46話 D3
職員室ではロングヒル先生が授業の準備を終えて教頭先生と話をしていた。
「ん?今何か言ったか?」
「7位が変わったと言ったんですよ、教頭先生」
ロングヒル先生はウィンドウを出して、決闘の結果8位と7位の生徒の順位が入れ替わったことを見せた。誰かが撮った決闘の写真も何枚か表示された。
「2人とも風変わりな構えですよね。フランクの方はボクシングみたいですし、リベンの方は鎗の上段を思わせるような形です」
「うむ。変わり種同士の対決だったわけか」
「ふうん。これは面白そうみゃー」
2人の後ろから壮年の男が声をかけた。
彼はケンラン協会幹部の一人、試合組部長。試合組部は、試合のマッチングを担当する部であり、面白い組み合わせを求めている。
彼はザークの父の友人で、今はザークの後見人をやっており、今日は近くまできたついでに様子を見に来ていた。その帰りに友人のいる職員室に挨拶に寄ったところ、決闘の写真を見たのだ。
「気になりますか?」
「みゃあ」
試合組部長は2人の名前を憶えた。後でザークに聞き、動画を見せてもらう予定だ。
「こういう変わり種を少し混ぜると意外性があって面白くなるみゃー。後でゆっくり見るみゃー」
会長たちが懸念しているように、全体的に技術が上がって足切り点が上がったことで変わり種が出にくくなり、タレント性が低下することを彼も懸念していた。そこでこの発見は期待が高まった。
「バックウィステリア先生は不在か。お邪魔したみゃー」
部長は職員室を出て、そのまま学園を出て行った。
その夜の寮の浴場で、シュロンとミクロナは並んで湯に浸かってのんびりとリラックスしていた。風呂は清潔に保たれて嫌な臭いがせず、手足の伸ばせる広い湯舟にハーブの入ったネットの袋が浮かび、爽やかな匂いが薄っすらとする。湯加減はぬるま湯で、水の浮力と相まって体を楽にする。
「シロちゃんが嬉しそうなのは私も嬉しいけど、ちょっと羨ましいな。私じゃベンちゃんと勝負にならないから」
「別のことで勝負したら?」
「うーん…別のことか…」
ミクロナは何か求めているのと違うなと思いながら、それが何なのか分からずにもやもやとした。
「まあいいや。ベンちゃんとシロちゃんは異性の仲って感じじゃないよね。まるで同性の友達みたいな」
「あたしはクロみたいに胸が無いから…」
シュロンは胸の前に腕を交差させて抱え込むように俯いた。
「いや、その…そんなつもりじゃ…」
「冗談。ふふっ、そんな慌てなくても」
シュロンは顔を上げて手の甲でミクロナの胸をポンと叩いた。
「もー!シロちゃんの意地悪」
「あはは、ごめんごめん」
2人はとてもリラックスした様子でじゃれあって、のぼせてきて風呂を出た。その後、部屋着に着替えて更衣室を出て、食堂に行って夕食を取った。
「偶然だけど、ベンの食事時間と合わなくてよかった」
「別に隠す事ないのに」
「嫌だ、恥ずかしい。クロは違うからそう言えるんだ」
「でも食事するところを見なくてもベンちゃんの耳に入ることあるんじゃない?」
「もっと話題になる人いるから耳に入らないと思う。それに、実際に見るのと話に聞くのとでは違う」
「そうだけど…そんな気にすることないのに」
シュロンは自身が大食いであることを恥ずかしがっている。しかし、アスリートにとって多く食べることができるのは強くなるために有効で、恵まれた才能の一つである。
シュロンはミクロナより少し背が高い程度でスレンダーな体格をしており、競技性選手コースの激しい運動によって多く食べないと痩せて行く。ミクロナからすれば、食べる量が多い程度のことを別に隠さなくてもいいのにと思うが、リベンと再会して話した時に口止めされ、あえて喋らなければならない理由もなく、リベンには知らされていない。
2人はゆっくりと食事を終え、それぞれ自分の部屋に帰って勉強をした。それが一区切りつくと、シュロンは休憩で本を読み、ミクロナは部屋を出て散歩に出た。散歩といっても寮内を歩くか、寮の前を少し歩く程度のもので、軽い気分転換だ。
ミクロナは階段を下りて玄関を出ると、ひんやりとした風が肌を撫で、辺りは暗く、前の並木道には明かりが灯っていて、幹や葉がぼんやりと照らされていた。
少し歩くとミクロナは早速、人を見つけた。
「ベンちゃん、こんばんは」
「こんばんは。どうしたんだこんな時間に?」
「ちょっと気分転換に。そっちこそ」
「俺も同じだ。外の風を浴びたくなった」
「そうなんだ」
ミクロナは同じ理由で嬉しくなり、声にそれが現れた。
「ちょっと歩かない?」
「帰るところだったけど…もうちょっと歩こうかな。いいよ」
「ありがとう」
リベンとミクロナはゆっくりと歩き出した。
「そういえばベンちゃんも気分転換に部屋を出るよね。私と同じ」
「そうだな。でも普通のことだろ?」
「確かに定番だけどそうとも限らないよ。部屋から出ないまま音楽聞いたり、動画を見たり、ゲームをしたりする方が多いって人もいるから。絶対部屋を出ないってわけじゃないよ」
「ふーん…」
言われてみればそうか。俺の場合は気分転換には部屋から離れて違う空気を吸うことが有効だけど、皆が皆そうじゃないんだ。
「時間があるならドラマやアニメ見れるのに、歩くだけで時間を消費するなんてもったいないって言ってる友達もいた」
「成程、そういう考え方もあるのか」
「でも私は散歩の方がいいな。頭がスッキリするもん」
「そういや走るのが好きだったな。クロちゃんの場合はそれもあるのかもな」
「歩くのと走るのは結構違うけど、外で体を動かすのは一緒だね。そうなのかもね」
2人は正門方面と校舎方面の分岐の前に出て立ち止まった。
「戻るか」
「そうだね。いつまでも休憩してたらいけないね」
向きを変えて寮へと帰っていった。寮の明かりが近づくにつれて終わりが近づくことが感じられ、少し物悲しくなった。しかしそれだけではなく充足感もあった。
ミクロナはシュロンがリベンと戦うことを羨ましく思ったが、それは戦えるから羨ましかったのではない。仮にシュロンの立場になったとしても勝負をすることは望まないだろう。彼女は2人の特別な絆が羨ましかったのだ。
比較的内向的な性格で、交流のある人は多くない。リベン、シュロン、ミクロナの3人でいるところで2人だけが強い繋がりだと自分は要らなくなってしまうのではないかと不安があった。もしそうなれば生きていけないというほどではいが、考えたくないことで考えないようにしていたのもあって、ぼんやりとした不安だった。
彼女は過去に競争で運動が嫌いになっていた経験から、競争はあまり好まない。好まないが、生きて行く上で向き合わなければなないものだと思っている。それが必要な時は向き合うが、普段の選択肢の優先順位は高くない。
それゆえ、シュロンに羨ましいのならクロも勝負をしたらどうかという旨を言われた時に何かが違うと思ってもやもやした。リベンとシュロンは剣という共通点で繋がりがあり、リベンとミクロナは気分転換に歩くという共通点で繋がりがあることを認識し、自分も共通点を持っているんだと安心できた。ちなみにシュロンとミクロナには好きな食べ物や好きな動物、同郷であることなど、複数の共通点がある。
リベンたちは寮に戻ってきて、廊下で男子寮方面と女子寮方面に別れた。
「じゃあベンちゃん、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
2人はそれぞれ自室へと戻り、その日の勉強や作業をして終わらせ、寝る準備をして眠りに就いた。窓から漏れる寮の部屋の明かりは次々と消えて行き、やがて静寂に包まれ夜が更けていった。




