36話 A4
「お邪魔します…」
「ん」
シュロンの部屋に入って靴を脱ぎ、奥の部屋に行くと正面の壁いっぱいに本棚があり、そこに大量の本が収められているのが真っ先に目に入った。右壁沿いにベッド、左壁沿いに勉強机、部屋の中央にはちゃぶ台があった。机の近くにはレースカーテンのかかった小さな窓があり、薄っすらと山と空が見えた。
「すごい数の本だな。それも電子じゃなくて物理なのか」
「電子書籍も読むよ。物理書籍が多いのは電気が無くても読めるのが便利だから」
「何読むんだ?小説?」
「小説が一番多いけど、評論や解説書も読むよ」
「ふーん」
シュロンは喋りながら手で示してちゃぶ台に案内し、リベンは座布団に腰掛けた。シュロンは隣の部屋からガラスのコップに冷蔵庫から出したお茶を注いで持って来てリベンの前と向かい側に置いて、向かい合って座った。
「そういや部活聞いてなかった。部活は文芸部?」
「あたしが属しているのは読書部。文芸部じゃなくて」
「何か違うのか?」
「この学園の文芸部は読書以外にも自分で作品を作る集まりに対して、読書部は読書をする人の集まり。読書部は部員同士で読んでいる本の情報交換したり、図書室の手伝いをしたりする」
「へー。シロちゃんは書かないの?」
「あたしはいいよ。ケンランの試合やトレーニングで忙しくてそんな気力は残ってない。あ、誤解しないで欲しいけど、書いている人はトレーニングなどの手を抜いているというわけじゃなくて、あたしには荷が重いってこと」
「そうか。まあ、十分楽しんでいるようだから別にいいけど」
リベンはお茶を飲み、シュロンから話をするのを待った。人に聞かれたくない話があると言っていた。
それにしても小さい頃の腕白小僧の印象があって、シロちゃんが読書するなんて意外に感じる。クロちゃんが運動好きというのも意外だ。あれから10年以上経っているから変わるか。この2人は印象とは逆だな。
……。中々喋らないな。アペソン先輩みたいに空気を緩ませるべきか。
「これだけ本があると官能小説が隠されていたりして」
「あの2段くらいは全部官能小説だよ」
シュロンは本棚の上の方の段を円を描くように指さした。
「マジで?」
「嘘だと思うなら見せようか?」
「いや、今はいい」
シュロンは立ち上がろうとしたがリベンは手を前に着き出して制止し、彼女は座り直した。
「俺をからかってるのか?」
「半分は当たり」
その笑みには少し緊張の色が見えた。リベンに拒絶されないか心配な部分もあったが、上手く行って安心している。
「もしかして読書家は純真無垢だと思った?」
「いや、そこまでは…。でも一人で読書して過ごすから、異性との交流も少なくて疎いものだと…。それに読書家でも官能小説読まない人だっているだろう」
「文学には結構エッチなのもあるんだ。知らなかった?」
「そうなのか…」
リベンは本をほとんど読まないのでそれが本当か嘘か判断できなかった。
「ついでに言っておくと、あたしは体を重ねる描写のある小説が好きだよ。幸せそうに絡み合っているのは読んでいて幸せな気分になるな。好きなジャンルの一つだ」
「要するにエロ本か」
「まあ、そうとも言えるけど、イマイチ伝わって無さそう。何と言えばいいか…」
シュロンは立ち上がってウロウロと歩いて考え始めた。部屋の中をくるくる回っていたが、急に立ち止まり、手をパシッと合わせて座りこんだ。
「あたしとしては、恋愛もので体の接触を描かないのは温泉街に行って温泉に入らない、もしくは肉料理の店に行ってステーキを食べないようなもの。無くても楽しめなくはないけど、不自然にいい部分を取り除いているようなもの。まだ小さな子で温泉に入れないとかステーキを食べられないとかはあるけど、大人がわざわざ避ける必要なんてないわけ」
シュロンはうっとりと遠くを見ながら話を続けた。
「幾多の困難を乗り越えて結ばれた2人が身も心も隠さず全てを曝け出して深くつながるのは、この人たちが報われてよかったなあ…と心を打つ。これがキスだけでもまあ…悪くはないけど物足りないな。全年齢向けなら仕方ないけど。そうそう、最後の最後だけやるとは限らないよ。むしろ、何度もやっていてその中にかみ合わない時のあまり気持ち良くない空しさのある描写があると、気持ち良く満たされている描写を読んだ時の幸福感が増す。ああ、良かったね、お幸せにと幸せを分けてもらえるみたいだ」
シュロンは少し上を向いて目を閉じ、前に向き直って目を開いた。その目は遠くではなく目の前をはっきりと見る目だった。
「すまん、茶化して悪かった」
「分かってくれてよかった」
「それにしても好きな物に本気の姿勢、かっこいいな」
「かっこいいか…まあいいや」
シュロンは少し不満げだが、認められて嬉しそうに微笑んだ。かっこいいと言われることは多く、私服は似合うものを選んでクール系で、可愛く見られたい気持ちもある。
「でも…いや、それより…」
「何?言いかけて気になるじゃないか?」
「…シュロンの彼氏になる人は雰囲気がロマンチックじゃないと駄目だしされそうだなって大変かもな」
「うっ、否定はできない…。気を付けないと相手に高望みしてしまうかもしれない。でもさっきも言った通り、あたしはかみ合わないのは、かみ合った時の気持ちよさを際立たせるから無駄だとは思わない。通じ合って欲しいから、一方的に理想を押し付けず、お互いに歩み寄りたい」
「ふーん」
結構乙女チックだな。意外だ。
「あ、エッチな本読むからって、興味ない男にエッチなこと好きなんだろと迫られても無理だから。ムリリムリムリ、気持ち悪い」
「まあそうだろうな」
「でも恐れて声をかけられないのも嫌。話題は他にいくらでもあるからそれで話かけて欲しい」
「成程。難儀なことだ」
リベンはお茶を飲み、本題が来るのを待ちながらシュロンのことを考えた。
小説以外も読むけど、ここに一番多くあるのは小説と言っていたな。ザーク先輩とは媒体の違いはあるがフィクションの世界が好きなのは共通だ。もしかして本好きになったのはザーク先輩の影響か?
順位は1つ違いで近く、勝負したこともあるだろうし、交流もあるかもしれない。女子寮に男子生徒が入るのはコッソリなら大丈夫と知っていたのも、こうして男の俺を部屋に入れることに平気なのも、ザーク先輩で実践済みなら納得できる。
「どうしたの黙っちゃって?」
「いや、お前が人に聞かれたくない話があるって言うから待ってるんだけど…」
「ああ、あれは部屋に招き入れる方便だよ」
「何?」
「でも結果的に人前ではしづらい好きな本の話がそれに相当して結果オーライ」
シュロンは申し訳なさそうに苦笑いした。
「はぁ、騙された。さっさと決闘の申請をやって帰る」
「そのことだけだけど、やっぱあたし、ベンとは順位が隣り合ってから勝負したい。決闘はやめる」
「俺が申請すれば今日既に3戦済みでない限り断れないが?」
「うん。だからお願いという形で。さっきと言うこと変わって申し訳ない」
「…何で気が変わったか理由を聞いてから決めたい」
「今も昔もあたしにとってベンは特別だ。部屋に招き入れたら、もしかしたら違う思いが湧くかもと思って緊張もしたけど、とても居心地のいい友達だった。クロに案内されて再会した直後は記憶よりもかっこよくなってたからちょっと意識したけど、今は飾り気なく話ができる。こんな人そうそういない…特別」
俺もシロちゃんと話すのは気楽だ。変なこと言ってしまわないかとか、格好悪いところを見せたくないとか、今更そういうことは気にならない。同じ幼馴染でもクロちゃん相手は妹に格好悪いところ見せたくないと思うのに近いものを感じる。
「だから特別な相手には味気ない決闘ではなく、気分を盛り上げて戦いたい。我儘なのは分かってる」
「…分かったよ。俺だってまだシロちゃんに敵うとは思えない。もっと鍛えてから挑む」
「ありがとう」
シュロンはぱあっと明るく笑い、リベンの手を取って嬉しそうにぶんぶんと振った。
シロちゃんが嬉しそうで心が痛む。ランキング戦はこれ以上やるつもりはなかった。今は間を置くために停止しているが復讐計画の方が優先だ。こんな心意気で決闘に臨んですまない…。




