47話 E13
夜の寮、リベンは部屋に戻ってベッドに座り、宙にウィンドウを出した。そこには開封済みの開いたままにしてあるメールが表示されていた。それを見るリベンは難しく考え込んだ顔をしていた。
内容は学園長からの呼び出し。と言っても、悪いことをしたわけではなく、ランキング一桁台の3年生を倒して7位になった祝いとぜひ話を聞きたいという内容だった。時間は金曜日の放課後で今週は部活に出られないか遅れるかとなる。
さてどうしたものか…。これが呼び出すための口実であって本当の目的は別にある可能性もある。もし家のことまでしっかり調べていたら、母さんのことがバレてるかもしれない。だがもしそうだとしても、俺が母さんに何か言われているのか確かめるために呼んだ可能性もある。
下手に何も知らないフリをするよりも、知っていて俺には関係ない話という風を装うのが良さそうだ。名誉を回復させるのが目的という風でもいい。
もし、なぜ母親のことを隠していたのかと問われたら、悪い噂を聞いていて血縁者である自分の立場を悪くしないように黙っていたと答えればよい。それだけのことだ。
ここでいきなり復讐というのはリスキーだが、直接会って復讐のための隙を見つけ出す絶好の機会だ。
それにしても物事とは上手くいかないものだ。楽しいことに打ち込んでいても、それがずっと続くわけじゃない。今回は復讐のことを思い出す出来事によってブレーキがかかった気分だが、勢いを止めるのは何も復讐だけじゃない。
生きて行く上で一つのことだけをずっとやっていられるわけじゃない。だから楽しく取り組んでいる一つ以外の出来事も必ず起きて勢いを止められる。その度に落ち込んで引きずっていたら時間の無駄だ。それではチャンスを逃す。落ち込むのは今夜限り。寝てしまおう。
リベンは眠りに就いた。少しの間、復讐を忘れてランキング戦に挑んで楽しんでいたのに水を差されて落ち込みはしたが、恨みはしなかった。恨む発想すらなかった。引きずらないようにひとしきり考えた後、寝て忘れることにした。
翌日、リベンは登校して教室でパーリラに会って声をかけた。
「おはようパーリラ」
「おっ、おはよう。驚かせないでよね」
パーリラは上ずった声で返し、伏し目がちでリベンから目を逸らしつつも時々上目遣いで顔を覗き見た。
「驚くようなことないだろ」
「もういいから。一体何の用よ」
今日はまた一段とツンツンしている。
「俺さ、金曜の放課後に学園長室に来るように呼ばれたんだ」
「学園長なら生徒を呼ぶくらいする。珍しくもないわ」
「そうなんだけど、何か聞いてないかなって?」
「私には何も」
「そうか。それだけ。ありがとう」
リベンはパーリラに礼を言って自分の席に戻っていった。
娘に俺はどんな人か聞くくらいはするかと思ったが、仕事とプライベートを切り分けているのか、それとも仲が悪いからなのか、余計な噂が立つのを避けるためか、聞くことは無かったようだな。
金曜日…明日か。トレーニング無い日だから汗だくで行かなくていいのはちょうどいい。部活に出られずに終わるかもしれないが。あ、そうだ、鍵。部室の鍵が無いとメランドが困る。寮じゃなくて実家通いで用事もあるから待っているわけにはいかないからな。渡しておかないと。
俺がランキング戦の決闘で部活に遅れることがあるから鍵を借りたんだっけか。そういうことは学期始めによく起きるようだけど、それも落ち着いてきたし、鍵はあいつが持ってた方がいいかもしれない。
リベンは鞄の中を確認し、入れたままにしている部室の鍵を見つけて手に取り、教室を出て隣の教室の前に来て開いている扉から教室の中を見た。メランドを探すが見当たらない。出直すかと離れようとした時、女子生徒に声をかけられた。
「君、7位のリベン君だよね。誰かを探してるの?」
呼び止めて尋ねたのはメランドの友人のリーザだった。
「ああ。メランドを探してるけど、まだ来てないのか。後で出直すよ」
「いつもならもう来てるけど、忘れ物でもして遅れているのかな?伝言があれば私が伝えようか?」
「そうだな…」
どうしようか。この人は悪い人には見えないが、それでも大事な鍵は直接渡した方がいいような気がする。別に後でチャットすればいいんだけど、伝言だけここで頼んでもいいか。
「それじゃ頼む。内容は、今週の部活は用があって、遅れるか出られないかもしれないから部室の鍵を渡したい。次の休み時間にまた教室に来る」
「今週の部活は用があって、遅れるか出られないかもしれない。だから部室の鍵を渡したい。次の休み時間にまた教室に来てその時に渡す。でいい?」
「ああ。それで大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、伝えておくね」
「よろしく。鍵はもう返したままでいいかもな…」
リベンは教室を出て自分の教室に戻っていった。
予鈴が鳴り、生徒たちは教室に入り、廊下を先生たちが担任のクラスに向かって歩く中、メランドは急いで教室に入った。
「セーフ!間に合った!」
席に向かう途中、リーザに声をかけられた。
「おはよう。リベンがあんたを探してたよ」
「え?それは悪いことしたな…。何か聞いてる?」
「今週の部活は用があって遅れるか出られないかもだから、部室の鍵を渡したいんだって。次の休み時間に来るってさ」
「了解。でも待たせた上にまた来てくれるのは悪いよね。こっちから行くね」
メランドは些細な用事でも会えるのが嬉しそうに微笑みを浮かべていた。
「あと、鍵はあんたに返したままでいいかもって…」
「…え?」
その言葉の意味が何通りか脳裏に思い浮かび、笑顔が消えた。その一つはもう会うことは無いから返すという意味。7位に上昇直後ということもあり、ランキング戦に本腰を入れてもう部活に出ないということもありえなくはない。そう考えるのは自然なことだった。
「そう…伝言ありがとね。確かめておく」
とはいえ、考えすぎている可能性もあるため、リベン本人に聞いて確かめることにした。席に着いてホームルーム、一限目の授業を受け、休み時間になると隣のクラスに行き、扉の前でちょうど出ようとしていたリベンに会った。
「あ、これから行こうとしてたんだ。こっちから行くって伝えられてなかったか?」
「ううん。そう聞いてる。でも待たせた上にまた来てもらうのも悪いから」
2人は扉の前だと邪魔になるので、廊下に出て壁側に来た。
「朝はごめんね、折角来てもらったのに。今日に限って忘れ物で戻っててギリギリになっちゃった」
「いいよ。こうして渡せるんだから」
リベンは部室の鍵を差し出したがメランドは受け取る手を出さなかった。
「どうした?」
「その前に確認したいんだけど、私に返したままの方がいいと言ったのは本当?」
「え?ああ、金曜日に決闘することも減って来て、部室に人がいて鍵が開いてる間に入れるから、もう返してもいいかなと」
「なんだ。そっちか…」
メランドは安心して腕を出し、鍵を受け取った。そしてリールのフックをスカートのベルトにかけて、鍵をポケットに入れた。
「もしかしたら部活辞めるのかと思ってしょんぼりしちゃった」
「今のところはやめるつもりは無いよ」
「そうなんだ。良かった」
メランドは嬉しそうに微笑んだ。好意を隠す気が全くない。
「今週は私が持つね。でも鍵はリベンが持ってた方がいいよ」
「どうして?」
「この学園ではランキング入りしている人の方が偉い。一桁台なら超偉い。一桁台なのに部室の鍵を優先して渡されていないのはかっこつかないよ」
前から一桁台だったよな…?あの時もメランドから借りていただけで俺の所有物ではなかったような…。いや、それを言い出したらメランドも学園から借りているだけで所有物ではないか。まあ、俺の手元にあったわけだから、渡されていたと言えるか…。
「別に俺は気にしない」
「駄目だよ。それ含めてちゃんと意味のある決闘システムなんだから」
「でもそれを言い出したら、偉い人は自分で車を運転しなかったり、扉を開けて貰ったりするだろ?俺が自分で鍵を持つ方こそ変じゃないか?」
「そうだけど…。えっと…そう!偉い人は車が全部出てて乗れないってことは基本的に無いでしょ?でも部室の鍵は私が不在で開けれないなんてことになりうる。だからリベンが持つべき」
「そういうもんかな…?」
「そういうものだよ」
メランドは有無を言わさぬ雰囲気で言い切った。
「まあいいや。そこまで言うなら俺が持つよ。来週俺に渡してくれ」
「うん」
「じゃ、次の授業があるからそろそろ」
「またね」
2人は廊下で別れてそれぞれの教室に戻っていった。
メランドの理屈は一応筋は通るが強引なものだ。それでもリベンに持たせたかったのは、彼女の直感がそうすべきと考えたから。リベンを部活に結び付けておかなければ、影のある彼は消えてしまう危うさを感じ取っていたからだ。彼女は復讐のことを知らないが、結果的にそれを阻む立場にあった。




