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壁転生 壁になって悩める若者たちを高みの見物  作者: Ridge


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48話 B16

 高層ビル内部、ケンラン協会のフロアの一つに休憩室がある。その大きな部屋には様々な部署、様々な役職の人が休憩に訪れ、今日も部署を超えた話があちこちからしていた。

 その机の一つで会長と部下が外回りから帰って来て給茶機で淹れたお茶を飲んで一休みしていた。


「そういえば会長はユリブラン学園を評価しているようですね」

「ええ、そういえば理由は話していませんでしたか?」

「はい」

「そうですか。ではその前に競技の話からしましょう」


 会長はお茶を飲み、喉を潤した。これから少し長話になると思ったためだ。


「ケンランに限った話ではないのですが、競技が最適化していくにつれて試合や演技が似た展開になります。些細なミスが勝敗を分けるようになり、ミスを避けるために高難易度の見ごたえのある技ではなくコスパのいい地味で見ごたえのない技ばかりに収斂していきます。段々と見ていてつまらなくなった競技に経験はありませんか?」

「思い当たるのはあります。具体的な名前を出す事は避けさせてもらいますが…」

「言わなくても結構ですよ。採点競技であれば適切なルール改正で環境を変えることで混沌を作り出し、真新しさや独創性で話題が生まれることもありますが、相手を倒す競技性ケンランに採点ルールはないためルール改正は難しいです。不自然なルールを追加して環境を混沌とさせることは可能ですが、よほどうまくやらなければ困惑するばかりで面白味に欠けます」

「成程…ルール改正はそういう効果があったのですね」


 後輩は他の業界にあまり詳しくなかったため、新しい知見を得られて感心していた。


「最強の座を求めるのが競技性ケンラン選手です。ただし、それは彼らの事情。私たち運営サイドの事情は異なります。私たちの目的は興行的に成功することです。言い換えれば観客を楽しませる試合を提供して対価を得ることです。それには新鮮さや個性的であることが有効なのです」


 会長は一呼吸置いて椅子に深く座り直して話を続けた。


「それを念頭に置いた上でユリブラン学園の話に入ります。あの学園では試合の定石を学びます。これだけでは皆似たような技で退屈な試合となるとお思いでしょう?しかし、そうはならないのです」

「どうしてですか?常識を知ることで意図的に非常識を生み出せるといった話でしょうか?」

「いいセンスしていますね。その通りです。あの学園には定石を知った上でそれを超えようとするインセンティブがあります。それが決闘とランキング戦です。ある程度までならより定石通りにできる方が勝ちます。しかし、上位陣は定石を超えなくては勝てなくなるのです。加えて決闘で勝てば思い通りになる環境です。個性的な技と性格を持つ選手に仕上がるわけです。業界に好都合です」

「成程…あの学園出身の選手のフリーダムさに魅了されているファンもいますね。そういうことだったのですか」

「よく勉強していますね、偉いですよ。…とまあ、そういう訳であの学園を高く評価しているわけです。ある意味では、一部のスター選手を生み出すためにその他の生徒が養分になる巨大な農場…。ああ、学園の先生たちには言わないでくださいね。怒らせてしまうでしょうから」

「分かってます。ありがとうございます。謎が解けました」

「それは良かったです。さて、そろそろ仕事に戻りますか」

「はい」


 2人はお椀のお茶を飲み干し、カップを返却台に置き、仕事場へと戻っていった。



 金曜日の放課後、リベンは学園長室を訪れた。場所は職員室の隣で廊下から見た外見は何の変哲もないのだが、妙に緊張する。

 ドアをノックし、部屋の中から「どうぞ」と聞こえ、扉を開けて中に入った。


「失礼します。一年のリベン・クースです。」

「いらっしゃい。待っていたわ」


 部屋の奥にはレースカーテンで覆われた大きな窓があり、その手前には学園長用のしっかりとした椅子と机があった。その両側の壁には本棚があり、本やファイルが収まっていた。右側の壁の本棚は左側に比べて小さく、代わりに準備室への扉がある。手前側の空間にはソファと低い机の応接間があり、その向かいの棚にはいくつものトロフィーが飾られていた。

 初老の女…エジン・ベルウッド学園長が席から離れて応接間の方へ歩いてきた。


「リベン君、そこにかけて」

「失礼します」


 2人は向かい合ってソファに座った。


「まずは7位上昇おめでとう。一桁台の3年生を倒すとはすごいわ」

「ありがとうございます」

「同じ相手と決闘しても順位が変わらないインターバル期間があるけど、それを過ぎて負けたら取り返されてしまうから頑張ってね」

「はい」


 エジンはニコリと笑って緊張をほぐそうとした。しかしリベンの警戒心は強く対して変わらなかった。


「リベン君、先輩としてアドバイスを一つ。あなたのように道場出身者は残心まで気を抜かない人が多いわ。それはいいことだけど、ケンランが興行的な面もある競技ということを考えると、小さくまとまってて物足りないわ。相手の腕や足を麻痺させて、もう動けないのが分かっている状況では大振りな技でトドメを刺すべきよ」


 競技性ケンランにおいて、細かな動きの多い鍔迫り合いは観客の緊張が高まる場面、そしてトドメは観客に緊張からの開放をもたらす重要な場面であり、派手で大きな動きが求められる。ただし、あまりにわざとらしいと冷めるので、いかに自然に行うか演技力が問われる。


「余裕がない時はつい癖でやっていました。気を付けます」

「残心自体はいい事だから、普段はするといいわ。ただ、観客が見ている時にはそれに応じた態度を取るということね。家に一人でいる時はくつろいでだらけても、人前ではシャンとするようなもの」

「観客の目ですか…目の前に集中していて難しそうです」

「何も観客に媚びようという意識でいることはないわ。試合を見に来てくれてありがとうという感謝の気持ち…自然と湧き上がってくる謝意を利用するの」

「湧き上がってくるものですか…やってみます」

「頑張ってね」


 なまじ母さんやパーリラから悪評を聞いているから、反動で悪い人に見えなくなりそうだ。実際にはほんの一部を知ったに過ぎないというのに。実際は色々な面があるのだろう。判断するのは早計だ。


 その後、リベンは7位に上がるためにしたことや何に注目したか、どんな心構えや背景だったかなどを聞かれ、一通りそつなく答えた。リベンの母の話は全く出て来ないため、まだ気づいていない可能性は高まった。


「成程。ありがとう」


 そしてそれが終わった後、エジンは肩と首を回してコリをほぐし、息を吐いて気合を入れ直した。


「あなたは娘のパーリラと仲良いと聞いているわ」

「まあ、友人ですから…」


 リベンはそれが本題が終わって雑談に入った雰囲気にも思えたが、実はこっちが本当に話したいことではないかと疑った。


「あなたに頼みたいことがあるわ。あなたからもあの子に競技性選手を諦めるように言ってもらえないかしら?」

「どういうことです?」

「知っての通り、競技性選手は狭き門。選手になるのも難しいし、半端な実力でなれたとしてもあの子が苦しむだけ」

「彼女は俺やトレアルよりは弱いですが、それでも強い方です。諦めるなんて勿体ない…」

「あの子では力不足。とても頂点に立てない。元選手で多くの生徒を見て来た教育者である私には分かる。余計に苦しむだけだからやらない方がいい」


 俺には諦めろと言わないのは俺なら選手になれると期待してもいいのか?いや、そんなことよりも…。


「あいつが俺の言うことに聞く耳を持つかどうか…。昔、競技性選手目指していると本人に聞きましたが決心は固いみたいですよ」

「同年代のあなたが言えば気が変わるかもしれないわ。試してみる価値はあると思うわ」


 その後、少し話をしてリベンは部屋を出た。

 そして近くの壁にもたれてウィンドウを出し、パーリラへ会って話をしようとメッセージを作成して送り、寮へと帰っていった。

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