ですね」

「素直じゃないというのはパーリラに似ていると思わない?」

「確かに」


 あいつの言葉は分かりにくいからな。似た者同士なのか?


「でも本当に競技性選手をやって欲しくないように言っていたように思えます。学園長はこう言っていました。自分は元選手で、教師としても色んな人を見て来たから分かる、パーリラでは頂点に立てない、苦しむからやめるべきだと」

「そんなことを…。でもそれって妙じゃない?」

「と言うと?」

「エジンさんはパーリラが演技性選手になるようにと言って、小さい頃から色々な劇や試合を見るようチケットやビデオを与えていた」


 その結果、一緒に見ていたアペソンが演技性選手に興味を持ち、目指すようになった。


「そんな小さい頃から演技性選手になって欲しいと言っているのに、今のあの子を見て頂点に立てそうにないから競技性選手はやめておきなさいというのは妙よ。今の理由で否定するのは後付けみたいじゃない。もし昔は賛成していたけど今の姿を見て反対に変わったのならその理由というのは分かるけど、昔から反対だったもの、変よ」

「そう言われるとそんな気もしますが…昔から考えが変わらず最大の理由が今のものにアップデートされただけかも…」


 俺たちは何かを見落としている気がする。だがそれが何なのか分からない。

 それにしてもなぜ先輩はエジンが実はパーリラの夢を応援していると考えたんだ?そう考えるのは不自然じゃないか?それとも俺からすると不自然に感じるが、先輩が俺の知らないエジンの人柄を知っていて、それを考慮するとその方が自然な発想になるのか?


「でもやっぱりそれだと変じゃないですか?昔から反対の立場なら、今あえて反骨心を煽っているのは変です。まるで反対から賛成に変わったみたいじゃないですか?」

「私はその通りだと思う」

「え?」

「学園であの子の頑張りを見たこと、私が演技性選手を目指すこと、自分の引退から年数が経って落ち着いてきたこと、それらが作用して考えが変わったと思う」


 アペソンは語気を強めて言った。と思うと言ってはいたものの、かなりの自信がある様子だった。これが一番言いたかったことにさえ感じられた。


「それで、不器用だからあんな物言いになると」

「そういうこと。プライドが高くて考えが変わったと言えないからああいう言い方になるわけ。今までもあったから」

「まあ、学園長のプライドは高そうですからね…。んー…」


 証拠はないが一応筋は通るか。だが何か違和感を感じる。エジンの立場を考えればあり得ない話ではないが…。とにかく、エジンはパーリラ同様に言葉通りに受け取らず隠れた真意を見抜く必要があるのか?


「うん。やっぱり私、エジンさんに直接聞いてみる」

「そうですか。力になれずすみません」

「ううん、分からないことが分かったよ。これって大事なことだと思う。リベン君」

「はい?」


 リベンは名前を呼ばれて横を向くと、アペソンが彼の方を向いていて微笑みかけた。


「ありがとね」


 その笑顔は慈愛に満ちていた。妹のパーリラを気遣う優しい姉。しかしその笑顔はエジンと直接対話で消えることになるのだった。

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