51話 E14
ケンランでは実力が下の者が上の者に運で勝つことはあるが、試合回数を重ねると運要素が薄まり、実力差が生じてくる。そして何よりケンランには逆転要素が無い。
雪剣で斬りつけた箇所は真剣のように切り傷ができることはないが、その斬りつけた箇所は麻痺する。有利になった側が更に有利になる仕組みだ。斬られた側がパワーアップして逆転することはない。
この仕組みにより、観客は逆転があるかもといつまでも泥試合を見ることは無い。加えて、一試合あたりの試合時間は短く、一時間も二時間も逆転のない一方的な試合を見ることもない。拮抗して天秤が揺れているような緊張感あるやり取りの末、一度片側に傾けば速やかに決着がついて開放感を得るという体験になる。
一方で実力差が開きすぎていると、天秤が揺れるような緊張感のあるやり取りはなく、あっさりと決着がついてしまうという欠点を持つ。それを避けるために実力の拮抗している選手が複数いる方が良い。運営としては、1位周辺で同程度の実力者が固まっていてもいいし、それが10位周辺でも20位周辺でも構わない。どこで実力が固まるかは分からないため、幅広い実力の選手を求めているわけだ。
とはいえ、学園ランキングは年によって強さが異なるため、毎年上位をスカウトしていけば業界は自然と幅広く個性的な選手が手に入る。プロ選手になりたければランキング戦に挑み、上を目指すのが鉄則であることに変わりはない。パーリラたちはランキングの頂点を目指すことが有効な道だ。
その日の日暮れ頃、リベンは気晴らしに外を歩いた。日がほぼ沈んでいるので強い日差しはなく、道や壁に熱気はあるがそれなりに快適な気候だった。空の雲は日の光を受けて照らされて真昼間ほどではないが十分に明るかった。
休日の閑静な学園の敷地を歩いていると、バードバスの見えるベンチの前を通りかかり、足を止めてベンチに向かい、そこに座りこんだ。
林の中のどこからか高音の綺麗な鳥の囀りが聞こえ、風が吹くとシャシャシャ…と木の葉が擦れる音が聞こえて、リラックスしていった。しばらく待っていると小鳥がバードバスにやって来て、パシャパシャと水浴びをして飛び立って行った。丸くて小さく、ピョコピョコと動く姿や、水浴び後のボサボサの姿がかわいらしく、見ていると癒された。
そうしてのんびりと過ごしているとリベンは徐々に退屈さが湧き、頭が回るようになり、感受性も戻って来た。
そうか。なぜかやる気が出ないと思ったら、今週は部活に出ていなかったからメンタル回復ができていなかったのか。意外に影響力があったんだな。それにあいつと過ごすのも効果があったのかもしれない。少し物足りなさを感じる。寂しさだろうか。そこまで大袈裟なものには思えないが、まあとにかく活力は戻って来た。
リベンは立ち上がって寮に戻っていった。そして活力のある状態で残りの休日を過ごした。彼は昔から鳥の囀りを聞くことでリフレッシュし、硬直しがちな心を動かし、感受性を高め、気づきを増やすことで強くなっていた。剣術と直接関係ないがこの寄り道が彼を強くしていた。他の一桁台もそれぞれ何かしら剣術以外にも取り組んでいることがあった。
月曜日の朝、リベンが鞄を机の横にかけて、席に着いて周囲を見渡すと、廊下の扉のところにちょうどメランドが来たのが見えた。彼女は目が合うと手を振って見せた。
「あ、そうか、鍵」
リベンは立ち上がって廊下に出た。
「おはよう。今週は部活出られそう?」
「おはよう。今のところは出られそうだ。先週は何か変わったことあったか?」
「特に変わったことは無かったよ。あ、そういえば木の上にハヤブサがいた。珍しくないか。でもかわいかったよ。飛ぶとかっこいい。かっこいい猛禽類が多い中ではかわいい方だと思うんだ」
そう語るメランドは楽しそうだった。好きなものを遠慮なく話せる相手というのは良いものなのだ
「確かに。かわいい方だな」
「猛禽類だから小鳥も食べるけど、捕食は自然界の掟だから仕方ないね。巣台を大型の鳥が近づけない天井近くに取りつけたり、巣箱の下に蛇返し付けたりするのは大目に見て欲しい」
「それくらいならいいんじゃないか?元から優先的に巣作りする場所はそういうところかもしれない」
「そうかも。…それじゃ鍵を返すね、手を出して」
「ん」
リベンは手を差し出し、メランドはその上に鍵を置いて指を押して包むように持たせた。
「あはは、やっぱり男の人の手は大きくてゴツゴツしてる」
メランドはぺたぺたと手を触った。リベンもまた、触れられることで彼女の柔らかさと滑らかさのある手の感触を感じていた。
「満足したか?」
「んー…手は堪能した」
メランドは手を離し、リベンは鍵をポケットへとしまい、じっと彼女の顔を見て様子を観察した。
「どうしたの?」
彼女は照れる様子もなくいつも通りの様子で不思議そうに首を傾げた。
「いや、もしかしたら何か起きるかなと」
「ちょっとー、私に何かした?」
「そういうわけじゃなくて…」
考えすぎか…。俺はこいつに恋心のような特別な感情を抱いているのかと思ったが、そういうのではなさそうだ。手を触れても、見つめても、ドキドキはない。安心感やかわいらしさは感じる。それから、漂ってくるいい匂いでぼーっとして、体の奥から熱のようなものを感じる。その熱が何なのか語弊を恐れずに言うならおそらく欲情の萌芽みたいなものだろう。
ドキドキとしないのは普段通りの様子だからか?普段とは違う反応だったらドキッとすると聞くし…。キスしたり更に先のことをしたりすればドキドキは起きるのかな。くすぐって出た声でも…。いや、そんな興味本位で試すのは相手に失礼だな。
「…結局どういうわけ?」
「俺に何が起きるかなと思ったんだ」
「どうだった?魅了されちゃった?」
メランドは小悪魔のような笑みを浮かべて尋ねた。
「見てたら安心感が湧いた。落ち着く」
「あっ、それ私も。ドキドキの逆なんて男の人相手に失礼かなと思って言ってなかったけど」
彼女はぱっと素直に驚きと不安、ほんの少しの喜びを混ぜたような表情に変わった。
「何だお前もか。俺は失礼とは思わないな」
「そうなんだ。良かった…」
不安が消えて安堵の表情を浮かべた。ころころと表情が変わり、隠さないところがリベンに安心感を与えた。逆にリベンは表情はあまり変わらないが、その動じない雰囲気にメランドは安心感を感じていた。互いに隠し事はあるが、人は誰しも隠し事くらいあるという共通認識によって不信感はなかった。
そうこうしていると、予鈴が鳴って話は終了した。
「じゃあまたね」
「ああ」
2人はそれぞれの教室に戻っていった。
メランドが席に戻る途中、リーザに声をかけられた。
「どうだった?」
「手を握ったらドキドキするかなと思ったけど、あるのは安心感だった。一瞬はするけど、安心感に塗りつぶされるというか…。嫌なわけじゃないよ、むしろ心地よいというか…」
リベンが考えたように、メランドもまた同じようなことを考え、リーザたちの提案で手を握ることで試していた。リベンが土曜日に野鳥観察をしてメランドがおらずに物足りなさを感じたように、リベンのいない部活を過ごしたメランドもまた同様に物足りなさを感じていた。
「手を握る程度じゃ刺激が弱いか…じゃあ抱き着いちゃえば?」
「うーん…どうだろう」
そこで話は終わり、メランドは席に着いて朝のホームルームが始まるまでの間に考えた。
腕に抱き着くのなら前にやった。あの時はリベンが人の話聞いてなくて気を引くために行い、当時は拗ねていたのもあってドキドキはしなかった。じゃあ胸に抱き着くのなら…とメランドは考えたが、付き合ってもないのにそこまでするのは相手に悪いと思い、実際にはやらないことにした。
メランドは心と体の反応に思考が振り回されることは無く冷静だったが、だからといって楽というわけでもなく、自分が彼をどう思っているのかはっきりと分からない疑問を頭の片隅に抱えながら過ごすのだった。




