40話 B15
パーリラは厄介な悩みを抱えている。自分が興味を失われるのは嫌だが、好意を持たれるのも嫌。色恋にうつつを抜かしてないで強くなりたい一方で、人を好きになる気持ちを失いたくなくて恋を冷ましたくもない。難儀なことである。しかもリベンとは生まれが似ていることから親近感を感じており、できることなら嫌われたくないし、嫌いになりたくもないと思っていた。
金曜日の放課後、部活の時間に、パーリラが料理部の材料運搬のために外の廊下を歩いていると、リベンとメランドが並んで歩いているのが見えた。掃除道具の入ったバケツ、水の入った瓶を持っている。バードバスの掃除に向かう途中だ。
お互いに落ち着いてリラックスして話していた。意識して天邪鬼なことを言ってしまうパーリラとは対照的に。パーリラからは、リベンとメランドはどちらも恋をしているようには見えないが好意があるのは見て取れた。
パーリラはメランドのことが好きではない。それは意中の人と彼女の仲が良いからという訳ではなく、もっと前から彼女のことが好きではない。嫌いになるほどではないが、プライドの高いパーリラにとって、簡単に人に甘えて頼る彼女はプライドのない人として好きになれない。あざとさも苦手だ。
一度同じクラスになっただけで、彼女のことを詳しく知らないため、よく知りもせずに悪く思うのは品が無いと思い、嫌いにならず、好きではない止まりである。もしかしたら、何かの切っ掛けで好きになるかもしれないと思っている。
過去にメランドが所属する野鳥観察部について不思議に思って話したことがある。
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「あんたは野鳥を捕まえて飼育したいって思わない?」
「えー?それは可哀想だよ。広い空を飛ぶんだから」
「見るだけで満足なのかしら?」
「そうだね。でも見るだけと言っても、水場を用意したり、餌をやったり、巣箱を設置したりするよ。餌やりは餌のない冬の間だけね。春先も残ってたらやるかな。夏は害虫を食べて駆除してもらう」
その時は種子類は既に尽きたが、穀類はまだ少し残っていた。
「本当に見るだけでいいの?捕まえて自分のものにしたくならないの?」
「可哀想だからしないって。訪れてくれるだけで嬉しいよ」
「ふうん…」
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その時は何とも思わなかったが、今はこれが野鳥だけでなく好きな男にも当てはまればいいなと思った。実際には無いだろうと思いながらも、もしかしたらと淡い期待を抱いていた。
「はぁ…」
メランドはかわいいし、胸もあるし、頭もいい。素直で、優しくて、ちゃんと感謝もできる。好かれるのは当然ね。個人的には好きになれなくても、好きになる人がいても不思議に思わないわ。
そうか…分かったわ。私のことを好きになる相手に冷めてしまう理由。私のことを好きになるなんてそんなの見る目が無いからよ。納得のいかないと思っている。
いや、見る目が無いなんてぬるいものではなく、気持ち悪いと思ってるんだわ。例えイケメンでも、ハエが好きなんて人は引いてしまうように、どんなにいい人でも私なんかを好きになる人には引いてしまう。
あれ…?私、そんなに私のことが嫌いだったのかしら…?ハエは言い過ぎにしても、私のことを好きになる人はおかしいと思っているんだわ。
パーリラは納得して落ち込みながらも少しすっきりした。荷物を部室に運び込み、気を紛らわせるように調理し始め、集中して一旦忘れて楽しく過ごすことができた。
その翌々日の日曜の夜、アペソンは調べ終えてパーリラを部屋に呼び、前回同様にちゃぶ台前で話をした。
「分かったことがあるわ。多分だけど、あなたは自分のことが嫌いなのよ」
「…私もそうなんじゃないないかと思ったわ」
「そうなの?それなら話は早い。自分が嫌いなものを好きな人とは距離を取りたいと思うわけ。あなたが自己肯定感を高めて自分を好きになれれば、人に好かれても素直に喜べるわ」
アペソンは内心では他の可能性もあり、100%確実とは限らないと思ってはいたが、パーリラを不安にさせまいと確実であるかのような口調で断定した。
「方法はいくつかあるけど、あなたに良いのは小さな成功を積み重ねること。剣の道一本では駄目。結果がすぐに出ないから」
「他のことに時間を費やすってこと?私には寄り道している暇はないわ。そんな心構えじゃ強くなれない」
「本分が疎かになるほどじゃなくていいの。今だって料理部に入ってるでしょ?あれは剣と関係ないじゃない?」
「食べ物が体を作る。料理を学ぶのは強くなるためよ」
「でもそれだけじゃないでしょ?これは寄り道じゃなくて根を広く張るようなものよ」
「……」
パーリラは考え込み、納得してない様子だった。アペソンは何かないか、人から聞いた話だけでなく見た劇や読んだ本を思い出して解決策を探した。そして可能性があるものを見つけた。
「一つのことをずっとやって人生を過ごしてきた人がそのやり方は間違いだと言われると、人生そのものが否定されたようで必死に拒否しようとする。もし、色んなことをしてきて人生がそれだけじゃなければ、聞く耳を持つことができてより良くなるでしょうね。例えば、毎日欠かさず何年も運動一筋で過ごしてきた人に、筋肉は休ませなきゃ駄目だと言っても、今までの時間が無駄だったのを認めたくなくてそんなはずはないと聞く耳を持たないかもしれない。そうするといつまで経っても強くなれないまま年を取って衰えるわ」
アペソンはパーリラの手を取って優しく包み、安心感を与えた。
「だからあなたが強くなるためには、剣以外にも色々なことをした方がいいと思うの。私は競技性選手じゃなくて演技性選手を目指しているから演技が上手くなりたい。自分を高めたいという意味では同じ。お互い頑張りましょう」
「今更新しいことなんてできるかな…」
「絶対音感みたいに幼少期にしか手に入らないものは無理でも、できることは沢山あるわ。何もプロ級にならなくてもいいんだから。ちょっと絵が描けるとか、少し機械が弄れるとか…あなたの得意な料理だって店で出せるほどの技術や生産力をつけない限り意味がないってことはないでしょ?だから恐れないで」
アペソンはパーリラをじっと見て、パーリラはこくりと頷いた。
「そうだ、来週の休みに一緒に服買いに行きましょう。いい物が手に入れば自分は運がいいとか、いいセンスだとか思えるから。ね?」
「そんなことでも…。分かった、やるわ」
「その調子!」
その後、来週の予定を立てたり、取り組むことを挙げていったりして、2人は喋り疲れた。しかし、気持ちのいい疲労だった。
最後、パーリラが部屋に帰る前にアペソンに尋ねた。
「なんでお姉ちゃんはこんなに私に良くしてくれるのかしら?」
「なんでって…かわいい妹だから?いや、かわいい後輩だったとしてもやるかな?」
「冷静になったらお姉ちゃんの貴重な時間を取ってしまって申し訳ない…」
「私はあなたに教えながら、自分を見つめ直すきっかけになった。無駄だったとは思わないわ」
アペソンは心配しないでと微笑みかけた。
「でもあなたが頼もしくなるならそれは嬉しいわ。私は応援している」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
パーリラは笑顔を見せて自分の部屋に帰っていった。夜は更けていく。
パーリラは剣以外にも目を向けることにした。恋にうつつを抜かしている暇はなく終わらせるべきと思いながらも、好きな気持ちを消したくないとも思っていて、その板挟みで苦しんでいたが、寄り道を許可したことでその苦しみから解放される。この後にもし恋の苦しみが控えていたとしても、前より強くなって乗り越えられると信じて。




